第12話

 季節は冬。二月の半ば――バレンタインデー。

 大人になってから、バレンタインデーとはあまり縁がなかったので、二月一四日と言われても、最初何の日かわからなかった。何秒かフリーズしてから、ああそうか、今日はバレンタインデーだったな、と思い至った。


「これ、よかったら……」


 理子から手渡されたのは、綺麗にラッピングされた長方形の箱だった。軽く振ってみると、カタカタと音がする。バレンタインデーに渡すものといえばチョコレートだ。市販のものか、手作りか――。


「ありがとう」


 礼を言って、カバンにしまう。家に帰ってから食べることにしよう。


「一応、その、手作りだったりします」

「へえ、嬉しいな」

「……本当に、嬉しいですか?」


 どことなく不安げな表情で、理子が尋ねてくる。


「嬉しいよ。たとえ義理だとしてもね――」

「義理じゃありません」


 彼女にしてははっきりとした強い口調で、俺の発言を否定した。

 バレンタインチョコには『本命チョコ』と『義理チョコ』――二種類のチョコがある。義理チョコは家族や友人などの常日頃お世話になっている人たちへ、そして本命チョコは好きな人だけに――。


 ……好きな人? 

 睨みつけるかのように見つめてくる理子のことを、俺も同じように見つめてみる。意志の強そうな瞳は、揺れることなく一点から動かない。


 冬の夜は寒い。お互いに吐く息が煙草の煙のように白い。

 大きな橋の真ん中で、俺と理子は立ち止まって話をしている。車は時折通るが、歩道を歩く人の姿はない。遠くにはライトアップされた街並みが、ロマンティックに輝いている。


「義理じゃないとしたら――」


 そこで言葉を切ってから、一瞬目を逸らして夜景を眺める。


「――このチョコは?」

「義理じゃなかったら本命しかないです、よね?」

「理子、君は――」

「私の気持ち、気づいてますよね?」

「……」


 俺は何も答えなかった。肯定も否定もせずに、もう一度目を逸らした。

 欄干にもたれかかりながら、下を流れる夜の川を見た。薄暗いので、魚がいるのかどうかもわからない。


「私も、和真さんが私のことをどう思っているのか、わかっているつもりです」


 そこまで言われても、俺は何も言わなかった。

 煙草の煙を吐き出すような深いため息をつくと、ようやく言葉を発する気になった。


「俺は大の大人で、君はまだ高校生だ」

「知ってますか? 日本では女性は一六歳から結婚できるんですよ?」


 ふふっ、と俺は笑った。

 理子は笑わなかった。


「うん、でもまだ君は未成年――子供だ。世の中には一七歳差やそれ以上の年の差のカップルだっているだろうけど、それは大人になってからの話だ。大人の俺が高校生の君と付き合えば捕まりかねない」


 そう言って、俺は手錠をかけられたポーズをした。

 俺は法に疎いので正確なところはよくわからないが、大人が未成年――それも高校生――と付き合うのはいろいろとまずいだろう。


「わかりました」


 理子は大きく頷いた。


「そう、わかってくれた? もしも、理子が大人になって、それでもまだ俺のことを好きでいてくれたら、そのときは――」

「だったら、保護者の――亜美さんの許可をとればいいだけの話ですよね」

「……う……んん?」


 俺は混乱し、ぽりぽりと頭をかいた。

 確かに、保護者の許可が取れれば――そして、結婚を前提としたものであれば――未成年との交際もオーケーだったような気がするが。


 亜美さんの許可をとる? そんなこと、考えてもみなかった。知り合いとはいえ、自分とそれほど年の差のない男が、姪と付き合うことを許可するのか?

 だいぶ前に『理子と付き合うっていうのはどう?』と言っていたが、あれはちょっとしたジョークで、それが実現しそうになったらさすがの亜美さんも困惑し、反対するだろう。


「善は急げです。今すぐ私の家に行きましょう」


 有無を言わさず、俺を引っ張っていく理子。

 善は急げの使い方、間違ってないか――そう思いながら、理子のなすがままに彼女の自宅へと連れていかれた。

 

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