大神様の八つ当たり

婭麟

第1話

 境内へ続く森……。

 数人の少年が屯って、点でにカメラで写真を撮っている。

 カシャ、カシャ、カシャ。

 どっぷりと暮れて人通りの無い、無人の神社に続く森の中は、鬱蒼と茂る木々の中真っ暗と化している。

 そんな森閑とした辺りを憚かる事も無く、シャッター音が響き渡り、それと連動する様に辺りに一瞬の光を放つ物が、点でに煌々と光る。

 光る一瞬の光と共に、少年達は楽しそうに、可笑しそうに言葉を吐いている。………それは無人の神社の在る森には、似つかわしく無くそしてとても穢らわしい言葉だが、そんな事を昨今のご時世の若者達が、知っているはずもない。だから少年達は大きな声で笑い、静かな森林を騒めかせている事など気にもしていない。


「おや?おやおやおや?」


 すると少年達の背後で、その笑いを遮る程の大きな声がしたので、少年達は吃驚して振り返った。


「誰だ?」


 一人の少年が、撮影に使っていたスマホを翳して光をあてる。

 すると物凄い勢いで、それははたき落とされた。


「何しやがる?」


 血気盛んな少年Aが、声の主に怒鳴り返した。


「はぁ?我がお気に入りの場所で、騒がしい事よな?」


 声の主はそう言うと、フッと神社に在る街灯が輝きを増して、少年達が屯する辺りまで灯りを照らした。

 煌々と迄はいかないものの、多少の灯りは暗闇の中の全てのもの姿を浮かび上がらせた。


 そこに浮かび上がらせたのは、長身ながら細っそりとした青年と、体格は良いが細身の青年には身長が及ばぬ、同じ年頃の青年であった。

 そして屯っている少年は五人。

 中学生にしてはひねているので、高校生位だろうか?大学生か?

 それと……。


「なんと哀れな……」


 体格の良い方の青年が、少年達の足元で悲惨な姿でうずくまる少女に駆け寄った。

 彼方此方に傷や打撲の痕を残し、無惨にも着るものはビリビリと破かれ、哀れな事に凌辱された後である事が伺えた。


「なんと?お楽しみであったのか?」


 長身の青年は、呆れた様に言うと


「私の気に入りの場所で、この様な戯れ事とは……恐れを知らぬとはこの事よ」


 少年達に、鋭い視線を送る。


「はあ?さっきから変な言葉使いやがって……」


 一人の少年が飛びかかる。と、同時に他の少年達も飛びかかろうとして


「おやめくださいませ!頭をカチ割ってはなりませぬ!」


 もう一人の青年の悲痛な叫び声に、少年達の視線は飛びかかった少年と、その少年の額に手を当て、軽々と少年を宙に浮かせる青年に釘付けになった。


「お止めくださいませ……神聖なるこの森林が、その者の不浄な血で穢れます」


 青年は少年に手を掛ける青年を、静かに諭す様に言った。


「ほう?それは一理……」


 そう言うと、痛みと恐怖に怯える表情を向け、浮いた足をジタバタさせる少年を叩き落とした。


「ふん。しかしながら我が気に入りのを、快楽の場と致したははなはだ許しがたい」


 青年は、凄く口惜しげに少年達を睨め付けた。


「よい。その方達を七殺致す事する」


「おおかみさま……」


 哀れな少女の側で身を屈めた青年は嘆息を吐いて、五人の少年達に哀れむ様な表情を浮かべた。


「これより、其方達は七殺される事と相成った。これは如何致す事は何人たりと叶わぬゆえ、身を持ってお受け致せ」


「けっ!何を言ってやがる……」


 少年達は威勢の良い言葉を吐くが、決して誰も飛びかかろうとも、攻撃しようとはしない。

 否、蒼白と化して、微かに唇が震えている。

 するとけたたましく、天が笑った様に聞こえた。


「うわぁー」


 一人の少年の悲鳴が引き金となって、少年達は一斉に走り出した。


「少年達よ、よく聞くのだ。其方達は大事な周りの者を巻き添えに、七人死んで行く。いいか各自七人だ。己だけの償いだけでは済まされぬ。これは此処を統べられる大神様の、逆鱗に触れたと観念致せ。よいか?其方達は逆鱗に触れたのだ……如何様にもならん」


 青年はそう叫んで、長身で細身の青年を仰ぎ見た。


 ……今夜は間が悪かった……


 そう、ただ間が悪かった。ただそれだけだ。

 大地の大神様は今日、天に座し対を成す年頃もお近い、天の大神様に散々揶揄われ、それはそれは虫の居所がお悪かった。

 天の大神様は天に在って、それは聡く利発なお方だ。

 年頃が近いが、先に代替えを終えておられる〝大神様〟だ。

 こちらの大神様は大地の大神様で、まだ代替えをされてはいないが、大神様は大神様として、〝その物〟を持って生まれるので、代替えを終えておられなくても、一応大神様には変わりがない。

 ただ、現役の大神様の元で、大神たるいろいろをお勉強中という所だろうか?

 そんな大神様だから、それはそれは尊くお力をお持ちだ。

 特に大地の大神様は、硬い物でおできになられているから、それは強靭なお力をお持ちだ。

 そんな大神様なのだが、何故だか美しく柔らかい物でおできの天の大神様には、代々決してお勝ちになられない。

 確かにあちらが先にご誕生の因果が、災いしているのかもしれないが、ずっとずっとずっと、永きに渡りほぞを噛む様に口惜しい思いをされ続けておられる。

 その天の大神様と、天に座す太陽神で最強神の天照様の宮殿で、運が悪い事に今日遭遇してしまった。

 お顔を合わされれば、戯れ言の一つや二つや三つや……。

 数え切れぬ程にお口から、溢れ出られる天の大神様。

 それに対して対抗するも、あと一歩の処でほぞを噛み続けられる大地の大神様……。

 今日も散々しこたまヤラレっぱなしで、それこそ火山の一つや二つ噴火させるなど、朝飯前のご状態であった。

 これは早くお気に入りのやしろに戻り、ご機嫌を直して頂かねば……何時もの火山が噴煙を巻き上げる……と、どの様に機嫌をとるかと、思案しながら戻って来た所がこの状況である。

 はっきり言って、只々難癖をお付けになられ、憂さを晴らしておいでなのは、ご誕生の砌よりお仕えしている従者の銀孤には一目瞭然。

 目の前で蹲る少女には、それは気の毒に思うが、今回の大神様の仰せにより、七殺を賜った悪童共にも気の毒としか言いようがない。


「ふん。不埒者め……」


 大神様は、逃げ行く少年共を目で追いながら、恐ろしい程に低く仰せになられたが


「銀孤よ。その哀れな者を慈しんでやれ」


 と、一瞥されて再び仰せになられた。


「私は疲れたゆえ社に戻りて休むといたす。其方はその者が癒えるまで、側に在りて大事をとらせよ」


「は……」


 銀孤が頷くのをお目に留められる事も無く、大神様は無人の神社の社に姿をお消しになられた。

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