第四話 剣技大会

レオはステラに勝ちたい

 結局スパイダーはあの後すぐにルカ先生の氷魔法の餌食になったようだった。『ようだった』というのは、そう説明を受けただけで実際に僕らはそれを見ていないし、魔物は死ぬと煙のように消えてしまうため動物みたいに死体が残らないので証拠も何もないからだ。

 とにかく安全になったということですぐに魔法実習の授業は再開された。スパイダーがどこから入ってきたのかは校長先生が調べているらしい。それでもやっぱり不安に思っている生徒たちはいて、魔法実習は何人かの班を作ってやることに変わった。


「というわけで魔法使い学科では、あの魔物の影響はまだ続きそうだよ。」

「ねえ、アスラ。私は見てないけど、それって大きな蜘蛛ってことなのかな?」

「蜘蛛……ってなんだっけ? ステラ?」


 僕とステラは二人で空き時間に大食堂でお互いの近況を伝えあっていた。


「前世の世界の生き物よ。この世界にはいない。初めて見る魔物なのに糸が出るって思ったんでしょ? それは前世の記憶のせいだと思うよ。例の夢はまだ見てる?」

「え?」


 僕は前世のことは話題から避けてきていたのに、思いがけず前世の話になってしまって困った。でも言われてみればそうだ。スパイダーって名前もまんま蜘蛛である。僕はあの魔物の姿を見て少し懐かしさも覚えていたが、それも前世で馴染みのあった姿をしていたからだと思う。それよりも、無意識に前世の記憶と結びつけられていたのは怖い。今も僕は数日おきに賢斗の記憶の夢を見ていた。


「うん。夢はまだ見てる……。でもまさか夢の世界の記憶と現実がゴッチャになっていたとはショックだな……。」

「しょうがないよ。私もまだ夢を見るの。今では前世の記憶を昨日のことのように思い出す……。何がこの世界のことで何が前世の世界のことなのか、ちゃんと理解していかないとわからなくなる。」


 ステラの寂しげな表情が胸に刺さる。

 転生のことを話せるのは同じ転生者だけだ。ステラは長い間ずっと独りでこの秘密を抱えていた。ステラはきっと心細かったはずだ。でも今は僕も同じ立場にいる。二人で秘密を共有できている。でも……。


「ごめん、ステラ。僕は前世の記憶をあまり見たくないと思ってる。だって前世の世界は僕たちの世界とは違いすぎて。」

「わかったアスラ。焦らなくていいよ。」


 ふぅと息を吐いたステラはコップの水をゴクリと飲むと話題を変えた。


「来月の初めに学校の剣技大会があるって知ってた?」

「剣技大会?」

「そう。毎年ね、夏の剣技大会と秋には魔法大会があるんだって。外からも大勢の人が観戦に来るんだって。私、それに出ようと思ってる。」

「応援するよ。ステラなら優勝できると思う。」

「ありがとう。優勝はわからないけど、本気でやるつもり。」


 ステラはいつもの表情に戻って強気に答えた。僕は剣技ならステラが誰にも負けるわけがないと信じて疑ってない。


「それじゃそろそろ時間だから寮に戻るね。」

「僕もそうするよ。また明日ね。」

「アスラ……よく寝れるといいね。」

「うん。ありがとう、ステラ。」


 寮の部屋に戻るとレオとタイムが何かのチラシを見ていた。レオが僕にそのチラシを渡して言う。


「俺さ、剣技大会に出ることに決めたぜ。」

「ああ、ステラも出るって言ってたよ。」

「やっぱりそうか。あああ、俺、授業でステラに勝てたことねーんだよなあ。」

「そりゃまあね。」

「……お前、双子だろ? 何かステラの弱点を知らねーかな?」

「ステラに弱点なんか無いよ。」

「即答したな。マジかよ……。」


 僕もレオから受け取った剣技大会のチラシを読んでみた。剣技大会の出場資格はこの学校の生徒というだけで、学年や学科に制限はないようだ。ということは魔法使い学科の僕だって参加しようと思えばできるはずだが、ステラが出るとわかっている大会に僕が出場する意味はない。優勝者は記念パーティに出席できるらしい。


「アスラも出るの? ステラと一緒に剣術をやってたんでしょ?」


 タイムが僕に聞いた。


「いや、僕は全然ステラには適わないから出るつもりはないよ。」

「……そうか。それなら、俺の特訓に付き合ってくれないか? アスラはステラと同じ剣を使うってことだろ?」


 レオが閃いたという風に僕に提案した。


「つまり、僕がステラの代わりってこと?」


 なるほどね。ステラと同じく我が家の『ガラストラスの剣』を使う僕が特訓の相手になれば、それがレオにとってはステラ対策になるということか。レオは真剣にステラに勝ちたいと思っているようだ。それなら友達の頼みを僕が断る理由はない。


「わかったよ、レオ。時間を作って特訓しよう。」

「よし、そうこなくっちゃ! ありがとな、アスラ!」


 こうして僕とレオの特訓は始まったのだった。

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