その人の不思議な匂いは、あたしの身体を熱くさせる(ジーナ)

 あっけなく、あたしはやられた。

 なんとしても、ライラだけは守らなくちゃって、思ったんだけど。

 必死にくりだしたあたしの剣は、男を怒らせただけだった。

 男のダガーが閃いたかとおもうと、


 (えっ? なに!?)


 あたしの胴衣がざっくりさけて。

 真っ赤な血が噴き出して、ぼたぼた滴った。

 まず感じたのは、燃えるような熱さ。

 つぎには、それが激烈な痛みになって、身体をつきぬけて。


 斬られた!


 って思うと、膝からすうっと力が抜け、頭の中もからっぽになっていって。


 「ジーナぁーっ!!」


 ライラの叫びが聞こえたような気がしたけど、もう、自分が立っているのか、倒れているのかそれさえもわからなくなって。


 あたりの音もなんにも聞こえなくなって。


 (ああ……あたしは、このまま死んじゃうんだ……)


 目は開いているはずなのに、なにも見えなくて。

 目の前はみな、うす暗い。


 (あたし……死んだら、お母さんたちのところにいくのかな……)


 そう思ったけど、でも、孤児のあたしは、お母さんの顔も知らないから


 (会えても、お母さんだって、わかるのかな……)


 ああ、もう、体がなにも感じなくなった。


 (ラ…イ…ラ…ご…め…ん…あ……た………し………も…………う………)




 あたしの命の天秤バランスが、「死」に向かって、取り返しがつかないところまで傾こうとした時。


「すぐだからね」


 どこからか、そんな声がきこえたような気がした。

 そして、あたしの胸のあたり、暖かいお湯のようななにかが、力強い流れになってそそぎこまれるのを感じた。

 不思議な、身体が熱くなるような匂いが、あたしをつつんでいた。


 ……。

 ………。

 …………。


 そして

 世界の音がもどる。

 光がもどる。

 それまで消えていた、五感がもどる。

 わたしの体が、命がもどってくる。


 「うぅう……」


 口からは呻き声がでた。


 「ジーナ、ジーナ!」


 あたしを呼ぶ、ライラの声がきこえて。

 目の前に、あたしをのぞきこむライラの顔があったのだ。


 「ジーナ、だいじょうぶ?」


 ライラは悲痛な顔をしている。


 「……ライラ?……あたし……どうなったの?」


 あたしが聞くと、ライラは泣き出した。

 視線を落として、斬られた胸を確認する。

 胴衣はさけて、たしかに斬られているのだけれど、下の肌がみえているけど、不思議なことに傷がなかった。

 あんなに吹き出した血も、ほとんど付いていない。

 夢?

 いや、あの痛みはほんとうだった。

 おかしなことに今、痛みはなんにも感じないけど。


 そして気がついた。

 あたしの横に、もう一人。

 知らない人がいることに。

 その人は、やさしそうな目で、じっとあたしをみていた。

 黒い髪。そして、瞳の色も黒くて。

 若い、男の人だった。


 (あっ! 胸!!)


 あたしは、あわてて自分の胸をかくした。顔が熱くなった。



 その人は、ユウと名のった。

 この辺りの人ではなさそう。

 それどころか、この国の人でもないかも。

 まず見た目からおかしい。

 服装がへんだ。

 胴衣が裂けてしまったあたしに、自分の黄色い上着をかしてくれたけど、その服。

 肌ざわりはすごく良くて、でもなんの生地なのかわからない。縫い目が異常に細かくて、まるで貴族が着るような高級な感じがする。

 まさか、ユウさん貴族?

 それに、服の前をあわせるのも、紐でもないし、釦でもない。なにか白い札みたいな小さなものを、ちゃーっと引き上げると、それで服が完全に一つになってしまうんだ。ユウさんは「ふぁすなあ」とか言ってた。なんのことかわからないけど。

 服の胸には、青く文字のような模様のようなものが書いてあるけど、もちろん意味なんてわからない。

 なにかの紋章かな? 

 ひょっとして、魔法使いの呪符?

 そうかもしれない。

 魔法使いだよ、この人は。

 だって、ユウさんは、たった一人で、不思議な魔法をつかって、盗賊たちを全員倒してしまったのだから。

「じゅうりょく」を操作した、って説明してくれたけど、まあ、あたしなんかに魔法の理屈がわかるわけないよね。そうなんだ、って思うだけ。


 ライラは、ユウさんの話をきいたあとでも、


 「こんな魔法きいたことないよ……おかしいよぉ」


 なっとくいかない顔をしていた。

 ライラは自分でも魔法を勉強してるし、頭を使うのが好きみたいだから、なんか難しく考えてるみたいだけどさ。

 これはどう考えて魔法でしょ。それも上級者の。

 ライラが言うには、一発でみんな、ばったり倒れたって。

 すごいよ。

 かっこいいよ。

 その上、死にかかっていたあたしの傷も治してくれたんだ。

 いや、自分で言うのもへんだけど、あれは、ふつうならぜったい死んでたね。

 気が遠くなりながら、死ぬって、こういうことなんだ、って思ったもん。

 それが、傷も残さず直っちゃった。

 これも魔法だよね。

 やっぱり、ユウさんてすごい魔法使いなんじゃないかな。大魔導師?

 ひょっとして、宮廷魔導師かなんかで、お忍びで旅をしているとか?

 でもそれにしては、見た目、若いよね。

 あたしやライラとそんなに違わない感じだし。

 やっぱり宮廷魔導師はないか……。

 とにかく、ユウさんのおかげで命がたすかったのは確かだ。

 なにしろ、命の恩人なんだから。

 好感度高いよ。

 ユウさんハンサムだし。


 それに、あの、不思議な匂い!


 あたしは獣人だから、鼻はすごく良い。

 自慢じゃないけど、匂いだけでいろんなことがわかってしまう。

 例えば、ユウさんがなにか、美味しそうな甘ーい匂いのするものを、今、服のどこかに持っていることだって、分かっちゃう。それがなにかすごく気になるけど、それはそれとして。

 そんなに鼻がよくて、なんであいつらの接近に気づかなかった? 

 すみません。

 薬草集めの報酬でおいしいものを買うことで頭がいっぱいで……。

 そういうところをライラによく叱られるんだよなあ。

 その話じゃなくて。

 ユウさんから、不思議な匂いが出ているんだ。

 ライラにはぜんぜん感じられないみたい。

 あたしが匂いのことをいうたびに、不思議そうな顔をするから。

 ユウさん自身も、自分がそんな匂いを出しているなんて分からないみたい。

 わたしがそのことを言ったら、あせったように自分のにおいをかいでた。

 おかしくって、笑ってしまったけど。

 ひょっとして、この匂い、あたしにしか分からないのかなあ。

 こんなにはっきりした匂いなんだけどなあ。

 ヒトにはわからない匂いなのかもしれない。

 説明が難しいんだけど、すごくはっきりして際立つような匂いで、でもけっして嫌なにおいじゃないの。

 花の季節のジャコウソウの匂いが近い?

 ちがうな。

 やっぱり例えようがないな……。

 あたしはこれまで一度もこんな匂いをかいだことがない。

 そして、その匂いをかいでいると、なんだか頭の芯がぼうっとしてきて、体が熱くなるような、胸がドキドキして、なんかじっとしていられなくなるような、もっとその匂いに近づきたくなるような……。

 気をつけないと、我を忘れそう。

 危ない、危ない……。


 そんなユウさんだから、このままお別れじゃなくて、もっといっしょにいられたらいいなと思っていたら、


 ライラが、緊張した顔で


 「わたしたちの家にきませんか?」


 って誘った。


 ライラ、えらい!

 さすがライラだ。

 ライラがんばった。

 さすがあたしの友だちだ!


 「それがいい!」


 あたしも思わずとびあがったよ。

 ユウさんにあたしたちのホームに来てもらって、もっと話をするんだ!

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