ステキな性格の悪役令嬢。

三月べに

01 幸せな転生。



 幸せな日々。

 なのに何故か、物心がついた頃から、毎晩悪夢に魘される。時には泣いて、お母様に慰められながら眠った。

 ある日、夢の内容を覚えて起きた。

 今とは比べ物にならないほど、不幸せな人生。いい家庭には恵まれず、幸せとは言い難い子ども時代を送った。親から十分な愛をもらえないまま、大人になって、そして死んだ。

 悲惨な人生。

 それは、生まれる前の私の人生だった。


 その日も泣いて、私はお母様の元に駆け込んだ。お父様と寄り添っていたお母様は、微笑んで間に入るように手を差し出してくれた。

 エリザベータお母様は、水色のような美しい白銀の髪の持ち主。それはもう美しい人で、私の自慢の母親だ。

 ジズディアお父様は、白金髪の持ち主で、穏やかな目元で微笑む。私とお母様を惜しみ無く愛してくれるお父様だ。


「おかあさま、おとうさま」


 間に横たわったら、安堵して言いたくなった。舌足らずでも。


「わたし、とってもしあわせ。うんでくれて、ありがとう」

「あら。リズったら」


 お母様は、クスリと笑う。


「ふふ。愛しているよ、リズ」


 お父様は私の頭を撫でると、額にキスをした。お母様も、キスしてくれる。

 今の私は、たくさんの愛を注がれて、その愛を受け取っていた。

 だから、とても幸せ。







 前世の死因は、事故。

 愛を貪るように恋愛をしている気になって、乙女ゲームのアプリに夢中になっていた。つい道路を歩きながらしてしまい、なにかに轢かれたらしく、死んだ。

 その乙女ゲームのタイトルは『魔法学園ラブゴールド』。ファンタジー世界の魔法を学ぶ学園が舞台。

 どの攻略キャラも私の心を鷲掴みにしたお気に入りのゲーム。

 そんなゲームの世界に、私は生まれ変わった。

 ゲームの登場人物であり、悪役のリズティアス・べスター。

 それが、今の私の名だ。

 お母様譲りの水色かかった白銀と、お父様譲りの白金がうまい具合に混ざりあった髪。お父様譲りの水色の瞳。お母様譲りの愛らしい顔立ちと色白の肌。

 プレイした時は冷たい眼差しで、いかにも性格の悪いご令嬢といった風に描かれていた。

 当時は、好きな外見だと思っていたし、それに主人公への罵倒には賛同していた。

 乙女ゲームの主人公は、鈍感で構わない。向けられている好意に気付かず、きょとんと首を傾げて、じりじりと焦らせばいい。そんな鈍感なら好き。大好物。

 けれども嫌がらせの犯人は誰かわからず、的外れな考えをして迷宮入りを迎えそうな鈍感さが気に食わなかった。

 魅惑的な攻略キャラとの甘い雰囲気には存分と堪能したけれど、主人公のおバカにはいちいち苛立ったことは覚えている。

 悪役は、大抵痛い返り討ちを食らうものだ。

 ゲームの中でも、悪役令嬢は主人公や攻略キャラに倒される。

 問題は、私が悪役として主人公と敵対するかどうか。嫌な人と進んで関わるようなことはしない。ましてや、誰かを貶めたいなんて思わない。

 幸せな人生を送っているのだ。そんなしょうもないことをする暇なんてないわ。

 もしも私が悪役をこなさなかったら、どんな展開になるのか。そんな異変を観賞することは悪くないかもしれない。

 前世で私を幸せにしてくれた攻略キャラを、ただ観賞するのもいい。

 それはまだまだ、先の話だけれども。




  ◇◆◆◆◇




 リズティアス・べスターは、伯爵令嬢である。

 王都の外れにべスター家の邸宅がある。周りは緑に溢れていて、のどかだ。屋敷は庭園を囲うような形で、代々受け継いだものだから、古く感じるけれども、とても好き。ダークブラウン基調で落ち着く。

 私がお気に入りの場所は、庭園が見えるリビングルームの窓辺。常に座っているようなもの。

 庭園にいてもいいのだけれど、あまり陽射しを浴びると肌が焼けて真っ赤になってしまう。母親は身体が弱く、少しだけそれを受け継いだ。

 だからお母様がガーデニングをする時は、私が日傘を差す役。お母様のため以外は傘は持っていたくないので。重いもの。だから、窓辺から眺めるだけ。


「リズお嬢! 遊ぼうぜ!」


 賑やかな子ども達の足音が廊下を過ぎたかと思えば、男の子が元気よく話し掛けてきた。

 ラピスラズリーのような金の星が散りばめた夜空のような紺色の髪。瞳は青い瞳でややつり上がっていても、大きくて可愛らしい。短パンでブーツ姿の男の子は、私と同い年の六歳。

 彼は乙女ゲームの攻略キャラの一人だ。

 名前は、ロシエル・キッドマン。

 キッドマン家は、ずっとべスター家に仕えてきた。ロシエルの父も、現在私のお父様の従者であり、右腕を務めている。

 だから乙女ゲームの中で、悪役と顔見知り。悪役の情報を、ロシエルから得ていた。

 この家では、子どもの出入りも許されている。使用人の子どもも、お仕事をしたり、遊んだりしているから、賑やかなのだ。それを眺めるのも、私は好きだ。


「私は見ているだけでいいわ」

「お嬢。……お菓子ばっかり食べてるんだから、太るぞ?」


 腰に手を置いて肩を竦めるロシエルは、顔に似合わず男前な口調。

 大人がいたら頭に拳骨が落とされるけれど、私が許しているのでロシエルは止めない。

 彼は十年後のゲームの中でも、こんな口調だった。年下だからまだ可愛い顔立ち。身体は細身で、気さくに笑いかける。その言動にはいつもときめいていた。

 そんなロシエルは、六歳。

 ラピスラズリーの髪が丸い顔を包んでいて、青い瞳がキラキラしている。可愛らしくて、堪らない。

 未来のイケメンが、今は短パンで生足を出している。つるつるな生足。無垢な少年の生足を、微笑んで眺める。


「ん? オレの足に、なにかあるのか?」

「いいえ。別に」


 足元を確認するロシエルに、にこりと微笑んで誤魔化して、左手を差し出す。

 そうすれば、窓辺までロシエルは軽い足取りで歩み寄り、その手を取り立たせてくれた。

 アイボリーに水色のラメが散りばめられているドレスを、踏みつけないように軽く掴み上げて歩く。

 それを追いかけてくる子犬が二匹。子犬と言っても、一年で高さ百五十センチほどまで成長する。大きな犬だ。耳は大きくて、頭の上は少し毛が長め。琥珀色の瞳でつぶら。全体的に黒い毛だけれど、灰色の毛が疎らにあり、それが薔薇の花に見える。

 私の六歳の誕生日にお父様が与えてくれた。双子だそうだ。お母様と一緒に躾ている最中だ。

 名前はグレイとローズ。

 鼠みたいに小さな尻尾を激しく揺らしながら、私についてくる。遊びたいらしい。

 噴水のある玄関前で、おにごっこをする。ぐるぐると噴水を回って、走り回った。きゃっきゃっと笑い声を上げる女の子達と手を繋いで逃げる。グレイとローズも私についてきた。

 陽射しを浴びて、キラキラ光る噴水の水。駆け回る足音。無垢な笑い声。楽しい。

 一頻り遊ぶと、ロシエルに腕を掴まれて引かれた。


「リズお嬢。休憩だ」


 そう言って、玄関の階段に座らせる。日陰になっているそこに私が座れば、他の子達も階段を奪い合うように座った。グレイとローズはその子ども達をよじ登るように、私のドレスの上に座り込んだ。

 ふと、ロシエルがいないことに気付く。と思いきや、扉を開けてロシエルが戻った。使用人のお姉さんと、飲み物を持ってきてくれたみたい。気が利く。


「はい、お嬢」

「ありがとう」


 ニカッと笑いかけるロシエルから受け取り、一口飲むとハンカチで汗を拭われた。甲斐甲斐しい。

 グレイとローズが吠えたかと思えば、お父様の馬車が門から入ってきて、噴水をぐるりと回った。


「お父様、おかえりなさい」


 手を上げて振れば、馬車から降りたお父様は笑顔で真っ直ぐに来る。


「ただいま、愛しのリズ」


 私の脇を持ち上げると、くるっと一回転して、ぎゅうっと抱き締めた。


「早かったのね」

「ああ、予定より早く終わったんだ」


 様々な投資や営業もこなして多忙なお父様だけれど、家族といる時間を欠かさないようにしてくれる。


「おう、ロシエル。ちゃんとお嬢様を守ってたか?」

「おう、守ったぜ!」


 同じ馬車から降りた男の人は、ロシエルの父。同じラピスラズリーの髪と、青い瞳と共通したパーツを持つけれど、長身で顎髭があるワイルドな人。

 ロシエルと笑いあうと拳をぶつけあった。ロシエルの見本は彼だと一目瞭然だ。


「さぁ、愛しの妻の元に行こう」


 お父様は私を抱き締めたまま、スキップをするような足取りで、扉を潜る。

 お父様の肩に顎を乗せて、ぞろぞろとついてくるロシエル達を眺めた。運ばれるって、快適。

 前世では、抱き締められた記憶も、抱き上げられた記憶もないから、余計嬉しいのかもしれない。顔を綻ばせた。

 自室のソファーで、読書をしていたお母様の元には、グレイとローズと一緒にお父様と入った。お父様がお母様にキスしている間に、私はお母様の膝に頭を乗せて横たわる。グレイとローズも、よじ登って一息つく。

 もう眠りたい時間みたい。額を撫でてあげる。

 お父様は今日の仕事について、お母様に話した。投資の提案を受けて、検討中らしい。お母様に同意を求めている。


「……その人って、前に家に招いた人?」

「ああ、ザック・カーターだよ」

「ふーん」


 投資のどうのの話はよくわからないけれど、投資相手が頭に浮かんだ。


「信用に値しないと思う」

「リズ、何故そう思うんだい?」

「この家の人達はお父様が大好きって笑顔で、お父様が友人って呼ぶ人も、尊敬をしていて忠実そうな笑顔だった。でもその人だけは軽薄で、お父様への尊敬が足りないと感じた。裏切りそうな人に投資はどうかと思うわ」


 彼だけが、印象が悪かった。他は尊敬の眼差しを向けているのに、彼だけは別の方に目を向けていて、なにかに必死な様子。そして不誠実。


「……ふむ、そうか……。彼自身について、考えてみるよ」

「うふふ……」


 私の意見を受け取って深刻そうに考えるお父様を、お母様は頬に手を当てて笑った。



 その数週間後のこと。

 お母様のガーデニング中に日傘を差してあげながら、ロシエルが手伝うことを眺めていた。

 そこで、お父様が唐突に帰ってきたかと思えば、私の元に駆け込み、右手を取った。


「ありがとう、リズ。ありがとう。君の意見を聞き入れたおかげで、救われた。ありがとう! これからは君の目を信じる!」


 ぎゅっと手を握り、頭を下げるお父様から後に聞いたところ。例の投資は、犯罪に直結するものだったらしい。ロシエルの父に調べさせ、発覚した。直ちに、警察機関に通報。

 一歩間違えれば、お父様は爵位を取り上げられるところだったそうだ。


「あらあら、うふふ」


 お母様は可笑しそうに笑う。

 リズティアス・べスター、六歳にして、お父様に崇拝された。



 

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