はぐれる二人
僕が声がした方を振り向いてもファーの姿はなかった。ファーは僕に声をかけたのではなかったのだ。
「何って、魔物退治だよ! ほら、スパイダーがいたから魔法の的にしてるだけだ。」
「魔物は人を襲う恐ろしいものって習わなかった? 危ないから見つけても近づいたらダメって!」
「こんなのに何ができるっていうんだ。今は魔法の杖を持ってるんだから平気だぜ。」
横道を少し戻るとファーがクラスメートの男子と言い争いをしていた。確かあの男子はダンク・サイドパークだ。クラスの中でも自分は東の国イーストラの有名な家の出身だと自慢していた。
「とにかくやめて。」
「うるさいな、学級委員長だからって調子に乗るなよ。家無しのくせに。」
ダンクはそう言うと魔法の杖をファーに向ける。あんなの剣先を人に向けるようなものだ。危ない。僕はファーを庇おうと二人の間に割って入った。
「ちょっと待って。二人とも落ち着いて。」
「ちっ、竜議員の息子かよ。お前は関係ないだろ!」
「そうよ。スパイダーがすぐ近くにいる。危ないから広場に戻っていて。」
「危ないのはファーもダンクも同じだよ。みんなで広場に戻ろう。まずはダンク、その杖を降ろしてくれる?」
僕はファーを背に隠してダンクから目を離さずに言った。僕は敵意が無いことを見せようと杖を構えているように見られないように地面に向けて杖を持っている。ダンクは僕らの様子が気に入らないのかまた
「ちっ。」
と舌打ちをした後、僕らに向けていた杖を降ろした。
と思った瞬間、ダンクは再び杖を持ちあげて、木の上にいる八本足を広げた虫のような魔物スパイダーに狙いを定めて炎の魔法を打ち込んだ。
「何するんだ!」
僕は思わず声を上げた。ダンクの魔法はスパイダーに避けられて当たらない。
「ははは、お前らはさっさと戻れ!」
ダンクが二撃、三撃とスパイダーに魔法を連発する。
「ファー、ダメだあれは。僕らは戻って先生に言おう。」
「……そうね。」
僕とファーが広場へ戻ろうとダンクとスパイダーに背を向けた瞬間、バンと言う音と
「あ、やべ!」
と後ろでダンクの声がして、僕とファーが何かに吹き飛ばされた。
「キャー!!」
「何!?」
僕とファーが何かに押されて、道の横の草木の中に落ちそうになる。僕は慌てて木の幹に捕まる。足元が急な斜面になっていてその下は崖のように見える。ファーは持っていた大きめな杖が木々の間に引っかかり、それに捕まっていたので落ちていない。
「おい、お前ら、はやく逃げろ!」
ダンクの叫び声が聞こえる。
そちらを見ると、スパイダーがダンクではなく僕らの方に向かってきていて、まさに口を開けて何かをしようとしているところだった。
バン!
大きな音がして、それがスパイダーの口から発せられた衝撃波だとわかった時には僕とファーは空中に投げ出されていた。
ちょっとの浮遊感の後、すぐにガササと枯れ葉の上を滑るように落ちていく感じになった。腐葉土なのか割と地面は柔らかいみたいで、結構な高さを落ちたと思ったが大きな怪我はないようだ。いや、脇に痛みがあった。木の幹にぶつけたのだろう。昔、母の剣を受け損なって脇腹をやられた時と同じような痛みだから、もしかしたら肋骨が折れているかもしれない。
「ファー。大丈夫? 怪我はない?」
「……うん、私は大丈夫。あなたは?」
「僕はちょっと脇が痛い。」
ファーの魔法の杖は折れてしまっていて、全身枯れ葉まみれになっていたけれど、ファーは怪我がなく大丈夫そうだった。良かった。
「私たち、動かないで助けが来るのを待ってた方がいいかもね。」
「ダンクが先生を呼びに行ってくれるよね?」
「……どうかしら……。」
「……まあ、待つしかないか。」
でもしばらく待っていても誰かが来てくれる気配はなかった。僕は膝を抱えて黙って座っているファーとの沈黙に耐えきれなくて、ファーに話しかけた。
「あのスパイダーは何でこんなところにいたんだろう?」
「スパイダーは風に運ばれて飛んでくるの。珍しいけどあり得ないことではないわ。」
「スパイダーのバンって衝撃波は意外だったよね。なんかうまく言えないけど、漠然と糸を出すのかと思った。」
「糸を出すスパイダー種の魔物もいるわよ。」
「なんで僕らが狙われたんだろう?」
「……背を向けてしまったのがいけなかったのかも。」
ファーが後悔するように言った。僕は慌てて話題を変えた。
「ファーすごいね。なんでも知ってるね。」
「……私には勉強しかないから。」
「え?」
「私はあなたたちみたいに恵まれていない。一番で居続けなければ学校にいられなくなるのに……。」
「それってどういう……?」
いつの間にか日が高くなっている。もうとっくに午前の授業は終わってお昼を回っているのだろう。午後の授業が始まってしまう。
僕はファーの目が赤くなっていることに気付いた。服の袖を掴んでいるファーの手が震えている。ファー、泣いてる?
「ファー! 上がろう、ここを!」
泣いてるファーを見て僕は覚悟が決まった。僕がファーをここから助け出さなきゃ! ファーは絶対に成績を落とせないと思っている。だから、ファーは授業に出なきゃいけないんだ!
「どうやって?」
ファーが僕に聞いた。僕の杖はたぶん道の上に落としてしまっている。ファーの杖は折れてしまった。自分の力では崖を上がることはできない。
いや、僕には魔法がある!
「ファー見てて。僕は騎士の家に生まれて、でも落ちこぼれだった。僕に騎士の才能はなかったんだ。それで自暴自棄になっていた時もあった。でもね、魔法学校に来て、魔法の才能があるって校長先生が言ってくれた。もしかしたら普通とはちょっと違うかもしれないけど、これが僕の魔法だよ。」
僕はイメージをする。空に浮かぶ魔法。崖の上まで行ける魔法。今度は僕は目を瞑らなかった。僕の体の中から手が出てくる感覚があって、手が空中に魔法陣を描く。そうだ、これが僕のスキル『神の手レベル1』の効果なんだ。僕のイメージが魔法陣を作るんだ!
「これって……。」
ファーは僕が作り上げた魔法陣を見て驚いているようだ。僕は空に浮かぶ魔法を僕自身にかけた。魔法で飛べるようになった僕はファーを抱えあげて浮かび上がる。
「ファー、僕に捕まっていて。」
「……うん。」
僕はファーを崖の上まで運んだ。崖の上ではスパイダーもダンクもいなくなっていた。僕は落ちていた僕の魔法の杖を拾ってファーに持たせた。
「ファーは急いで授業に行って。僕が先生のところに話しに行くよ。」
「でも……。」
「午後は共通授業だから僕は大丈夫。それに脇の怪我も見てもらいに行きたいから。」
「わかったわ。……ありがとう。」
「うん。また後でね、ファー。」
僕は脇腹を押さえながら、走って教室に戻るファーの後ろ姿を見送った。
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