第5話 その名は魔法少女ルルルン

 目を逸らして顔を赤くするケイスケにライネスは真顔で言う。


「は?」

「そんな表情で言うのやめてくれる?」


 少しも理解していない様子だ。


「なんだそれは?」

「いや、二回も言いたくない」


 自分の事を魔法少女と名乗った事への羞恥がすさまじく、ケイスケはライネスから目を逸らし続ける。


「魔法使いと何が違う?」


 そんなケイスケを気遣うことなく、ライネスは無慈悲な説明を求めた。


「何が違うってぇ?全然違う!魔女はなんていうか、黒いフード被って謎の液体をこう、ぐるぐるかき回してるだろ?」

「は?」


 真顔だ。


「魔法少女はね、悪い奴らからみんなを守る、愛と勇気の女の子版HEROなんだけど、わかんないかな?」

「馬鹿にしているのか?」


 やけくそ気味に熱弁したが、ライネスには少しも伝わらず、逆に挑発したような空気になってしまった。


「とにかく!俺は、魔女って奴じゃないんだぁ、信じてぇ……くれないよね、いや、うん、わかるけども、違うんです、ほんとなんです……」


 途中まで勢い込んだ言葉も、だんだんと尻すぼみで弱々しくなる。


「知らない魔法を使い、私をこうも簡単に拘束する、それが魔女じゃないなら、なんだというのだ!今のこの状況がいかに異常なことか、分かっているのか!?」

「いや、わかんないから聞いてるんでしょ?」

「聖帝騎士団の第一位が、魔女に拘束されこんな辱めを受けている、これに絶望せず何に絶望する!私は貴様達魔女を殺す為に、命を懸けて戦ってきた!!修練を積み、世界の剣として覚悟を持ち、全てを投げうって戦ってきたんだ!!!!それなのに、こんな……私は魔女に手も足も出ず、命を手中に握られている、聖帝騎士団の第一位がだぞ!!!貴様にこの事実がどれだけ、どれだけ絶望的な事かわかるか!?これ以上私を侮辱するな、殺すなら早く殺せ!!!!」


 目に涙を浮かべながら、ライネスはケイスケに叫ぶ。

 ライネスは強い、それは間違いない、この世界で一位って言うくらいの剣術だった、ケイスケもそれは理解している。でも自分は魔女ではない、早く誤解を解き、ライネスの曇った表情を晴らしたい、ケイスケはどうしたものかと思案する。


「いや殺さないよ」

「だったらお前の目的はなんなんだ?」

「俺が聞きたいよ!」


 ライネスとのキャッチボールにならない会話にケイスケは一息つき、改めて一言。


「俺は、魔女じゃない」

「黙れ!」

「嘘じゃない!!!俺は君をどうこうするつもりもない、殺すつもりならとっくに殺してる、俺は君と話がしたいからこうして……うーん、とにかく自分は君と敵対する意思はないんだ」


 ライネスの目を見てはっきりと、嘘偽りなくまっすぐに、魔女である事を否定する。

 悪人かそうじゃないか、目を見ればそれ位分かる、ライネスはケイスケの嘘偽りないその瞳に、迷いを見せる。

 魔女のはずなのに、その魔女の瞳は少しも嘘をついていない、少なくとも悪党のそれとは違う、邪が見えない、純粋に戸惑い、申し訳ないという気持ちが伝わってくる。だとすればこの女は何者なのか?魔法を使う女が魔女でなければなんなのだと。


 ライネスは得体の知れぬ、魔法少女と名乗る存在の正体に興味を持ち始めていた。


「だったらお前は―――」


 ゴオオオオオオオオ!!!

 ライネスが言葉をかけようとしたその時、轟音が響きそれは街へ飛来する。


「なんだ!?」


 空から現れたそれはまさしく目を疑うような鋼鉄の機械人形。

 そう、巨大なロボット!ケイスケが憧れ、夢だった存在――


【魔導機動騎士】そのものだった!


「あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 ケイスケは魔導機動騎士を見上げ、そのド迫力の姿に羨望のまなざしを向ける。

 20mはあろうその大きな魔導機動騎士はケイスケとライネスの頭上からゆっくりと降りて来る。

 バインっ!!と大きな音を立て着地すると、魔導機動騎士から声がする。


「そこの女!!!さっきはよくもやってくれたな!!!」

「呼ばれてますよ、えーっとライネスさん?」


 ライネスが呼ばれていると思い、ケイスケは拘束中のライネスに声をかける。


「いやおまえだよ!お前!!」


 魔導機動騎士から鋭い突っ込みが飛ぶ。ケイスケは周りを見渡し、該当する存在が自分だけだと認識して初めて自分が指名されている事に気が付く。


「俺?」

「お前以外誰がいるんだよ!!」

「え?いや、なんの話?」


 すっとぼけると魔導機動騎士から乗っている操縦者が顔を出し、怒号が飛ぶ。


「いや!!お前が言ったじゃん?覚えてろよって言えってぇ!」


 回想する、数秒、回想終了。

 先ほどのテンプレ悪漢たちが有言実行、巨大ロボに乗って復讐に来たようだが、あまりにも印象が薄く理解するのに少し時間がかかってしまった。


「あ、ごめん、さっき追っ払った雑魚の人達?」

「そうだよ!その雑魚だよ!ってちげえよ!ちょっと魔法が達者みてーだが、この魔人機を使って屈服させてやるよぉ!!」

「魔人機?」


 魔人機、そう呼ばれる魔導機動騎士に乗った悪漢パイロットは強気の言葉で威嚇し、魔人機に安っぽい悪党のポーズを取らせる。


「覚悟しなぁ!!」

「あぁ、まるで分かってない……」


 巨大ロボットの美学を少しも理解していない事に、ケイスケは落胆する。


「東の魔女様にいただいたこの力!!とくと味わうがいい!!!」

「まったく、宝の持ち腐れだよ!!こんな、こんなカッコイイロボットに乗っておいて!!ふざけんな!!!」


 巨大ロボのロマンや魅力を少しも分かっていない相手に、ケイスケは怒りを露わにする、夢にまで見た動く巨大ロボット、それなのに、こんなにもダサイシュチュエーションとは。

 がっかりしているケイスケにライネスが声をかける。


「おい、なんでお前が東の魔女の眷属共と揉めている?」

「絡まれてた女の子助けたら、逆に絡まれてムカついたから魔法で追っ払っただけなんだけど……」

「魔女の眷族はお前の仲間ではないのか?」

「魔女の眷属ってなに?」


 ライネスの口から出た「魔女の眷族」という言葉に対しケイスケは質問を返す。


「本気で言ってるのか?」

「冗談言えるほどこの世界を理解してない」


 予想外の返答にライネスは面食らっていた、それほどまでにケイスケの質問はこの世界の常識から逸脱した的外れの質問だったのだ。


「嘘をつくな!」

「だからぁ!なにが嘘かも分かんないんだって!!」

「魔女なのに眷属を知らないなんてことあるか!?」

「知らないんだってば!!」

「おい!余裕でしゃべってんじゃねぇぞこら!!」

『うるさい!!!』


 口論する二人の声が重なり悪漢に怒鳴りつける。

 状況を理解せず、無視し続ける二人にイラついたのか悪漢は強行手段にでる。


「無視すんじゃねぇぇぇぇ!!!!」


 ドガァァァァァ!!!!!


 二人の真横に巨大な拳が突き刺さる。その威力は凄まじく、ケイスケ達の後方は魔人機の拳により大きく抉れ、建物も衝撃で吹き飛んでしまっていた。


「どうだ!驚いたか?びびっただろ?許してほしいだろ?だったら頭を下げて、許しを請いな!ひゃはははははは!!」


 力を誇示する悪漢は、ケイスケに下卑た笑いを浴びせるが、ケイスケは目の前に現れた巨大ロボに物怖じする事もなく、足元まで接近しまじまじとそれを観察する。


「すごいな、本当に動いてる......どうやって動いてるんだ?駆動は魔導機マギジストで管理してるのか?」


 魔人機を舐めるように観察する少女の絵面はちょっと異様である。


「近寄るな!!!」


 足元のケイスケを蹴り上げるように魔人機が足を上げるが、ケイスケには当たらず、そのまま魔人機は転倒する。


「バランスはいまいちか」


 転倒した魔人機はすぐさま起き上がり、ケイスケへの攻撃態勢を取る。


「てめえ!!許さねえぞ!!魔人機の恐ろしさ特と味わえ!!!」

「魔人機……うん、魔人機ね、俺が勝ったら構造とか見てもいいかな?興味あるんだよ」

「え?何言ってんの?見せる訳ねーだろ!バカか?お前、魔女の癖に何言ってんだよ?」


 あまりにも魔女らしくない言動と態度、魔人機は魔女が作ったと言われているのに、まるで初めて見たかのようなこの反応。

 ライネスは得体のしれない「魔法少女」と名乗る存在に改めて疑問を抱く。こいつは、聖帝騎士団である自分を油断させるために演技をしているのか?


 それとも『本当に知らないのか』


「……お前、本当に魔女か?名前はなんだ?北の魔女か?それとも西の魔女か?名前はなんて言うんだ!?」


 魔人機に乗る悪漢が、ケイスケに名乗りを求める。


「え?俺?」

「そうだ、名前を教えろ!!」

「えーっと、ヨコ......」


 ヨコイケイスケと名乗ろうとし、ケイスケは少し考える。


「おい!聞いてんのか!?」


 突然黙り込んだケイスケに悪漢が怒鳴りつける。


「名前……」


 ケイスケは自分の名前を名乗るこのタイミングで改めて自分の状況を見つめ直す。

 素直に名乗るのは正解なのか、名前が自分自身のアイデンティティを表すとすれば、女の姿なのにヨコイケイスケと名乗るのは不自然ではないか?正体を晒す事でデメリットが発生するのではないか?得体の知れないこの異世界で生き残るためには、リスク管理が重要だ。

 この世界に転生した意味、姿がルルルンになってしまった意味、目の前の魔魔導機動騎士的なにか、再び魔法が使えるようになった意味、そして、現世でヨコイケイスケが死んだ意味。

 その全てに意味があるなら、今自分が名乗るべき名前は何なのか?ケイスケは自分の両手を見つめ、決意した。


「無視してんじゃねえぞ!!!」

「......ルルルン」

「あ?」

「俺の名前はルルルン、魔法少女ルルルンだ!」


 恥かし気も無くケイスケは名乗る、生まれ変わったルルルンとして、自分の名を、真顔ではっきりと、彼の名前は魔法少女ルルルン、ヨコイケイスケは今この瞬間、生まれ変わったのだ。


「ざけたこと言ってんじゃねーぞ!!!!」

「なんでも解決!魔法少女ルルルン!!!」


 振り下ろされた魔人機の拳は大きな音と衝撃破を放ち、ルルルンに直撃する。


 しかし——


吸収アブソルティ


 ルルルンはその一撃を片手で受け止める、まるで衝撃が無かったかのように、魔法の力でその衝撃を吸収してしまった。


「バカナっ!!!!」

放出イベライ


 そう呟くと、魔人機はドン!!という音と共に宙に舞う、ルルルンが吸収した衝撃を放出し巨大な魔人機を弾き飛ばしたのだ。


「はぁあああ!!!どーなってんだ!!!おい!なにしやがった!!!」


 有りえない状況に混乱する悪漢にルルルンが問いかける。


「一つ教えろ」

「あ?」

「どうして魔法使いが魔法を使えない人間をしいたげる?魔法は人を守る大切な力じゃないのか?」

「はっ?何言ってやがる!!この世界は魔法が全てだ!魔法を使える人間が、劣等種族を支配する、なにがおかしい!魔女の加護を受けた俺たち魔法使いがこの世界のルールだ!!!」


 魔人機が体勢を取り戻し、空中で腰に収納されていた斧を展開する。


「魔女様に頂いた魔力をありったけ込めた一撃だ!吹っ飛べ女!!!!」

「ふざけるな......」

「逃げろ魔法少女!!!!」


 ライネスの叫びは聞こえている、だが――――


「俺は、逃げない!!!!」


 ルルルンが大地を一度踏み鳴らす、その瞬間少女の周りには巨大な魔法陣が展開される。


「これは?なんだ!?」


 見た事のない魔法陣にライネスは驚愕する。


「魔法は人の為、世界の為、夢の為の力、誰かを見下す為の力じゃない!!!!」

「死んどけぁぁぁぁぁ!おぉぉぉんなぁぁぁ!!!!」

「詠唱省略、分解デスモンド


 振り下ろされる斧に向かいルルルンは拳を突き出す。

 明らかに絶望的な状況、少女の拳が巨大な魔人機の斧に対抗できる筈がない。




 そう誰もが思っていた――――




 しかし!その常識はルルルンの放つ魔力の光が掻き消した。


 魔人機の斧とルルルンの指先が触れたその瞬間。


 魔法陣が斧の先端から無数に展開し魔人機を包むと、光を放ち一瞬で魔人機は塵となる。

 塵は光輝き、まるで星のようにキラメキ、青い髪の魔法少女に降り注ぐ。


「お前はいったい何者なんだ?」


 星の光に包まれる少女に目を奪われ騎士はそう呟いた。

 魔法少女は振り返り、自信をもった表情で言い放つ。


「俺はルルルン、魔法少女ルルルンだ」


 この世界に生まれ変わったルルルンはここに新たな一歩を踏み出したのだ。

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