十一月九日 神隠し

 今日の夕食のレシピを検索していたはずだった。

 料理雑誌のホームページに辿り着き、料理とは関係ないマイナンバーの記事が目に止まり、マイナンバーに関するニュースを検索し、関係のない事件のニュースが目に止まり……と繰り返しているうちに、僕は警察のホームページに辿り着いた。

 僕が見ていたのは、行方不明者について情報を募集するページだ。

 もしかしたら、どこかにシモツキさんを探している人がいるかもしれない。

 警視庁や各道府県警のホームページでは、行方不明者の性別、身体的特徴、最後に目撃された場所、当時の衣服や所持品などが公開されている。

 日本では毎年、警察に八万件前後の届け出があるようだ。こんなにたくさんの人が行方不明になっているのか、と驚く。

 公開されている行方不明者情報の大半は高齢者だった。とくに最近は、認知症のために出かけたまま戻らなくなってしまう人が増えているようだ。高齢化社会なんだな、と他人事のように思う。

 それでも中には、シモツキさんと同じくらいの年頃か、もっと若い行方不明者もいた。幼い子どももいた。大人も一緒にいたのに、いつの間にか姿を消してしまった女の子。どうしてそんなことが起きるのだろう。まるで神隠しのようだ。

 少なくとも、僕の見た範囲では、シモツキさんらしき行方不明者情報は見当たらなかった。

 となると――次に探すべきなのは、身元不明遺体の情報だろう。

 いくつか見て、胸が重くなった。生死が定かではない行方不明者と違って、こちらは亡くなっていることが確定している。特に死因が書かれていたり、発見当時の衣服や所持品の写真、似顔絵が公開されていたりするものはいっそう生々しい。

 昨日まで元気だった人の行方が突然分からなくなる。一方で、誰とも知られずに死んでいく人がいる。その事実が、少なからず僕を不安にさせた。

「何やってる」

 背後に立ったシモツキさんの声は低かった。

「私のことを調べようとしてくれているなら感謝するが、気分のいいことじゃないだろう。いまの君がやるべきことじゃない」

「まったくです。ちょっと見ただけで嫌になりました」

 あえて冷たい言葉を選んだのは、さっきまで僕が見ていたものを、自分とは関係ないことにしておきたかったからだ。

「私が身元不明のまま死んでるとは限らないぞ。きっと家族がいて、ちゃんと弔われているさ。私が覚えてないだけで」

 だとすると、いよいよ僕にできることは何もない。

 僕はノートPCを閉じて立ち上がる。特に飲みたい気分でもないコーヒーを淹れた。

「でも、知りたいんですよね? 自分が何者だったのか」

 シモツキさんに向き合う。彼は悲しげに眉を下げるだけだった。僕も重く淀んだ息を吐き出した。

「私には何も思い出せない」

 やがてシモツキさんがぽつりと言った。

「誰か代わりに、私の名前を思い出してくれよ、と思っていた。そのせいで旬君のところに化けて出たんだろうな。でも君に迷惑をかけるのは望むところではない。どうにか成仏して、君の前から消えられたらいいんだが。すまん」

 いつになく元気がない。シモツキさんにしょんぼりされると、こっちまで調子が狂ってしまう。

 僕はシモツキさんに背を向けた。

 ソファに腰掛けてテレビをつけると、ワイドショーのコメンテーターが訳知り顔で殺人事件の容疑者を非難していた。かと思えばすぐにCMに切り替わり、にぎやかな音楽が流れ出す。

「……いいですよ、別に成仏しなくても」

「ん、いま何か言ったか?」

 CMになってテレビの音量が急に大きくなったせいで、僕は声を張らなければならなかった。

「別に僕に憑いててもいいって言ってるんですよ。シモツキさん幽霊だから食費とかもかからないし、そんなに迷惑じゃないです」

 本当は幽霊おじさんとの生活も、ちょっとだけ楽しいと思い始めている。恥ずかしいので絶対に言わない。

 次の瞬間、シモツキさんはもう僕の隣に座っていた。

「ありがとう、旬君」

「どういたしまして」

「私はいま、猛烈に君を抱きしめたい気分だ」

「それはだめです。ものすごく鳥肌立つんで」

 長い付き合いになりそうなのだ。あまり調子に乗られると困るので、嫌なものは嫌と言っておかねば。

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