レオナルドの実力

「分かったならよろしい。

 これからは困ったことがあったら、何でも僕に相談すること。良いね?」


 念を押すような発言。



(まあ良いか)


 うまく丸め込まれたような気もしますが。

 目の前でニコニコと幸せそうな笑みを浮かべる従者の顔を見て

 私はそう思うのでした。




「僕から離れないで下さいね?」


 やたらと張り切るレオナルドが道案内を買って出ました。

 先導する従者の後ろを、私はちょこちょこと付いて歩きます。


 私のペースに合わせているのでしょう。

 レオナルドの歩みは普段よりもゆったりしており、心遣いが身に染みました。



「れ、レオナルド。あれは何でしょう?

 珍しい花ですね!」


 30分ほど経ったでしょうか。

 私は前方に変わった花が生えているのを見つけました。


 視界に入ったのは直径1メートルほどの巨大な花弁。

 赤紫色の花弁が存在を主張するように咲き誇ります。


(初めて見るお花ですね。

 すごく綺麗)


 吸い寄せられるように近づいて行った私を――



「ダメです、ミリアお嬢様っ!」


 レオナルドが鋭く呼び止めます。



「……え?」



 ――ヒュルルッ!


 彼の呼び声と同時。

 私を捕食しようと、その植物はトゲの生えたツタを伸ばしてきました。



「ひっ」


 突然のことに私は反応できず立ちすくんでしまいます。

 突き飛ばされ間一髪で回避することに成功。



「ぐっ」


 モンスターの攻撃をモロに喰らってしまうレオナルド。

 モンスターの鋭いツタは、彼の軽鎧を易々と貫通していました。


(わ、私のせいだ……)



 結界の外の珍しい光景に浮かれていました。

 危険は少ないといっても、モンスターのうろつく危険地帯には違いがないのに。




「ミリアお嬢様、ここは結界の中とは違います。

 無害な花に見えますが、あれでもモンスターです。

 一歩間違えたら死にますよ!」


 油断なく剣を構え。

 レオナルドは私を庇いながら、ジリジリと花型モンスターと距離を取る。

 


「ご、ごめんなさい。

 私がノコノコと近づいてしまったから……」

「ミリアお嬢様は悪くありません。

 モンスターに気付かなかった私の落ち度です」



 レオナルドは私を責めようとはしませんでした。


(これが貴族相手ならどれだけ罵られたことか。

 レオナルドは本当に、どこまでも優しい)


 それが心地よく。

 同時にただ守られるだけの自分がものすごく情けない。



「レオナルド?」

「心配しないでください。

 すぐに倒してしまいますから」


 強がるようにそう言いますが、その表情は苦しそうに歪んでいます。

 額からは異常なほどの汗が流れており、



(ツタによる傷は、そこまで深くはなさそうです。

 だとすれば――毒?)


 私はレオナルドの様子を注意深く観察します。

 彼から届くのは離れてくださいと訴えかける視線。

 未だにこちらの安否を気遣うもので。



(私だって、これまで国を守ってきたんです。

 何かできることことがあるはず)


 私に専門的な知識はありません。

 毒だという判断も推測の域を出ないもの。

 結界の外で頼れる従者が負傷した絶望的な状況。



 不思議と焦りはありませんでした。


(私が頼れるのは、結局この力だけなんだから)


 生まれ持った聖女の力。

 国で奴隷のように使われるようになった全ての元凶。

 レオナルドとの素敵な出会いを与えてくれたきっかけ。

 

 頑張ってくれたと認めてくれた人のため。

 今こそ、この力を振るう時です。



 ――清浄なる光よ

 ――清らかなる衣で、かの者を守り給え


 体に刻み込まれた聖女の祈り。

 結界内の空気を浄化し悪意ある者からの攻撃を防ぐ守護結界。

 ここでは国を対象とするのではなく、効果を思いっきり限定します。



(うまくいった!)


 光の衣はレオナルドを守護するように包み込みました。

 これまで国を守ってきた結界術の応用です。



「な、なんですか。これは……!?」

「聖女の結界術です。

 これまでは国を対象にしていましたが、それを簡略化しました」


 何の準備もないぶっつけ本番。

 とっさのことで上手くいくか不安でしたが、こんなところで死ぬ気はありません。



「そ、そんなこと出来たんですね?」


 自身を包み込む光の衣を、レオナルドは不思議そうに見ていました。

 さながら結界の効力をそのまま発揮したかのように、結界術は見事にレオナルドの毒を浄化しました。



「この日のために、必死に力を付けてきたはずなのに。

 情けないな僕は……」


 ほっと安心してため息をついた私とは対照的に、レオナルドは弱々しく呟きます。

 それでも私から視線を外し、悠々と花のモンスターに向き直ります。



 そこからはレオナルドの独壇場でした。

 派手さこそないものの精密に相手の弱点を突く堅実な戦い方。


 もともと苦戦したのは私が足を引っ張ってしまったせいです。

 不用意に先制攻撃さえ喰らわなければ、圧倒できるだけの力を持っていたのです。

 ツタによる攻撃をまるで寄せ付けず、あっと言う間にコアまでたどり着き



 ――横凪に一閃。



 あれほど恐ろしかったモンスターを一瞬で葬り去ったにもかかわらず。

 何の感慨もなさそうに見下ろす姿は、熟練の剣士のようでした。


「レオナルドの剣は、いつ見てもすごいです……」


 思わず感嘆の声が漏れます。



(レオナルドが付いてきてくれて本当に良かった)


 改めてそう思わずにはいられませんでした。

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