第37話

 夜が明けて、僕らはエレノアたちに別れを告げ、旅を続けた。


 職人の街アーチを出ると、農耕地帯が広がっていた。そこを数時間で通り過ぎたところで、道は森へと続いていた。

「少し休もうか」

 ジュペが言った。僕らは食事をとり休息した。その時、森の中から誰かの泣く声が聞こえてきた。子供のようだ。

「誰かいるの?」

 僕はその声の方へ向かおうとすると、

「一人で行くな」

 ゴドーはそう言って、僕の腕を掴んだ。声のする方へみんなで行くと、池のほとりで、身体の透き通った小さな少女がしゃがんでいた。

「あれは……」

 ゴドーは彼女の正体に気が付いたようだった。


「俺が行く」

 そう言って、ゴドーは少女に近寄った。

「どうして泣いているのだ?」

「怖いの」

 少女はゴドーに顔を向けて言った。

「何を怖がっているのだ?」

「風になった私」

「もう怖がる必要はない」

「私が悪いことをしたの」

「誰もお前を責めたりはしない」

「私がいけないの」

「そんなことはない」

「どうしたらいいの?」

「もう何もしなくていい」

 そう言って、ゴドーは少女を優しく抱擁した。少女は泣くことを止めて、安心したように小さく微笑み、身体は光の粒になって空へと舞い散った。


「サーヤさんですね」

「ああ」

「早百合でもある」

「そうだ」

 僕の言葉にゴドーはそう返事をした。彼女は救われたのだろうか?


 ヤマトは学校から帰ると、辰輝と共に、早百合の様子を見に行った。

 早百合は相変わらず、遠い目をしていた。

「早百合、もう心配は要らない。あなたの脅威は去ったのです。これからは安心して暮らせる。今は心を安らかに保ち、穏やかな日々をゆっくり過ごすといい」

「そうだぞ。ここには俺も太郎もいる。俺たちがお前を守るから、何も怖いものはないさ。こいつ、結構戦えるしな。お前を泣かせる奴なんで、太郎がぶっ飛ばすぜ」

 ヤマトたちの言葉に、早百合は反応を示さなかった。彼女の心はここには無いようだ。

「早百合、しばらくここにいていいかな? 時間が許す限り、僕らは君のそばにいるよ」


 ヤマトたちは、夕食の時間まで、早百合のそばにいた。何を話すでもなく、ただ他愛のない話しをした。

「そろそろ夕食の時間だ。早百合も食堂へ行こう」

 早百合は再びここへ戻ってからは、自室で食事をとっていた。いつも食堂に誘うが、無反応だった。でも、今日は違った。

「ええ」

 そう言って、早百合がヤマトたちと共に、食堂へ向かった。給仕のおばさんとシスターがそれを見て微笑んだ。嬉しそうだけど、大げさにしないよう配慮しているようだった。

「さあ、みなさん。席に着いて、お祈りをしましょう」

 いつもの儀式の後、食事が厳かに始まった。


 早百合は食後、部屋へ戻った。ヤマトと辰輝は片付けに追われた。

「早百合がみんなとご飯が食べられるようになって良かったよ。少し安心した」

 給仕のおばさんはそう言って喜んだ。

「そうですね」

 片づけを終えると、また、早百合の部屋を訪れた。


「早百合、あなたの心はどこへ行っているのですか? あるべきところへ帰らなければならない。向こうの世界から帰ってくるといい。もう逃げなくても大丈夫ですから」

 ヤマトはそっと早百合の肩に手を置いた。早百合を挟んで座った辰輝も、反対の早百合の肩にそっと手を置いた。

「俺たちを頼ってくれよ。淋しいじゃないか。こっちへ戻って来いよ」

 早百合の虚ろな目に光が戻った。


「ああ、また夢を見ていたわ。向こうの世界の夢。私は悲しみの闇を生んでしまったのに、太郎たちは私を助けようとしてくれていた。最後に私は魔術師の優しさに触れて、光の粒となって空へと舞ったわ。私の闇は消えたのよ。だから、夢から覚めても、私の闇は消えているのかも……」

「それは違う。闇を生むのも人のさが。誰にも止められない。そして、闇は悪でない。闇を内に秘めているのは苦しい事だけど、愛がなければ闇は生まれない。裏を返せば、愛があるから闇が生まれる。闇を恐れる必要はない」

「ありがとう、太郎。気持ちが楽になったわ。辰輝もそばにいてくれてありがとう」

 早百合は笑顔を見せた。

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