第26話 グレンデル戦2

 今度はグレンデルが俺の方へと跳びかかってきた。今までとは違い、二刀流の利点を最大限に引き出しながら攻撃をしてくる。左右の刃で斜めに挟み込むような切り上げと振り下ろしの一撃を盾の縁で受けたと思えば、今度は手首の返しだけで左手の刃を盾の裏へと滑り込ませてくる。


 それを身体を捻ってよけようとしたところで、逆手の刃が俺を待ち受けていた。それを、腿の一番装甲が厚い部分で流し受けて、伸び切った左手首を盾で打撃する。


 わずかに引く手が遅くなったところを剣で追撃、堅い甲殻がひび割れる感触が手のひらに伝い、しかし肉に届かず弾かれた。


 グレンデルの目はまだまだ余裕そうだ。これくらいの一撃だと少し痛いくらいの感覚なのだろうか。


 ならばと俺はそのまま一歩踏み出して盾を思いっきり叩きつけにいった。身体の中心を確実に捉えたその一撃は届かなかった。


 グレンデルが今までとは違う俊敏な動きで一気にバックステップして、距離を取ったのだ。


 その瞬間、ふわりと、グレンデルが舞うように回るのが見えた。


 慌ててこっちも後ろに飛び退くと、目の前をぶっとい尾の先端が掠めていく。


 そしてそのまま、回転の勢いを飛び込みの溜めとして、グレンデルが再度こちらに突進してくる。


 肩口からの体当たりだ。


 ならばとこちらは盾を構えた。衝突する直前にやや前に押し出していた盾の位置を少し後ろに、最も俺が力を加えやすいところに動かして、向こうが思っていた打点よりもずらしてやる。


 グレンデルの踏み込みが衝突地点よりやや後ろだったせいで、俺の盾にぶち当たった時の衝撃は幾分か軽くなる。その上、そのたった数センチのその差が、力比べにおいて大いなる格差を生み出す。


 俺は盾の裏から左肩で押すように力を込めてグレンデルに斜め方向に力を加えてわずかにたたらを踏ませると、左手の位置がバランスをとるために上がり、そこを狙って剣を走らせた。


 しかし、グレンデルも俺の狙いを見透かしていたのか、手の甲の鱗が厚い部分をっ使って防がれた。


 ちっ、と舌打ちをしたい気分のところだったが、すぐに気持ちを切り替える。何せ、ちらりと目の端で、グレンデルの右腕が動いているのに気が付いたからだ。


 俺は盾の位置をずらして、グレンデルの右肩を抑え込むようにすると、脇腹のスレスレのところでグレンデルの刃先が止った。


 今度はお返しとばかりに俺が剣をグレンデルの右脇の下目掛けて突き込むも、左手に持った刃で防ぎられる。


 つかの間の膠着。俺の盾はグレンデルの右腕を、剣はグレンデルの刃を、それぞれ抑えたというならばそれは間違いだ。グレンデルには大きな口が残っている。このまま両腕が使えない状態のままなら、グレンデルに喰い破られてお陀仏だろう。


 だが、俺はこの膠着状態を打ち破るのはグレンデルが噛みつきに来た時しかないとも思っている。うかつに動けば、カウンターを合わせられる可能性もあるのだ。ここは気持ちを落ち着けて、機会を待たなくてはいけない。


 そのためには力比べで押し負けるわけにはいかない。体勢の有利を活かして体格に優れるグレンデルとなんとか互角の戦いを維持していたその時、ガパッと大きくグレンデルの口が開いた。


 その瞬間、グレンデルの両腕からわずかに力が抜けた。


「オオオォォォ!! ラアアアァ!!!」


 逆に俺はありったけの力を込めてグレンデルを押し込んで反動を使って大きく後ろに跳んで距離を離した。


 虚しく虚空で噛み合わされる歯の音が響き、俺は一つ大きく息を吐いた。


「アッぶな……ホント、予想が当たってよかった」


 膠着状態になった瞬間、自分が不利な状況だと悟った俺の脳裏にはある逆転の可能性が閃いていた。それはグレンデルが口を開けた瞬間に力が抜けるんじゃないか、というそんな希望的な観測だ。


 人間、力を出すときには腹とそして顎に力が入る。それと同じようにグレンデルも全身に力を籠めるには顎を噛みしめていないといけないんじゃないか、とそう思ったのだ。


 そして、見事予感は的中。俺は辛くも危機を脱出できたわけだが。


「現状は何も変わってないってのがなぁ」


 期待を込めてヴィゴの方を見たが、ちょこちょことグレンデルが召喚し続けるボレアダイルの対処に追われている。


 ちょくちょくと、ヴィゴがこっちを手伝おうと矢を向けてはくれるのだが、そのたびにグレンデルがボレアダイルを呼び出してその手を止めさせているのだ。


「ってことは、こっちはこっちで何とかしますか、ね!!」


 ちょうどヴィゴに向けてボレアダイルを呼び出しているその隙を狙って、一挙に突撃した。


 召喚の際のわずかな硬直。そこをついての急所狙いの突き込みは、寸でのところで刃の柄部分で逸らされた。


 同時、手首を返してこちらの剣を持つ右手に攻撃を仕掛けてこられ、その直後、わずかな時間差を持って反対の刃がこちらの盾を持つ左腕目掛けて横薙ぎにふるわれた。とにかく速さ重視で突っ込んだこちらの崩れを突かれた形だ。


 だが、こちらもそれを黙って受け入れるわけにはいかない。グレンデルがやったように俺は剣の柄尻で刃を受け流し、左の刃は肘を曲げることで出来る甲冑の遊び部分をぶつけることで威力を減らした。


 おかげで痛むのは痛むが盾を落としたり、もう持てないほどの怪我をすることはなかった。それでもジンジンと痺れるものがある。


 グレンデルは、というと会心の一撃を見舞うつもりだったつもりが外れたのだろう。目にわずかな動揺が見えた。


 その隙を見逃さなかった。


 俺は剣の柄尻でグレンデルの左手首を狙ってもう一度打突を食らわせる。ひび割れた甲殻が完全に砕け散りその下にある皮膚が露出した。


 そのまま、身体ごと右腕を後ろに振り抜くようにして剣を引くことで、グレンデルの左手首を半ばまで断ち切った。


 グレンデルが刃を落とし、怒り狂ったように右手の刃をこちらに突き立てようとしてくる。


 俺はそれを盾で受け止めて、グレンデルが落とした刃を遠くに蹴り飛ばそうと足を伸ばす。


 そこに、グレンデルの影から湧き出たボレアダイルの口が待っていた。


「んな!?」


 このままだと蹴り込んだ足が口の中に入って食いちぎられる。


 そこに、一挙に三本の矢が突き立った。一本が下あごを地面に縫い付け、もう一本が目玉から脳髄を破壊し、もう一本が刃を遠くに弾き飛ばした。


 それでもボレアダイルの頭はまだ動いていた。


 俺は咄嗟に上顎に目標を切り替えて蹴り上げることで無理矢理脱出する。


 が、そのせいでグレンデルの力任せの左拳が俺の脇腹を捉えた。


「ごっ、は!!?」


 巨体に見合うパワーで思いっきり吹っ飛ばされてしまう。無様に背中から落ちることは何とか回避、盾から地面に落下して一回転して衝撃を殺した上で、立ち上がった。


「フシュルゥゥゥ」


 ぶしゅ、ぶしゅ、っと左手首から血を噴出しながらグレアダイルがコチラを睨んでいる。半分断ち切れた状態で全力で金属鎧を殴ったせいで、腕の骨が露出して、アレではもう剣は握れないだろう。


 そんなことを思っていたところで。


 ぐしゃり、と肉と骨を噛み潰す嫌な音が響いた。


 グレンデルが己の左手首から先を食い千切ったのだ。しかもそのまま咀嚼している。


「自分の手まで食うのかよ」


 正直、ドン引きしていた。


「ゴ、オァ、ゴッアオオオオオォォォ!!!」


 そんなこっちのことなぞお構いなしに、グレンデルが叫んだ。その影からは今までとは比べ物にならないほどの数のボレアダイルの群れがあふれ出てくる。


「ウッソだろ!?」


 思わず、俺も叫んでいた。追い詰められたからって援軍を大量に呼ぶとか卑怯すぎる。下手すると、ボレアダイルの相手をしているうちに逃げられてしまう可能性だってある。正直、最悪の状況だ。俺一人ではどうにも出来ない。


「そうくると思っていた!!」


 だが、そんな状況を読んでいたとヴィゴの声が響くのを聞いて、俺は咄嗟に兜を脱いだ。


「万雷よ!! 突きたち!! 燃えよ!! 我が眼前の敵!! 悉く撃ち滅ぼせ!!!」



 直後、世界が白く塗りつぶされた。

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