第38話 ライラとルアナ

「いってらっしゃ~~~~い!!!」 


 夜明け前、オディゴに乗って宿を出ていく黒騎士様をその姿が見えなくなるまでお見送りする。時折、こちらを振り返っては手を振って、それから宿に戻るようにとジェスチャーをしてくださるのを見て、ああ、やっぱり良い人なんだなって実感してしまいます。


 我が主の姿が見えなくなったなら、戻ってこられるまでの間に何かしらお役に立てるようなコトやモノを探しに行かなければなりません。


 宿の部屋から荷馬車に故郷から持ってきた羽ペンやインク入れ、バッグに財布等の商品や、ここに来るまでの道中で倒したギガスアントやゴブリンの魔石を積み込んで、店員さんから道を聞いてさあ出発、といったところで。


「おや? ずいぶんとお早いですね?」


 目の前に、騎士甲冑を着込んだ大柄の女性―ここの領主の娘でもあるルアナ様が表れて、唐突に話しかけられました。


「あれ? えっと……どうして、ここに?」


 正直、朝一番に領主さまの娘さんだなんて雲の上の存在の方から話しかけられっていうのはビックリを通り越して恐怖に近い感情が湧きたってきちゃいます。


「ええ、今日一日、貴女の護衛を務めさせていただこうかと思いまして」


「ご‥‥‥護衛だなんて、そ、そんな」


「ですが黒騎士様がご不在の間、もしも貴女の身に何かがあれば、我々は黒騎士様に顔向けが出来ません」


「で、でも……」


「もしも拒否されたとしても、今日一日ずっと後を尾いて回りますよ? その方がそちらとしてはやり辛いのでは?」


「う゛っ……」


 確かにそれはすごくやりつらい、というかはっきり言って仕事になりません。ご領主さまの娘から常に監視されてるってことは商売人としては不信感特盛の怪しい相手に成ってしまいます。


 それなら、まだ隣にいてもらった方がまだマシなんじゃ……んいや、ちょっと待って、もしかしてこの状況って……?


「あの!!」


 考えすぎなのかもしれませんけど、とりあえず思いついてしまったのならぶつけてみるしかありません。


「一応、確認のために言っておきますけど……ぼくを人質に取ったとしても黒騎士様じはそちらの言うことを聞かないと思いますよ?」


 むしろあの御方のことだから思いっきり反発して、大暴れしてしまうだろう。


「ふむ……」


 ぼくの言葉にルアナ様は少し考えたような様子で。


「こちらとしてはそれを心配しているからこそ、こうして私が護衛に来たわけなのですが……」


「えっと……」


 つまり、どういうことなんでしょうか?


「黒騎士様の勇名はこの領では知る人ぞ知る、と言ったところですが、我が家と敵対している連中の耳にも届いていることでしょう。ですから、我々としてはそう言った連中が貴女を狙わないようにこうして私が来たのです」


 察してくれたのか丁寧に説明してくださいました。


「でもそれって、相手にとってはカモがネギ背負っているようなものなのでは?」


 敵からしたら人質になりそうなのが二人そろっているってことじゃないですか。


「理由は三つ。一つ目はこれでも私、黒騎士様ほどではないですが腕は立ちます。この街の中でなら最悪、応援が来るまでは持ちこたえられます」


「勝てる、とは言い切らないんですね……あっ」


 指を一つ立てて説明するルアナ様に思わず茶々を入れてしまいました!


「ええ、自分の実力はよく理解していますから」


 それでもルアナ様は怒ることなく、でもどこか悲しそうな顔で笑っていました。


「二つ目は、私ならこの街の地理をほぼ完全に把握しています。余程のことがあっても人目についたり、衛兵の詰め所があるところまで逃げるくらいのことは出来ますし、危ないところに近づくこともありません」


 ああ、確かにその通りかもしれません。もしも悪意ある人に誘拐しやすい道なんかを教えられでもしたら、ぼくだけでは気づくことも逃げることも出来ません。


「最後に、私と一緒にいるということで、街の人は貴女の顔を印象深く覚えるでしょう。もし、今後、万が一のことがあったとしても、貴女の顔を覚えている人が一人でも多くいれば助け出せる確率はぐんっと上がります」


「はぁ~~~!! なるほど!!」


 思わずポンと手を打ちました。


 こういう考え方は行商人だったぼくにはない考え方でした。たしかにこの街の人からしたら見知らぬ旅人がやって来て、攫われたとしても現場を見ていなければ、きっと気づくどころか印象にも残らないでしょう。


「納得いただけましたか?」


「はい!! とっても!!」


 一つ頷いてから、ぼくはそのまま御者台に乗りました。


「では、私もご一緒しても?」


 そう言って、ルアナ様は御者台の横へとやってこられて。


「えっと……狭いですよ?」


 その意図を察していったのですが、ルアナ様は柔らかくはにかんで。


「実を言うと、御者台に座ってみるのって少し憧れていたんです」


 普通の女の子の様ににこやかに笑っておられました。

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