第2話 裏切りの代償

 王立学園正門前での決闘騒ぎはやや時間がかかったものの俺が五人全員を軽いケガだけで叩きのめして終了となった。


 この騒動は“最年少騎士の裏切り事件”として生徒らの手によって王国中に親元への手紙だなんだで広がってしまい。大注目を集める一大事になってしまった。


 だが、このおかげで公爵令嬢への弾劾未遂問題は有耶無耶のままになっているようで、どうやら王国内での内乱騒ぎについては心配する必要がなさそうな気配だ。


 俺はというと、王族と貴族の子弟をボッコボコにし、聖女を公然と侮辱した、として謹慎処分を喰らっていた。


「はぁ~~~~~っ、やっちゃった……」


 もう、それしか言いようがない。


「……家族にも累が及ぶかなぁ」


 それだけはなんとしても避けたいところだ。


 俺ことディルク・レーヴェはしがない男爵家の次男坊としてこの世に生を受けた。


 小さい頃のこと、というか五歳くらいまでのことは覚えていない。が、五歳の誕生日以降のことは覚えている。


 あの日、俺は唐突に令和の日本に生きていた男の記憶を朧気おぼろげに思い出したのだ。といっても当時の自分の名前だとか、死ぬ瞬間のことだとか、転生するまでの間のことはさっぱりと思い出せない。


 覚えているのはちょっとした生活習慣や知識や経験、あと、大体自分が三十代くらいの年齢の男だったということくらい。


 思い出した後はとにかく大変だった。こちらの文化や習慣に合わせたり慣れたりするのが難しく、あとは知識チートや技術チートに手を出そうとしてよく失敗し、父や母、兄・姉たちによく怒られたり心配されたりしていた。


 家族は、本当にいい人たちに恵まれていた。兄や姉は少し年が離れていてよく俺と遊んでくれていたし、父や母もよく俺と話をして褒めてくれた。


 父は西の山岳地帯を束ねるシェーンハイム辺境伯の陪臣であり、特に国境沿い山岳地帯から這い出る魔物たちを相手取らなければならない開拓村の統治を任されており、俺も小さなころから稽古をつけてもらっていた。


 が、どうやら俺には戦う才能があったみたいだ。


 たまたま遭遇したゴブリンを狩り、泳ぎにいった水辺に出た決闘蟹ファイトクラブを叩き割り、行軍練習の途中で平原に出たオーガを討ち取った頃には父は俺を「戦神に愛されている」と褒めそやし、兄は社交の場で散々俺の自慢話や武勇伝を語っていた。


 ちなみに母や姉には戦うたびに怪我はないか怖くはなかったかと頻りに聞いては無事を確認し、叱られたり、泣かれたりと酷く心配させてしまった。


 そんな俺がこうして家族と離れ離れになってしまったのは竜を打ち破ったせいだ。


 西のテュポエウス山脈から亜龍ワイバーンが飛来し牧場から牛を掻っ攫っていくのを聞き、ソイツの首を跳ね飛ばしたことから、俺の人生は急転直下に動いていった。


 シェーンハイム辺境伯閣下が家にやって来て、俺は王城に連れられて行き、国王陛下から龍退治の功績を持って騎士号を頂き、そのまま第三王子殿下の護衛として王立学園に入学し、殿下が聖女に出会ってバカ王子に成り下がり、一年が経ち……。


「それで謹慎中ってんだからなんだかなぁ」


 この一年ちょいでどんだけあったんだ、俺の人生。


 というか、この一年間のことを、あまり、思い、出したく、ない。


 前世でみたあざとい系女子の行動そのまんまに愛嬌を振りまく聖女様とそれに簡単に転がされてしまったバカ王子とその取巻きにそれとなく注意し、勝手に聖女と一緒に外出、遠出、はては外泊までするバカどもを追いかけ、寄ってくる刺客や魔物を打倒したその一連の物語は文庫本一冊に値するほどの活躍だっただろう。多分。


「でも、それもすべておわり、か」


 間もなく、自分に沙汰が下るはずだ。牢屋に投獄されてはいないことから死罪になるような事はないだろう。だが、どんな罰が言い渡されるかはわからない。どうかそれが家族に及ばないように、と俺にはそう願うことしかできない。


 すると、こんこん、とノックの音が響いた。


「はいはい」


 扉を開けたところにいたのは完全武装した騎士だ。


「サー・ディルク。直ちに謁見の準備を整え、王城に参内するように。これは勅である」


 言い終えたところで、その騎士はこちらに敬礼をし、


「馬車の用意をしておりますのですぐに着替えを」


先ほどとは違う、柔らかな声で告げてくれた。


 それに俺も答礼を返して、


「心遣いに感謝いたします」


背筋を伸ばして、礼を言い、扉を閉めた。


 慌てて礼装に着替えた俺は胸に騎士勲章を着け、マントを羽織り、急いで馬車に乗せてもらった。


 王城に着けば誰も彼もがこちらに敬礼を送り、道を譲って謁見の間まで通してくれる。きっと彼らは俺の処遇について知っているからこそ、ああして丁寧に対応してくれているのだろう。


 しかし謹慎処分を喰らっていたのだからもっと冷酷な、それこそ陰口叩かれたり適当な扱いをされたりするものだと思っていたのだけれど、思っていたのとは違う。


 何だか予想外の対応に戸惑っていたところで、謁見の間に繋がる大扉が開かれた。


 居並ぶ王国重臣や衛士たちの多くがこちらを何やら悲し気な、同情するような目で見ている前を通り、玉座の前からおおよそ十歩の位置で跪いた。


 その視線を受けながら、俺はようやく理解した。


 ここにくるまで丁寧に扱われたのも、ここに居合わす人たちの表情もつまりは、今回の処分が重いからこそのものなのだ、と。


 俺の人生、終わり、か。


 ガクッと身体全体から力が抜け、余計に首が垂れ下がったところで。


「ガルフォディア国国王エドワードⅢ世陛下の御成である」


 玉座の右に控える宰相閣下の号令が、響き、俺は思わず唾を吞み込んでしまった。ここでどんなに重い沙汰を下されるのか、と戦々恐々としてしまう。


「面をあげよ」


 すっと背筋を上げるようにして顔を上げると、そこには見知った顔によく似たしかし精悍で威厳に満ちた顔つきがあった。


「よもや、このような形で其方そなたとここでまた会うことになろうとは……」


 その重っ苦しい一言が鎖の様に心に巻き付いてさらに気分を沈めてくれる。


「この度、其方は王立学園正門前にて聖女を『あざとい』、『小悪魔』などと罵倒した。これに相違はないか?」


「ありません」


「ならびに其方はその場に置いて、余の子レドリー、ヴァスマイヤー候家のマルセル、イェッセル候家のヴィリー、レプシウス伯家のフリーデル、ブラッカー伯家のルディを打ち据えた。これにも相違ないか」


「ありません」


 淡々と事実のみを述べて確認してくる。ということは最早俺の言い訳だの釈明だのを聞いてくれるわけではなさそうだ。


 本格的に俺の人生、終わった。


「あいわかった。が」


 お? っと思った時には陛下の纏う空気が少しだけ柔らかくなった。


「其方は余のまつりを否定したレドリー等五人が聖女と聖教国を後ろ盾に政変を起こそうとしているのを察知し、これに対処した。これに間違いはないな」


「はっ!!」


 思いっきり声を出して頭を下げた。


「よい、面を挙げよ」


 言われて、再度正面から陛下の顔を拝見すると、そこには笑みがあった。


「此度の件、余や他の者も知りながら若いころにはよくあることと放置しておった。それがこのようなことになるとはだれも考えてはおらなんだ」


「いえ、わたくしが殿下たちをおいさめしなければならないところを……」


「よい、余らもこの一年、其方が手を尽くしていたことは聞き及んでおる」


「は……」


 聞き及んでいる、といってもいったい誰からだろうか? あのバカ王子たちならそんなことをいうわけがないだろうし、学園にいる生徒たちの中には積極的に聖女とバカ達の仲を取り持って利を得ようとしていた奴等だって大勢いたはず……。


「ファルツ公爵家を始め、レドリー達や聖女の動きに苦言を呈しておった者も多く、其方の働きを評価する声をまた余らの下には届いておった……」


 ああ、なるほど。そういうことなら納得がいく。どうやら学園には反聖女派のようなものが出来ていたんだろう。そこの生徒たちが自分の親に手紙なりなんなりで学年の現状を報告して、親から王宮に苦情がいった、と。


 これはもしかして軽い処罰で済むんじゃ……


「届いておっても何もせなんだ結果、其方一人に、泥を被せることになってしまった」


 ん? また風向きが変わったぞ? あれ、やっぱり重罰刑?



「サー・ディルク。沙汰を言い渡す」


 え、待って。心の準備が出来てないんですけど? これ上手くいくんじゃね? ってところから流れ変えられて戻ってないんですけど? あれ、このままじゃヤバいんじゃ……


「其方に授けた騎士勲章をはく奪。並びにレーヴェ男爵家からの廃籍を言い渡す」


 あ、なーんだ。その程度で済んだのか……


「これより、其方は騎士を名乗ること、そしてレーヴェを名乗ることを禁じ、今日より一平民として過ごすように」


「ははっ」


 これくらいならばぜんっぜん大丈夫。最悪、死ぬかも、とか家族にも累が及ぶかもとかで悩んでいたのに比べればこれくらい……。


「今日一日、レーヴェ男爵家と過ごすことを許す。家族と最後の別れを惜しむとよい」


「は……え?」

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