Episode.15 《黒霧》調査団、結成!

 陽光が部屋を暖め、何とも眠気が誘われる昼間。

 あくびを噛み殺しながら、目を通していた本をパタリと閉じる。


「これも収穫なし、と。はぁ……つかれたぁ……」


 天井を仰ぎ見る。

 そのまま右の方に首を傾けると、そこには一面の本の壁が聳え立っている。

 しかし、ここはいつも通っている書庫ではない。

 機密情報のみが集められた書庫――『機密資料閲覧室』である。


「……昔から、読書すると首とか肩とか凝るんだよなぁ」


 背もたれに預けていた身体を起こし、肩を回す。

 コキッコキッ……と小気味のいい音が、しんと静まり返った室内に染み渡る。


「にしても、本一冊一冊に鍵がかけられているって、ちょっと厳重すぎない……?」


 手元の本に鎖付きの鍵をかけながら、思わずため息がこぼれる。

 しかも、窓には鉄格子と二重窓。入り口も二重扉になっていて、鍵も毎分鍵穴の形状を変える魔道具を使用しているらしい。

 機密資料だけを収めているのだから仕方ないが、息が詰まって仕方ない。


「さあ、また別の本でも探すかな……っと」


 机の上に散らかった本をいくつか持ち、立ち上がる。

 すると、一瞬視界が歪んだ。


「……っ!」


 たまらず、本棚に手をつき身体を支える。

 ……落ち着け、落ち着け。

 自分に言い聞かせるように心の中でつぶやくと、少し目を閉じてじっと動きを止める。しばらくして目を開くと、もう視界はしっかりと定まっていた。


「ふぅ……ちょっと根を詰めすぎたかな……」


 眼を擦り、本棚から手を離す。


(でも、泣き言なんて言っていられない。だってこれは俺にしかできない、俺がやらなきゃいけないことなんだから……)


 そのとき、ふと床に転がっている一冊の本に目が留まった。

 おそらく本棚に手をついた衝撃で落としてしまったのだろう。少しかがんで拾い上げる。


「あれ、これって……」


 タイトルが刻まれているはずの部分が、なぜか空白。それにサイズも小さく、どこか手帳のようにも感じる。鍵もかかっていない。


(……なんだこれ、手書き?)


 ページをめくっていくと、乱雑な手書き文字が映り込む。

 あまりにも雑なせいでほとんど読めないが、それでもどうにか読める部分がある。それを指でなぞりながら、口に出した。


「『魔獣を消し去る術。それを私は《聖法》と名付ける』って、こんな記述他の本にあったかな……?」


 ――《聖法》。

 いくつも聖女に関する記述を調べてきたが、そんな単語は見たことも聞いたこともない。

 だが、この書き方から察するに、魔獣に対する有効打となる術なのだろう。もしかすると、この術について知れば、自分も魔獣に対抗する術が得られるのかも――。


「……まあ、またノエルにでも聞いてみようかな」


 ノエルならこの記述について何か知っているかもしれない。

 小さな手帳を閉じると、本棚の適当な隙間へ差し込む。

 それと同時に、部屋にノックの音が届いた。続けて、ガチャリと鍵の開ける音が二度。


「お邪魔いたしますわ。進捗のほどはいかがですの?」

「ああ、レティ。ほとんど収穫なしって感じかなぁ……」


 顔を覗かせたのはレティシアだった。

 進捗を伝えると、少し苦い表情。


「それは仕方がありませんわね。こちらにある資料もほとんどはノエルが目を通して、それでこの現状なのですから」

「そう、だよね……」


 肩を落としてうつむく。

 すると、レティシアが不意に顔を近づけてきた。


「それはそうと、根を詰めすぎではありませんこと? ノエルのことを言えませんわよ?」

「あっ……それは、その……ごめん……」


 ……くそっ。さすがに食事・入浴・睡眠以外の時間のほとんどを費やして、ここに入り浸っているのがバレてしまったか。

 バツが悪くなり、顔をしかめて目を逸らす。

 しかし、逃がさないとばかりに、レティシアはこちらの頬を両手で押さえて無理やり見つめ合うような形に。

 そして、我慢しきれずにふっと表情を崩した。


「ふふっ、まあ意地の悪いことはこれぐらいにいたしましょう。あまり時間もありませんことですし」


 はて、何か予定でもあっただろうか……?

 首を傾げる俺に、レティシアは手を差し伸べて告げた。


「――さあ、行きますわよ、イオリさん。本日は、騎士団・魔法士団の緊急集会へご招待いたしますわ」


     ◇


 連れられるまま、騎士団の訓練場へ。

 着くとすぐに、自分たちの方へ視線が殺到。ちょっとだけ居心地が悪い。


「さあ、わたくしたちはこちらですわ」


 騎士や魔法士たちが整列している、さらに少し後方。そこで二人はじっと開始を待つ。

 あまり間もなく、列の前へ躍り出る影。アルベールだ。隣にはノエルの姿もある。


「皆、遅れてすまない。これより騎士・魔法士団合同の緊急集会を開始する」


 軽く謝罪を入れてすぐ、本題に取りかかる。


「まずは、緊急の招集だったにもかかわらず、よく皆集まってくれた。感謝申し上げる。して、今回の本題なのだが……」


 一礼。そして、ノエルに目配せをして、そのまま引き継ぐ。


「はい、本日国王の名においてひとつの指令が我々に下されました」


 ノエルが一歩前に出て、皆にその内容を告げた。


「――『騎士団・魔法士団より選抜した大規模遠征部隊を大陸北部へ派遣する』と」


 一斉に、皆が息を呑む。

 ただ、自分だけよく状況が呑み込めず、おいてけぼり……。

 すると、今度はアルベールが前に出て続ける。


「今回の遠征の目的は『大陸中に充満する《黒霧》の調査』。以前から魔獣との関連性をうわさされていた黒霧だが、残念ながら現状では有力な調査結果が出ていない」


 苦い表情を浮かべるが、すぐに強い意志を秘めた瞳を上げる。


「だが、《聖女》様がいらっしゃる今、再び大規模な調査を行う意味がある。上層部はそう考えたらしい」


 ……なるほど。なんとなく自分が呼ばれた理由がわかった気がする。

 魔獣を消し去れるという聖女が同行すれば、何か起きるかもしれない。そんなところだろう。


「出立は二週後。以前の遠征の疲れを癒して早々ですまないが、騎士・魔法士団、そして同行される王女様、聖女様は万全の備えを」

「「「はっ!」」」


 解散していく騎士・魔法士たち。

 残ったのは、前に立つ二人とレティシアと自分。いつものメンバーだ。


「イオリ様、申し訳ありません。また、危険な遠征に参加させてしまうことに……」

「い、いえ、それが俺の仕事ですし……」


 言葉を交わすなりすぐ頭を下げてきて、さすがに戸惑ってしまう。


「それに、本当に魔獣と黒霧が関係しているのなら、それは《聖女》の仕事ですから」


 心の奥底で蠢く不安を押し殺しながら、どうにかにこやかに笑って見せる。

 すると、アルベールは胸のあたりを押さえて背を向けてしまう。

 耳を澄ませてみると……。


「(……い、イオリ様が私に、わ……笑いかけてくださって……!)」


 ……あなたがときめいている相手、そいつ男ですよ。

 罪悪感と虚しさ半々。複雑な心境でアルベールの背中を眺めていると、隣のレティシアが肩を叩いてくる。振り向くと、憐みの視線。


「(イオリさんも大変ですわね……)」

「(……ほんと勘弁してよ)」


 ちょっと口元がニヤついている。完全に楽しんでいるな、この状況を……!

 頭を振るレティシアにジト目を送っていると、ノエルが近づいてくる。


「すみません、イオリさん。また遠征の準備のため、少しの間、講義をお休みさせていただくことになります」

「それは仕方ないかな。その分、しっかり俺も調べものをしてみるよ」

「はい、ただくれぐれもご無理は……」

「……それはお互い様じゃない?」


 しばらく見つめ合い、同時に笑う二人。

 そこで、ふと先ほどの閲覧室での疑問を思い出した。


「あっ、そうだ。ノエルは《聖法》っていう術について知らない?」


 顎に手を当て、首を傾げるノエル。

 しかし、すぐに首を横に振る。


「いえ、私はそのような術についての記述には見覚えがありませんね……」

「そっか……」


 ノエルも知らないとなると、いよいよ自分で突き止めないといけないようだ。

 そのとき、アルベールとノエルを呼ぶ声が遠くから届く。どうやら遠征についての細かな打ち合わせをしたようだ。


「すみません、では私たちはこれで失礼します。お力になれず、申し訳ないです……」

「いや、大丈夫。もうちょっと自分で探してみるよ」


 未だに思考がトリップ状態のアルベールの首根っこを掴み、無理やり引きずっていくノエル。二人を見送っていると、レティシアもその後に続いていく。


「わたくしも打ち合わせに顔を出してきますわ。あの状態のアルベールでは、お話にならないでしょうし」

「あ、ははは……」


 苦笑い。

 そして、取り残されたのは自分ひとりになった。


「それにしても、“万全の備え”ねぇ……」


 手を握ったり開いたりしてみるも、何かが起こることはない。


(黒霧と魔獣に関係があるのなら、絶対に調査中にも奴らは姿を現すはず。前みたいに、足手まといのままじゃ……)


 全力でこぶしを握り込む。

 そして開くも、やはり空っぽ。


(魔獣を消し去る力――《聖法》。そんなもの、本当にこの手にあるんだろうか……?)


 ……わからない。

 それでも、やるしかない。だって、今の自分は――。


「――……この世界を救う《聖女》なんだから」


 覚悟を籠めたつぶやきは、吹き抜けた風に攫われるようにして消えていった。

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