無意識に

 年明けから一週間が経ち、もう明日から新学期が始まる。

 レオもタイムも実家から戻ってきて、いろいろとお土産を持ってきてくれていた。タイムが持ってきた中央センドダリアの丸い黄色いお菓子はフワフワでレオに評判が良く、僕も家で食べたことがあり懐かしかった。二人とも家で気兼ねなく羽を伸ばして来たようだ。


「アスラはずっと寮に残っていて寂しくなかった?」

「いや、寂しいってことは別になかったよ。」


 タイムに聞かれて僕はファーとの日々を思い出していた。寂しいなんてことは全然ない。むしろこの二人きりの時間がずっと続けばよかったのにと思った。しかし、それはあっという間に過ぎ去ってしまった。


「ずっとファーと一緒だったんだろ?」


 レオが僕をからかうように言った。


「まあね。」


 それに応える僕の顔はにんまりと笑っていただろう。


「もしかして、もうキスした?」


 タイムが興味津々という感じで僕に聞いた。意外とこういう詳細な話を聞きたがるのはレオではなくタイムである。


「キスしたよ。」

「え!? し、し、し、したの!?」


 タイムが裏返った声で聞き返した。自分で聞いておいてそんなに驚かなくても……。


「そ、それでどんな感じだったの!?」

「おい、タイム。」


 レオがタイムを止めようとしたが、僕も少し話を聞いてもらいたくなっていたので言ってしまった。


「なんていうかうまく言えないけど、今が幸せの絶頂って感じだったよ。ファーも僕のことを好きでいてくれるって伝わってきてさ。」


「はぁ……いいなぁ……。」

「惚気かよー。」


 それから僕らは新学期の授業のことや、レオとタイムの家族の話で盛り上がった。ああ、この感じは久しぶりだな。男友達と過ごす時間はファーと一緒にいる時とはまた違う。僕は楽しかった。



 そして次の日、冬休みの間あんなに寂しかった学校内は元通り生徒で溢れていた。昨日までと同じ場所とは思えない。

 冬休みが終わったということは、ステラも帰ってきているはずだ。僕はなんとなく生徒の中にステラの影を探したが見つけることができなかった。ステラのやつ、ケンカ別れしてこのままずっと僕と会わないつもりなのか? あとでレオにステラの様子を聞いてみよう。さすがに授業には出ているはずだ。


 そのままファーと合流して新学期最初の学科別の授業に向かう途中、僕は校長先生に声を掛けられた。


「アスラくん、ちょっといいかい?」

「え? あ、はい。……ファーは……?」

「ファーくんは悪いけど、外してもらえるかな?」

「はい、わかりました、校長先生。……それじゃアスラ、後でね。」

「うん、後でね、ファー。」


 僕は授業に一人で先に向かうファーを見送った。ファーに聞かせられないということは転生者の話だろうか? この校長先生も僕とステラと同じ、前世に異世界の記憶を持つ転生者だ。校長先生は僕とステラのどちらかを後継者にしたいと言っていたが、僕はあの話はもうどうなったかは考えないようにしていた。


「何ですか? 校長先生。」

「アスラくん、君は転生スキルのレベルが上がったと言っていたね。新しいスキルを手に入れたと。」

「ああ、はい。でもあの時以降は使えなくて自分ではよくわからなくて。」

「使えないだって? ……それは困ったことになったかもしれないね。」


 使えないとダメなのだろうか? 僕は校長先生の言っている意味が捉えられなくてモヤモヤした。校長先生は転生スキルで他人の『ステータス』を覗くことができ、僕の転生スキルのことも最初に会った時に僕のステータスを見て見抜いたのだ。僕のスキルがどうなっているかなんて見ればわかるはずだ。


「何が困るんですか?」

「いや、実は今、私は君のステータスを見ることが出来なくなってるんだよ。」

「どういうことですか?」

「私はこれは君の新しい転生スキルの魔法無効化のせいだと推測している。君のスキルは魔法だけじゃなくて私のスキルも無効にしているんだ。」

「……つまり、僕のスキルは今も発動しているってことですか?」

「そうだね。しかし君はその自覚がなかったのだね。無自覚に魔法無効化スキルが働いているんだ。……アスラくん、君のそのスキルはとても強力だ。それを君がコントロールできていない現状は、かなり危険だと私は思う。」


「そんな……。」


 無意識に魔法無効化が常時発動してたなんて……。今は自分でも気付かないのだから深刻な影響は出ていないが、この世界のほとんどは魔法の道具で出来ている。もしも魔法無効化のスキルが僕の周囲の魔法道具の魔法を無効化してしまったら僕は生活が出来なくなってしまう。いや、それよりも魔法が使えなくなったら魔法使いになることもできない……。


「とにかく今はそのスキルをコントロールできるようになるしかないだろうね。申し訳ないがスキルの使い方は自分で探るしかない。」

「……わかりました。教えてくれてありがとうございます。」


「それから、ステラくんのことだが……。」

「ステラのこと?」

「ステラくんのスキルもレベルが上がっていたよ。今の彼女の置かれている状況は彼女の望んだ結果なのだね。」

「望んだことって?」

「私は君たち兄妹には仲良くしていてもらいたいと思ってるからね。早めに仲直りすることだよ。幸か不幸か今の君は彼女のスキルの影響を受けないのだから。」

「え? 校長先生?」

「さ、授業が始まるよ。」


 校長先生はその眼鏡の奥で満面の笑みで僕に手を振ると、さっと消えてしまった。その場に残された僕は呆然とするしかなかった。

 僕はどうすればいいんだ? 校長先生……なんかいつも説明が足りなくないですか?

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