楽園のあとの痛み

 朝からキャシーが勢い良くやって来た。


「ロザリーヌ様 眠れましたか?」

「ええ」


「少し気晴らしに行かれては?」

「気晴らし?」

「はいっ!王宮騎士団のエースがお供してくださいます。さ、急いでお身支度をっ」

「エース?」


 楽しそうなキャシーに言われるがまま、ふわふわ頭をポニーテールにされる。毛先を緩く巻き満足げなキャシーであった。




 騎士団宿舎ではマシュー団長とダミアンが話し込む。

 メリア騎士も側で目を見開いて話を聞く。


「そうか、ダミアン お前がロザリーヌ様の」

「はい」

「フィリップ様が伯爵を呼び寄せるようだ。恐らくは時間の問題だ。今日だけになるかもしれない。

 ロザリーヌ様の本日の護衛を頼んだぞ」


「はい。ありがとうございます マシュー団長」



 キャシーに連れられ外へ出たロザリーヌ。

 そこには馬の横に立つダミアンがいた。


「さっ行ってらっしゃいませ」



 ロザリーヌを前に乗せ、ゆっくりと馬を走らせるのだった。

 すぐ耳元で優しい声が響く。


「丘にお連れします。いいですか?他に行きたい場所は……」

「丘に行ってみたいです」


 王都の最南端にある展望台、そのすぐ側に丘がある。

 ダミアンが言っていた名も無き花が咲く丘。

 なんでもない花畑である。しかし二人にはまるでここが楽園のように思えるのであった。


「ロザリー、ずっと君を見ていたい。たまにしか見られないこの丘の花々ではなく、美しく咲き誇る姿をすぐ隣で……共に生きていきたい」


「……ダミアン あなたの隣でならこんな私でも美しく咲けるかしら」


「今だって美しいよ……」



 丘の風に揺れる花々と、同じように髪をなびかせ二人は愛を確かめ合うように長い口づけを交わす。

 何度も何度も重ねられる唇は、いつまでも飽きることなく優しく引き寄せ合う。

 丘の花たちの方が飽き飽きしそうなくらいである。




 その頃。宮殿に出向いたクリストフ伯爵はフィリップにその軽い口を開いたのだ。


「では、王太子殿下に報告出来たので正式に発表を」


「その婚約、無かったことにしては頂けないでしょうか」


「はい?」


「王太子である私が頼んでも、無理だとおっしゃいますか?」


「いや、それはさすがに本人達も相思相愛で……。ダミアンは優秀な騎士だと以前からフィリップ様も言われていましたし、何も問題は―――」


「……分かりました。ご足労頂き申し訳なかった。発表はこちらで段取りをしますので」


「あ はい……。」


 伯爵も噂でフィリップがロザリーヌを愛しリリアを追放したと聞いていたが信じてはいなかった。

 しかし、真顔で婚約を否定しようとする姿勢に背筋が凍ったのだった。





 丘の花々に別れを告げ二人は宮殿へ戻る途中、まだまだ足りないらしい愛の言葉を交わしていた。


「ロザリー、この先何があっても諦めない」

「はい。私も」

「あ、近々教会やレストランに行かなければ」

「明日行こう」


 しかし、戻った宮殿は楽園とは程遠い茨の城の如くトゲトゲしく荒れていたのだ。


「兄上!ロザリーに固執してばかりじゃ、国を担う日も近いのに、しっかりしてよ!」


 今まで知ったこっちゃない精神でいたアンリーが一番しっかりしているのだ。


「兄上!」


 そこへシモン王子もやって来る。


「ダミアン、まさか―――ダミアンとは」

 周りの声も聞こえていない様子のフィリップは良からぬ発言をする。


「どうすれば、婚約を解消できる?」

「は?ロザリーは解消したって兄上とは結婚しないでしょ」


「決闘か?決闘で私が勝てば……」

「勝てるわけない……。兄上、戦ったことないでしょ……」

「……はあ」


 シモン王子であれば勝てる可能性もあるが、彼はダミアン相手に決闘する気などない。

 ロザリーヌがダミアンを愛したと知り、誰にもその恋心を知られぬままに失恋し、しょんぼりしているだけである。


 宮殿へ戻ったロザリーヌとダミアンに駆け寄ってきたキャシーとメリア。


「あーっ!ロザリーヌ様っ、フィリップ様の耳に入りました。伯爵様が来られて!!」


「ダミアン、悪かったよ。私が記憶喪失だと言ったばかりに、社交界にロザリーヌ様をお連れしたばかりに……」とメリアも落胆する。


「大丈夫だ。メリ、お前は悪くない。俺がロザリーを愛したから。」

「なんだよダミアン、小っ恥ずかしい。やっぱりキザだな……」


 と笑い合うのも束の間。



 宮殿からフィリップが飛び出てくる。それを追うアンリー、シモン。執事のロズベルトも遅れながら走っている。


「フィリップ様……隠すつもりは」

 と言いかけたダミアンに、フィリップは殴りかかる。


「人の妹に騎士の分際で手を出しやがって!!!!」ともう一発顔を殴る。ダミアンは無抵抗である。


「手は出してません。心を奪い、奪われました」


「戯言を!ロザリーは私が守る!!!」

 とまた次から次へ殴るのだった。


 誰も止められないといった空気の中、そこへ入り込み止めようとしたロザリーヌがフィリップにふっ飛ばされた。


「ロザリーヌ様!!!!」

「ロザリー!」

「ロザリー すまない!ロザリー……」


「このわからず屋!!王太子だからって殴り返されないからって、酷い!卑怯者!」

「心奪うのも奪われるのも理由なんて無いの!」


 と泣きながらフィリップの胸をバンバン叩くロザリーヌ。

 それを包むように抑え込むフィリップ。


「離して!!」


 ロザリーヌはダミアンの手を引き騎士団宿舎へ向かった。


 残されたフィリップはその場に崩れ落ち座る。

 キャシーとメリア、執事のロズベルトはロザリーヌの後を追った。


 皆を迎え入れたマシュー団長は空いた口が塞がらない。

「ああ」

「さっ冷やしましょう」とキャシーはロザリーヌに冷えた水と布巾を渡す。


「お嬢様……どういたしましょう。屋敷に戻りますか、それとも早くダミアン騎士との婚姻を、いやフィリップ殿下は……ああ」


 年季の入った執事も頭を悩ましたようである。



 大国であるヴァロリア王国がそんな恋煩いを拗らしている間に、リリアが出向いた西国バミリオン、ヴァロリアに続く大国から既に、フィリップ王太子の婚約者候補とし、王女が向かっている道中であった。


「まだあ?遠いわね~、ねえ まだあ?なんで私なの……面倒くさい。私はバミリオンに住み続けたかったのに。嫌なのよ 慣れない国は」


 王女ビオラである。

 自由な彼女は言いたい放題、食べたい放題、やりたい放題で、いわばバミリオンでは煙たいお姫様である。


 リリアの婚約破棄を知ったバミリオンの王が、国家交流、あわよくばいずれ併合し大国になろうという考えにより政略結婚を望んでいた。


 ヴァロリアの王族貴族でバミリオンに近しい者らも、有益な婚姻だと喜ぶであろう話である。


 無論、わざわざ扱いづらいビオラ王女を送り込み、ヴァロリア王国を乗っ取ろうと影から手を回したのは、バミリオンの王子の婚約者に成り上がったリリアの陰謀であった。

 今や復讐心だけがリリアを動かす原動力である。

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