第2話 クリックできないマウス

トラックボールマウスのクリックボタンが反応しなくなってからどれくらいの時間が経過しただろうか。三年くらいかな。マウスを付けているPCのOSはVistaで、もはやネットに繋ぐことはできない。このPCは学生時代に使っていたもので、色々と調べたり書類を作ったりと酷使したものだ。マウスも学生の時に買ったから、軽く十年は経過している。十年経過しても使えているだけ凄い気もする。


クリックできないマウスは、見た目にはなんともない。壊れているようには見えない。でも使ってみるとクリクできないのは不便だ。マウスを操作しているのと反対の手でPC本体のクリックボタンを押している。本来、片手で行えるマウス操作を両手でこなしているわけである。正直、面倒だ。でももし、このクリックできないマウスを「使えない」と言って捨ててしまったらどうなるだろうか?まだ使えるものなのに、クリックボタンが死んだだけでまだ生きていけるのに、ゴミになってしまう。捨てたらモノが死体になってしまう。


モノは役目を果たせなくなったら死ぬのだろうか。人間なら片手が無くなったからと言って捨てられ、死んでしまう事はあり得ない。戦争や事故で片脚をなくしたからと言って社会から追い出されたりはしない。むしろ足りない部分を補って、なんとか生きていこうとするだろう。


モノは持ち主に捨てられてごみ処理施設に運び込まれたらもう終わりである。そのモノの一生に思いを馳せるとき、どうしてもモノの生を終わりにはできない。だから、クリックできないマウスも捨てられない。


こんな時に付喪神が居たら、何か話ができるのだろうか。

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