第17話 さまよう魔法少女
ヨコイケイスケがルルルンとして、この世界に転生して数日、ライネスとの大立ち回りの一件も街の一部に認識阻害の魔法をかけ、ルルルンが魔法を使っていたという事実は「緑のモヒカンがとんでもない力で魔女の眷属を懲らしめた」という事に置き換わっていたが、ほとぼりが冷めるまでルルルンは街を出て生活していた。
「会社を作る」
真面目なライネスの手前、見栄を切ったルルルンだったが……会社を作ると言ったものの、正直なにから始めればいいのか全く分からず、完全に迷走していた。
この世界での起業ルールが全く分からいのでは話にならない。まずは情報収集をしなければならない。
最初にしたのは情報収集、この世界の事を理解しなければ何も始まらない。
そう!リスクヘッジはなによりも大切、行き当たりばったりではスタミナのある企業にはなれない。そのためには情報収集!!そう心に誓い、行動すること丸2日。
「なんの成果も上げられなかったんじゃが!!」
「起業の方法」という点では、まったくと言っていいほど成果を上げる事ができなかったが、転移と飛行魔法でこの世界をぶらり観測した結果分かった事がいくつかある、この世界は大きく分けて4つの領土に分かれている。
【ウルサ】【ロクジ】【ゼイホン】【カーノ】
この4つの領土が1つの世界として栄えている。
今、ルルルンのいる場所は北に位置する【ゼイホン】で、その中でももっとも発展をしている街が「マギリア」だ。
それぞれの領土で風土や習慣の違い等があり、最も栄え、人が多いのが【ゼイホン】である。
そして、それぞれの土地には教会と呼ばれる、その地域の管理をしている「聖帝騎士団」が駐屯し、魔女の被害から領土を守護している。ライネス達のことだ。
聖帝騎士団は全部で十二隊編成されおり、各領土に三隊づつ、ゼイホンにはライネス達第一騎士団とカインの第三騎士団、第六騎士団が駐屯している。
各領土の軍とは別扱いされており、決まった領土への肩入れのようなものもなく、完全に魔女被害に対して特化した特殊な存在のようで、これまでの貢献度からなのか、どの土地でも感謝や尊敬の象徴のような存在で、領土付きの軍隊の立場がないまである。
そして、一番興味深かったのは、それを束ねる
『聖帝』
と呼ばれる存在、聖帝騎士団のトップらしいが、街の人間に聞いても「会ったことがない」らしく、存在は謎のまま。
詳しくは分からないが、四つの教会の中央に「大教会」という聖帝騎士団の総本山が存在する、おそらくそこに聖帝様がいるのであろう、正直興味が沸かない事なので、ルルルンはそれ以上調べる事は無かった。
「ライネスに聞けばいいし」
目的はあくまで起業、そのための手段と条件などを知らねばならない。
道中、魔女に出会ったりしないかと少し期待したが、結局出会う事は無かった、意識して探してみたが、巧妙に居場所を隠しているのだろうか、発見する事は叶わなかった。
唯一【ゼイホン】の領域に存在する魔女の住処だけは見つけることができた、しかしライネスに断りもなく、こちらから魔女に接触するわけにもいかず、なにもせず引き返してきた。
それと、この世界にはファンタジーの常識でもある、ドラゴンやモンスターなど有象無象のRPG要素が網羅されており、世界の至る所で人を襲い、混乱を起こしていた、直接介入するまでもなく、聖帝騎士団が退治していたが、力のない者には脅威でしかないだろう。実際ルルルンも転生直後に襲われて死にかけたので、※一話参照
モンスターからは魔素を感じられるため、ひょっとすれば魔女が関与してかもしれないが、魔獣は魔女とは切り離されてこの世界には認識しされていた。
モンスター調査について語ってもいいのだが、エンカウント戦闘→エンカウント戦闘の繰り返しのため、上記説明で察して頂きたい。
二日間でかなりの回数モンスターとエンカウントしたが、魔法が使えるルルルンには問題なく退治できるレベルであった。しかしモンスター退治は、ルルルンの目的の成果には、なにも直結しなかった。
レベルとかも上がらなかったし、スキルポイントなんかも貰えなかった。そもそも、指でスワイプしてもステータスとかは見えない、残念過ぎる仕様。
倒したモンスターがパァァァと光になって、アイテムがドロップしたり、お金が手に入ることも無く、倒せば普通に死に、肉塊となって腐っていく……。
まあ、そんな都合のいいものは無いのが当然である。
魔法を使って自給自足はできるが、マギリアの街の中にあては無く、宿の確保もままならず、町のはずれでひっそり野宿生活、運転資金もありゃしない、コネもなければ伝手もない。
以前起業したときは、自分自身の【タンザナイト】のネームバリューだけで協賛してもらったり、コネも必要以上にあった、よくよく考えなくても恵まれた状態で会社を始めたなぁと、ルルルンは転生前の自分を振り返るのであった。
しかし、今回は状況が全く違う、そもそも魔法使いであることがバレてしまうと魔女扱いを受けるため、起業以前の問題にぶち当たる……魔法を隠してできる事業がなかなかひらめかない。
「どうしたもんか……」
解決の糸口が見つからず、とぼとぼと町を歩いていると……
グゥゥゥゥギュルルルル
お腹の鳴る音が響く。
現在直面している一番の問題がルルルンを襲う。
「腹減った……」
一番の問題、それは「食料問題」である。
魔法で何とかできそうなものだが、細かい味付けや調理法が多い料理の魔法は存在しないのである。それに加えてルルルンは一切料理を作ることができない、やれることは
【肉を焼く】それだけ。
倒したモンスターの肉を食おうとも思ったが勇気が出ない、もしかしたら旨いのかもしれないが、グロテスクな見た目にヘタレて、食せずズルズルとこの二日間ロクな食事をしていない。
「このままでは、起業前に餓死してしまう」
街で情報収集をしていると、通りがかった「マギリア食堂」と書かれた看板の食堂から、ルルルンの思考を奪う魅力的な芳香がする。
「なんて犯罪的な匂い……くそぅ、つらい……」
よだれを垂らしながら、ルルルンは歯を食いしばる、腹いっぱいご飯を食べて、大声で「うまーい!!!!」と叫びたい!そう思っていた矢先。
「うぎゃあああああ!!!」
その食堂から叫び声と共に、人がドアを突きやぶって飛んでくる。
「は?」
「文句があるなら二度とくんじゃねえ!」
大柄な男が、大声で店を追い出された男に怒鳴り散らす、おそらく店から追い出したのはこの男であることは容易に想像できた。
「何見てんだ!!見せもんじゃねえぞおら!!」
顛末をじっと見ていたルルルンに店員の大男が文句を言う。フンっとそっぽを向くと大男は店の中に帰っていった。
「恐ろしい食堂だ……」
恐ろしいやり取りを目の前にし、ルルルンの脳裏によろしくないプランが思い浮かぶ。
「食料を奪う……」
魔法で襲撃して飯を奪う事はたやすい、襲った後記憶を消してしまえばいいのだから、完全犯罪の出来上がりである。
「できるかぁ!ばかかぁ!ばかか俺わぁぁぁ!!」
一人で妄想して、一人で突っ込む美女の姿は、それはそれは滑稽なもので、通りすがる街人からは哀れみの視線を向けられていた。
「あの……」
お腹が減りすぎて自暴自棄になっているルルルンに、少女が声をかける。
「あ、自分ですか?」
「はい」
面識のない背の小さい少女は、うつむき気味にルルルンに話しかける。
「どうかしました?」
「いえ、その、あの……」
小さな背で、小さな声、その割に大きな胸、どこかで見たような感覚を頼りに、記憶を辿る。
「あの時、助けていただき、ありがとうございます」
あの時?
「あ!」
ハッと思い出す、転生したばかりの時、テンプレ悪漢から助けた少女。
「怖くてお礼が言えなくて、その、助けてもらったのに、ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫、すっごい下心あったし、気にしないで……」
「下心?」
「気にしないでぇ、あれ?」
ルルルンは目の前の少女がおかしな事を言っているのに気が付いた。
「君、俺の事分かるの?」
「え?どういう意味ですか?」
「どういうって、あの時助けたのは俺だって認識してる?」
「え?はい……青い髪の毛がすごく印象的だったので」
認識阻害の魔法が効いていない?ルルルンは少女の言葉に驚く。
ライネスと別れたあと、ルルルンは街全体に認識阻害の魔法を使った、その魔法によって、この街でルルルンを目撃した人間の認識は「青い髪の少女」ではなく「緑の髪のおっさん」に入れ替わっているはずなのに、少女は確かに青い髪が印象的だと答えた。
「魔法が不完全だったのか?」
「魔法?」
「いやいや、こっちの話」
どちらにしても、この少女の出方次第では、もう一度魔法を使う事になる、ルルルンは気構えて少女と接しようとするが……
グゥゥゥゥギュルルルル
少女を前にして、恥かしげもなく腹が鳴る、空気を読めない空腹感に少女は気が付き、持っていたバスケットをルルルンに差し出す。
「これ、よかったら食べます?」
「え?」
「お腹減ってるんですよね?」
「はい」
即答するルルルンに、少女はクスリと笑う。
「おいしいかは分からないですけど、お礼だと思って貰ってください」
バスケットを開けるとそこには、お店で見るような神々しいサンドイッチが入っていた。
「ほんとに……貰っていいの?」
「はい、助けていただいたお礼です」
ニコニコと笑顔を向ける少女がルルルンには天使に見えた。
「でもこれ君のご飯じゃないの?」
「大丈夫です、私この食堂で働いてますので」
「え?そうなの?」
「はい」
「この食堂で?」
先ほどの大男とのやり取りを思い出す、この可憐で小さな少女がこの店で働いている?
「大丈夫なの?」
「何がですか?」
「いや、なんでもない、お仕事がんばってね」
「いえ、本当にありがとうございました」
「俺も、ご飯ありがとう」
少女は何度も頭を下げ、店の中に去っていった。
「ありがとう……か」
人助け、そんなつもりもなかったけど、誰かのために、自分の力を使う……それこそが自分が魔法でやりたいこと。
少女からもらったサンドイッチをほおばり、ルルルンは、そんな当たり前の事を再確認する。
「うん、そうだ、俺がやりたいこと、目指すべき事!」
心のモヤモヤが晴れたルルルンは、この二日間の停滞を払拭するかの如く、決意を新たにする。
「あ、しまった、あの子」
あまりの優しさに、あの少女に認識阻害魔法をかけるのを忘れていたが……
「まあ、いいか、あの子は」
根拠は無いが、あの女の子がきっと大丈夫だとルルルンは納得する。
「にしても、まずなにからすれば……」
腕を組み、未来の事を、うーんと考えていると。
聞いたことのある声がルルルンを呼ぶ。
「ケイスケじゃないか」
しかも生前の名前で。ルルルンの事をケイスケと呼ぶのはこの世界では一人しかいない。
「ライネス?」
「食堂の前で何をしている?」
「いや、何も」
「何も??」
「そう、何も……」
「うむ……」
ライネスの前だと、悪い事をしている訳ではないのに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「ライネスこそなんでここに?」
「私達、第一騎士団はよくこの食堂を利用するのだ」
「そうなんだ」
ライネスが、それよりも!といった表情でルルルンに詰め寄る。
「何もしていないとはどういう事だ?会社を作る夢はどうしたのだ?」
ズバズバと痛い所を突いてくるライネスに、そんなに簡単じゃないんだよ……と思いつつ、どうにもならないこの状況を打破するため、ルルルンはライネスに相談を持ちかける。
「そのことなんだけど……」
カクカクシカジカ。ここ数日の事をライネスに説明し、行き詰っている事を正直に話す。
「なるほど……申し訳ないが私はそういう話には疎くて力になれそうにない……」
「いや、謝る事じゃないよ」
「しかし、詳しい奴を紹介することはできるぞ」
「え?」
「ケイスケも知ってる奴だ」
知っている奴?この世界に来て2日知っているのはライネスとあの少女くらいだと思うのだが……ルルルンは知ってる奴を思い出そうとするが、まったく思いつかない。
「安心しろ!きっとうまくいくぞ!」
そう話すライネスは、何故かすごく嬉しそうで、ルルルンは逆に得も言われぬ不安さを感じていた。
「心配だ……」
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