実子と養子

 ある街で金持と、彼の経営する工場で働く従業員の元に男の子が産まれる。

 不幸な事に両人の妻は出産直後に亡くなってしまった。

 妻を亡くした哀しみのあまりその従業員は忌引明けに重機械を誤操作してしまい下敷きになる。即死だった。まだ名前も付けられていない従業員の子は父親の死により天涯孤独となる。

 金持は部下の子の引き取り手が居ない事を知り、お互い子と引き換えに妻を亡くした者として、亡くなった従業員の子を哀れに思い引き取った。金持は実子を甲一、養子を乙二と名付けて育て始めた。


 甲一と乙二の二人は金持の庇護の元すくすくと育った。生まれた日が同じ男児二人、仲良く成長していった。成績は五十歩百歩、風貌も性格も似たりよったりで進路も同じだった。

 二人は同じ夢を見た。それは父親が携わっているのとは別の業界での成功であり、大学を出たら起業しようと決め、切磋琢磨して勉学に一層励むのだった。


 しかしここで兄弟は経営戦略を異にする。それは平行線でお互い一歩も譲る事無く、何度も舌戦を展開したがどうしても解りあえず、互いを不倶戴天の敵として袂を分かつ程であった。

 大学を卒業する前年、兄弟は父に自分達の進路を告げる。出資を募る為である。

 それまで二人を分け隔てなく育てていた金持の父親はここで対応を変えた。息子達に向かって曰く。

「お前達の夢は解った。若い内に挑戦すると良い。甲一は我が実子だから卒業したら一億円出資しよう。乙二は養子だから出資しない。大学を出たら好きにしろ」


 こうして親から多額の出資を受けた実子の甲一は残りの学生生活を優雅に過ごす。

 一銭も援助を受けられなかった養子の乙二はバイトを掛け持ちし必死になって開業資金を稼ぎつつ単位ぎりぎりで何とか卒業に漕ぎ着けた。汗水垂らして掻き集めた開業資金は百万円になった。


 兄弟は大学を卒業後、直ちに開業した。甲一は親から貰った一億円でそれなりの会社を興し、乙二は汗水垂らして稼いだ百万円を元手にして小さい事務所を構えた。

 同じ業界で一年間経営し決算を向かえた時、甲一は出資金一億円が二億円になっていた。対して乙二は元手の百万円を一千万円に増やしていた。

 二人の息子の成績を聞いて父親の金持が嘆息しながら漏らした。

「私は経営者なのに自分の息子の才覚も見抜けなかった。乙二に一億円出資していれば今頃十億円に増やしていただろうに」


 このように与えられた物が少ない者は大きな伸びしろがあるので、多くを与えられた者を妬んではいけないのだ。

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