第28話 帰宅

 空が赤く染まり、頬を撫でる風が徐々に冷たくなってきた。

 今の俺は、モコモコの羊毛に包まれているから全く寒さを感じないが。そういう気分だ。


 果たして、俺のこれは羊毛と言っていいんだろうか。

 羊に近しい見た目をしてはいるけど、俺って羊じゃないしな。


 そもそも生き物なのか?

 いや生きてるけどさ。


 閑話休題。


 魔法少女さんの誘いは、非常にありがたかったが断らせてもらった。

 あんな奴らがいるとわかった以上、家族を置いてどこかに行くなんて心配でできない。俺は家に帰るんだ。


 それに、魔族ってのと戦っていればまた会うこともあるだろう。もしも人間に戻れなかったら、その時は魔法少女さんのお世話になろうと思ってる。


 尤も、これは俺の感覚だが、人に戻るのは問題ない気がするんだよな。これは本当にただの勘と言ってもいい。

 自分の能力だからなのか、なんとなく分かるのだ。


 例えば、魔法少女さんとお別れをしてからまだ数分。

 その僅か数分で俺は全人類の夢を叶えてしまった。


 俺は今、浮いているのだ。

 学校でも新学期早々から浮いた存在だが、そういうことではなく本当に浮いている。飛んでいるといった方がわかりやすいかもしれない。


「意外と出来るもんだなぁ」


 ピンク猫がふわふわ浮いているのを見て、同じ妖精なら出来るんじゃないかと試した結果出来てしまった。

 もう自由自在に飛べてしまっている。


 【妖精魔法】万能すぎやしないか?

 人間の体で魔力を使った時に起こる力の抜ける感覚もないし、いつまでも飛べそうだ。


 妖精の体の特性なのか、何もしていないのに魔力がどんどん集まってきているような気がする。

 多分そのおかげで魔力を消費した感覚がないんだろう。使ったそばから回復しているからな。

 もうこれだけで生きていけるだろ。


 妖精の体じゃ攻撃できないって言う難点はあるが、人間の体に戻ればいいだけの話だ。


 さて、問題の人間に戻れるかだが、今ここで人間に戻れるか試すことはできない。

 まだ近くに魔法少女さんがいるかもしれないんだ。

 もふもふされたり、ぎゅーっとされたり色々堪能したが、俺が人間だというのはバレたらいけない気がする。


 いやもう絶対にだ。


 あわよくば次会った時にもう一度抱きしめてもらうためにもバレる訳にはいかない。


 一刻も早くあそこから離れたいが、人形みたいなのがふわふわ浮いてるのが誰かに見られたら不味くないか?

 普通にやばいよな?

 今は誰にも見られずに済んでいるが、どこに人の目があるか分からない。


 捕まったりしたら一番ヤバいが、写真とか動画撮られるだけでもSNSに投稿されてしまったら大騒ぎになってしまう。


「いや、今の俺の姿を見て人間の天開紫苑だって気付く人なんていないか」


 けど捕まったら厄介なことに変わりはない。

 銀髪魔族の仲間だっているかもしれないしな。


 攻撃を出来ない妖精の体で、身を隠す手段は必要だ。


 【妖精魔法】なら何とか出来たりしないかな。自分の気配を消したり、あわよくば透明になれたりとか。

 ここまで万能ならもっと色々出来そうだ。


「試す価値はある」


 ふわふわ浮きながら早速試してみる。

 周りの風景と溶け込むように、自分が透明になるのをイメージする。

 どうだ?

 相変わらず力が抜けるような感覚はないが……。


「おお、手が見えない!」


 確かにそこに自分の手があるのが分かって感覚もあるのに、見えない。

 なんだか不思議な感じだ。違和感が半端ない。勿論、体の方も全身見えなくなっている。

 完全に透明になってしまった。


 なるほどな。

 あの青いクマが誰にも気付かれずに家の中に入れたのもこの能力があるからか。

 昨日は深夜だったってのもあるが透明になれるなら、誰にもバレずにどこにだって侵入出来るだろう。


 いやぁ、夢が広がるなぁ。


「これで誰かに見られる心配もないし、後はどこで人間に戻ればいいかな」


 今ここで戻れるか試してもいいが、家に帰るまでに透明化は解かないといけないからな。

 今ここで解除したら、誰かに見られていたときに何もない場所に急に人間が現れたと思われてしまう。


 どっちにしろ、人目につかない場所には行かないといけない。


 公園のトイレとかでいいか。

 この時間帯なら誰もいないだろ。小学生はお家に帰る時間だし。個室なら万が一にも、見られる心配はない。


 そこで透明化を解いて人間に戻ろう。

 空を飛べば障害物とか気にしないで済むから、早く帰れそうだな。



「おかえりなさい、兄さん。今日は遅かったね?」


 色々と心配していたのが馬鹿らしくなるぐらいあっさりと人間の姿に戻れたお陰で、日が落ちる頃には家に帰宅することが出来た。


 俺より先に家に帰っていた絵里香が出迎えてくれている。わざわざお出迎えしてくれるとは、何か話したいことでもあるのかな。


 生きてるって素晴らしい。

 もし、魔法少女さんがいなかったら2度と家に帰ることも絵里香に会うことも出来なかったんだからな。

 感謝してもしきれない。


「ただいま、少し用事があってね」


 手に入れた能力も魔法少女さんとピンク猫に会ったことで少しずつ分かってきた。

 【変身】の方も、自由に元の姿に戻れることが分かった。


 念じるだけで【変身】を解除できるなら、そう悩むこともなかったじゃないか。


 妖精魔法にしろ変身にしろ、今はもうないが確殺も、感覚で行使することが出来るのはありがたいんだが、試してみるまで細かい能力が分からないのが難点だよな。

 浮くことができるのも、ピンク猫を見るまで考えもしなかった。


 これからもっと能力の検証が必要になってくる。自分の能力の把握が出来ていないのは中々に問題だ。


「え、兄さんに放課後に遊ぶような相手が?」


「いや出来てないから」


 そう簡単に友達が出来たら苦労せん。

 今のところ高校に入学してから出来た友達と言える人は龍宮寺さんぐらいだ。

 むうっ、と首を傾げる天使との団欒は後にするとして、自分の部屋に向かう。


 何をしてたかについては、人に言えるような事じゃないからな。


「とりあえず制服脱いでくるから」


 軽く絵里香の頭を撫でて、横を通り抜ける。今日は疲れたし、早く母さんの作った御飯が食べたい。


「兄さん」


「ん、なんだ?」


 返事をしながら振り返って背筋に悪寒が走った。

 天使の輝きを持つ絵里香の瞳が、光を失った目で俺を見ていたからだ。


「……女の人といた?」


 何故だ、空気が震えている。絵里香の周りの空間が揺らいでいるのは気のせいだよな!?


「い、いや?」


「そう、だよね。女の人の匂いがした気がしたんだけど、気のせいだったみたい。」


 そう言ってリビングに戻っていった。

 なんだか身の危険を感じて咄嗟に嘘ついちゃったけど……えりちゃーん?

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