お忍びで出かけた王女と騎士

 馬を引きながら歩く二人。すれ違う人がみな声をかける。

「メリ!今日は休みなのか?」

「うん」

「後で寄りな。一杯やるんでしょ。」

「うん、寄れたら寄るよ」

「最近、たちの悪いのが入り浸って困ってるんだ。絶対寄ってよ!」と話すのは酒場の店主。


 ロザリーヌは気づかれていないようだ。


「あの、野菜を売ってる店に行きたいわ」

「はい。行きましょう」


 マルシェのような野菜を売る小さな店でトマトを手に取り眺めるロザリーヌ。

「あの、ここの野菜はどちらで作ってるのですか?」

 普通の主婦の会話である。


「ああ それは王都の外れにある小さな村だよ。名前もないな、なんていう村だろな」


「メリ、畑の野菜は畑から買い取ってここに運んでいるの?」

「いえ、領地をもつ貴族に報酬が与えられ、畑の人達は僅かな賃金でひたすら畑作業に明け暮れてます」

「え」


 まさに、奴隷のように働かされ全ては土地持ちの貴族に優遇されている。


(換算すればトマトひとついったいいくらで買われてるの。農業の人達はちゃんと生活出来るの……)


 ロザリーヌは、ストリートチルドレン達が荒くれ者に束ねられスリや物乞いを強制され、搾取され侘しい食事しか与えられていない事も知った。


 次から次へ目に入る悲惨な光景に心を痛めるのだった。


「あ、ロザリーヌ様 そろそろ時間です。行きましょう」

「え?もうおしまい?」


 残念そうなロザリーヌを連れ向かった先は薬師の店。


 扉を引き開けるとカランカランと鐘の音が響いた。


「わ 魔女!」

 まるで魔女のように、黒い服に身を包んだ目の周りを紫のシャドウで囲み真っ黒のアイラインは目尻でハネあげ、赤い口紅の厚化粧の中年女性が鋭い目を向ける。


「魔女じゃないわさ。せっかく男前と二人っきりだったのに。邪魔が入ったね。あんたらは?おや?」


 ロザリーヌに気づいたか気づかないか。


「もう一人まあまあな男が増えたか。」

 メリアを男と見たらしい。


 男前と言われた髪が長めでシャツにベージュ色のズボンの青年が振り向いた。

「やっぱりここの睡眠薬だろうってさ。匂いが独特だ。」

「なんだあんたら、知り合いか」


 ロザリーヌは目立たないように背を向け、並べられたハーブや乾燥された実を眺めている。


「こんな少量で即座に眠る薬なんて死ぬ恐れがあるのでは?」と男前がいう。

「そうさ、死ぬための薬だよ。ごくわずかなら眠るだけ」

「殺すため?おばさん、そんなもん売って楽しいのかい!?」

 とメリアが吐き捨てるように言った。


「さ、この薬を買いに来た者のリストは?」

「リストなんて無いよ。あってもあんたに教える理由なんてない」

「この国では毒物の販売は禁止されてる。睡眠薬とは名ばかり、これは毒薬だ。誰も眠れないからとこんな強さの薬は自ら口にしない。」


「なんだよ、兄ちゃん」

「私は王宮の騎士だ。答えなければあなたを違法毒物販売で連行する」


「はあ……やっかいなのが来たもんだ。甘いマスクに騙されたよ。私は誰の為かしらんが、女が来たよ。小太りで髪は短い黒髪の。」


「……ポルテ」


 振り返って近づいてきたロザリーヌを見て驚いたのは男前ことダミアンだった。服装で、何処かの女性客だと思っていたのだ。


「マダム、こんなに人を治せるハーブを扱うのにどうしてわざわざ毒を売るのですか?」

 ロザリーヌが尋ねると、「そりゃあ金になる。金をもらえて貴族同士勝手に殺し合ってくれるなら本望だよ」

「…………」



 薬師の店を出た三人。


「さて、腹ごしらえに行きましょう」と、メリ行きつけの酒場へ行くこととなった。


「メリ、どうしてロザリーヌ様を……」

「あんたが言ったんだろ。外出時は俺に言えと」


 ダミアンは、メリアに詳細を説明しようと薬師の店に呼んでいた。ロザリーヌが居ればリリアの悪事を話せないのである。

 さらに、こんな酒場にまで王女を連れ回すなどとんでもないが、ロザリーヌは既に木のテーブルに肘を付きメリアとワイン片手におしゃべりに花が咲いていた。



 すっかり冗舌なロザリーヌは止まらない。

「私、畑を見に行くわ!野菜を一ついくら、キロいくらとかで店に買取を強いるの。」

「そんなことしたら、貴族の搾取どもが騒ぎますよっ」

「メリ!私は負けないわ。」

「どうやってその野菜運ばすのですか?貴族の馬車使わないなら、王宮の?」

「民に馬引き屋さんをしてもらうの!商売として。物流ね」

「ぶ?ぶつりゅう?」


 意味がわからなくなったメリアは入口に立つ店主と話をしに席を立つ。

 ダミアンは苦笑いでほろ酔いのロザリーヌを眺めていた。



「あ?あれって王女じゃねーか?」

「あんな格好でこんなとこで酒飲まねえだろっ」

「でもよ、あんな髪色のあの緑の目めったにいないぞ」

「ちょっと見に行くか」


 酒場に居るたちの悪そうな者らがロザリーヌに興味を示しだした。


「ロザリーヌ様、失礼します」

「はい?」

 ダミアンは、ロザリーヌの顔を隠すようにそっと自分に抱き寄せる。

(あ……これは……強すぎる し 刺激が強すぎます ダミアン……)


 ロザリーヌの酔は完全に吹っ飛び違う意味で酔いしれそうであった。



「ほらっただの恋人たちじゃねーか」

「いいなあ若いのは」


 ドーーーンッ  バタンッ


 酔いしれそうなロザリーヌの視界からダミアンがふっとばされ消える。


「ははははっ恋敵登場かあ 忙しいな ありゃ」


 と荒くれ者が見たのは、タックルしたメリアだ。


「ダミアン 何してる!!手出したら即刻処刑にするぞっ!!!」


「メリ、メリ 違うって。ほら、皆見てたから」

 ロザリーヌは、小さな声でメリアをなだめた。

 なんとなく事情を把握しメリアは大人しく引き下がる。


「ああ、いってぇ。帰りましょう」

 とダミアンがテーブルを掴み起き上がり顔をしかめながら立ち上がった。


 普段無表情でキリッとした立ち振る舞いしか見せないダミアン騎士の砕けた姿にロザリーヌはくすくす笑い出す。

(なんだか、可愛らしい。起き上がり方とか、いってぇって言い方とか普通すぎて……普通すぎて)


 そらそうである。毒物捜査のため私服で出ているのに『情けない姿をお見せし失礼いたしました。』とピシッと立ち上がるのも奇妙だ。


「ロザリーヌ様、私の馬に」とロザリーヌを馬に乗せるダミアン。

「こらっ!私が専属騎士だぞ」

「メリ、酒飲んだだろ」

「あ」

 ダミアンは、お酒を飲まずにいたのだった。


 その頃、宮殿ではソワソワしたキャシーが待っていた。

 ロザリーヌの部屋ではアンリー第二王子が帰りを待っていたのだ。

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