第24話 ボレアダイル戦2

 俺はボレアダイルの群れのど真ん中を目指して駆け上がった。道中の一頭の頭を踏んづけて跳び、着地点にいた一頭の頭蓋を割ってから、派手に背中を裂いた。血があたりに舞い散り、肉の匂いが漂う。次いで、近くにいた一頭の脇腹に剣を突きたてて捻り抜き、太い尻尾を斬り落とし、背後から噛みつこうとしてきたやつの頭を刎ね飛ばす。


 ちらりと後方を見れば、エルフの男が今までは使っていなかった先端に宝石を戴いた短杖を構えて魔法を放つ準備をしている。


 ならば今少しの間は戦い続けなければならないだろう。俺はもう一度近くにいた奴の頭を踏んでその背に乗ると、まずはソイツの両前脚の付け根を斬り付けた。もう一度跳んで背に乗ると同時に心臓付近に剣を突きたてて引き抜き、そしてまた跳んで今度は右側の足を前と後ろ両方切って、さらに跳んで地面に着地すると同時に目の前にいた奴を真上から両断してやる。


「いくぞ!!」


 エルフの男が大声で叫んだのを合図に俺は走って助走をつけてから距離を稼ぐために大きくねた。


「雷霆よ!! 轟き、奔り、閃きの間に全てを撃ち滅ぼせ!!!」


 瞬間、視界が真っ白になり途轍もない轟音が響いた。


 こういうときにフルプレートアーマーと言うのは最っ悪に相性が悪い。金属に音が反響し、ついでに振動まで中身に伝えてくれるのだから実に最低だ。鎧の下に着込んでいるモコモコとしたギャンベゾンである程度は収まってはくれるが、それでもこれだけの大音量だとそれだけで頭の中にダメージがくる。


 くらくらとしそうになるのを必死で耐えて、頭をふり、なんとか正気を保ちながら見上げると、そこには焼け焦げたボレアダイルの死体が無数に転がっていた。


「すっご……」


 それ以外の感想が出てこなかった。俺が剣を使って戦ったとして、一振りで一頭を仕留められるかどうかというボレアダイルを、魔法だとこうもたやすくまとめて倒せるのかと驚くことしか出来なかった。


「ひっさしぶりに、これだけの規模で、魔法を使う、となると、さすがに、疲れるもんだな」


 エルフの男は、ずいぶんと疲弊した様子で座り込んでいた。


「いや、本当にお疲れさん。おかげで助かったよ」


「なに、構わんよ。準備を怠って、補助具や触媒なんかを用意していなかった私が悪い」


 そこに手を差し出してやると、エルフの男が俺の手を掴んだので引きあげて立ち上がるのを手伝っておく。


「私はアナトレー氏族、大音だいおんのヴィゴだ。よろしく黒騎士殿」


 ヴィゴと名乗ったエルフの男が杖を腰に差して、もう一度弓を手に取った。


「ああ、よろしく。ちょっと遅すぎた様な気もするが」


「違いない。ここまで共闘した後で言うセリフではなかったな」


 フッと笑ったその顔は流石にエルフと言うべきか、とても整った顔をしている。


「ところで、俺が黒騎士だっていうのは誰かから聞いていたのか?」


「いや、特に聞いてはないが……。そこまで目立つ格好をしていて有力貴族と縁があってここに来ているやつなんてそうそうおらんからな」


 ごもっともです。としか言いようが無かった。


「じゃあ、そっちもどこかの貴族に頼まれて?」


「いや、私の場合は賭けの負け分でこの仕事を押し付けられただけだ」


 その言葉に、俺はもしやと思って聞いてみた。


「ってことは、補助具や触媒を用意してなかったていうのは」


「ああ、賭けの為に売り払った」


 わかった。このエルフ、完全にダメ男だ。


「まあ、そういったもん無しでも十分に戦えると思っていたんだが……。思惑が外れた」


「確かに、ここまで数が多いとは俺も思ってなかった」


「ああ、本命が来る前にこれだ。賭けの負け分を清算しただけでは足りんな、これは」


 そう言って、ヴィゴが湖の方へと目を向けた。


 俺もその言葉に警戒を強めて、ヴィゴの前に立って剣を構えた。


 ずんずんと、地響きが徐々に強くなりながら近づいて来て、それと同時に嫌なにおいがあたりに立ち込める。たとえるなら生乾きの雑巾のような匂いだ。


「腐った水の匂いだな……さきほどのボレアダイルといい、嫌な予感がする」


 ヴィゴはこの不快な臭いとボレアダイルから何かに気づいたように眉間にしわを寄せている。


「なんだ? なにか心当たりがあるのか?」


「ああ、一つだけな。厄介なやつを思い出した」


「それは?」


「もう見えるぞ」


 言葉と同時、木々の影からその正体が現れた。


 それはパッと見、人型をしていた。印象的に一番近しいのは蜥蜴人リザードマンだろうか? だが、彼らにも似ているとは言えない。


 硬く刺々しい鱗に覆われたぶ厚い体に、バランスが取れないほど大きな頭、馬鹿でかい口に、太い尻尾。両手には牛刀を大きくしたような刃物をそれぞれ持っている。


 先ほどのボレアダイルを中途半端に人型に進化させていったらこうなったというと一番わかりやすいような感じだ。


「グレンデル。沼地に住む巨人の一種だ」


「巨人にしちゃ、小さめじゃないか?」


 そう、どうみても目の前のグレンデルは身長四メートルくらい。巨人種はどれもこれも十メートル近い大きさだというのだから、あれくらいだと小さいほうだろう。


「まだ子供なんだろう」


 あっさりとヴィゴが言い切った。


「あの大きさで子供か……」


 まったくもって嫌になる。あれだけ大きくてその上強そうだというのに、あれで子供だって言うのか。


「ゴォオオォ!!!」


 こちらに気が付いたグレンデルが吠える。すると、グレンデルの影からのっそりと、何かが這い出てくる。


「またボレアダイル……」


 かなり大きめのボレアダイルだ。体長は優に十メートルはあるだろうか。そんな大物がグレンデルの影から一頭のっそりと這い出てきて、こちらを睨みつけている。


「ボレアダイルはグレンデルの眷属で使い魔だとされている。召喚門がなくてもよびだせるということなんだろう」


 心底面倒くさそうな声でヴィゴが言う。


「私がボレアダイルを抑えよう。黒騎士殿は」


「なるべく早く、グレンデルを仕留めるよ」


「頼もしいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る