第12話 ここに朗報が発生




 近所のファミリーレストランにおいて、血族的ファミリーではない男たちは、ボックス席に四方腰を降ろし、黙々とモーニングセットを喰らう。

 会話はなかった。一セット五百円、ワンコインのセットを喰らい続ける。五郷だけが、小倉トーストを頼む、他はパンに与える塗りものはバターのみだった。ゆで卵は全員統一の品となる。また、三人はホット珈琲だったが、五郷のみ、珈琲フロートを頼む。ドリンクは何を選んでもセットの値段はかわらず、ならばと、五郷は少しでもカロリーの足しになるだろう、アイスつきのフロートを選んだ。

 これについても、他の三人は何もいわない。がりがりとトーストを齧り、ホッと珈琲で雑に流し込む。

 盛り上げりに欠ける朝食であること、この上ない。心なく喰らう四人は集団逃亡犯の様相すら呈していた。店を歩く子供すら、四人のテーブルのそばで少し、弧を描いて横切る。

 いち早くトーストと卵を食べ終えた五郷が口を開く。

「この四人で食っても値段以上に美味くはならないな」言って、コップを手にとり、フロート用スプーンで浮かぶバニラアイスを優しく押さえつつ、ストローはつかわないで一口飲んだ。「だんだか、おれはもう店に申し訳ない気分になってくるぜ。おいしいモーニングを、台無しにしている集団ってことに」

「よく言うのう」と、矢山が反応した。齧りかけたトーストを口から外す。「君が一番、この店を台無しにする存在だって可能性もあるぞ」

「ま、可能性の話をしててもしかたねえ」

 ぴっと、指で払うこかの如く、五郷が自由に矢山の発言をいなす。

「ほんで、今日はどうすんだよ。かるめ女子、ハッピーへの道は。なにか作戦はあるのか? ないか? ん、ないんだな? そうだな? そうに決まってんだよ、どうせないんだよ、ああ、なにもないに決まってんだよ、おっさんのような人間には、空虚な人生なんだよ」

 フロートを啜りながら愚弄をする。その啜っているフロートの料金は、いずれ矢山が支払うことに他らなず、すなわち、奢りであり、そのこれから奢ってくれる相手に対し、手加減なく発言する。

 ああ、気が狂っているんだなあ。隣で一条がそんなものを見るような目をしていた。

 しかし、言われたい放題にされた矢山だったが「まま、そう慌てなさんな、五郷くん」と、言い、むしろ窘めにかかる。「あるから、今日も大作戦が。ばっちりなのが。あるから、大作戦」

「んなこといったって、もう三日連続負けてるからな、この試合」

 五郷がそういうと、ずっと黙っていた木野目が「試合………」比喩のそこだけ反応した。

「プロリーグだったら、とっくに解雇されてるぞ。なんのプロかは謎だが」

「もっほっほ、わかってるさ、五郷くん。でも、今日はだいじょうぶだから、カタいから。今日は、カタい試合をするから」

「なんだよ、今日はカタいのか? おい、一条さん、いまの聞いたか、ここに朗報が発生したぞ」

 矢山を指差し、わざわざ一条へ報告する。指した五郷の指の先には、矢山が白い歯を見せて浮かべる不気味な笑顔があるだけだった。

「今日はだいじょうぶだから。さっきも言ったように、大作戦があるから」

「なんだろ、わくわくするな、一条さん」

「ぼくは何もしないけど、心が完全停止しているんだ、きっと」

「今日はなんと、かるめはずっと家にいるらしい」

 きかされ、少し時間を経てから「そりゃ、いるだろう」と、五郷がいった。「だって、自分の家だし、いるだろ。つか、おれもいたいよ、自分の家に。いま、この時間、この瞬間、ホントは家にいたくて発狂しそうだなほど」

「ふふ、狂咲くのは、まだここじゃーないよ、五郷くん。あるよ、今日も、いや、今日こそ、君に相応しいステージがある」

 断言を受け、五郷は即座に「無いんだろうな、そのステージ」と、断言をした。「ぜったいに、決して、確実に、ないことがフィックスされているはずだ」

「朝メシを食い終わった出発だぞ、みんな、今日は忙しくなるぞ」

 矢山はかまわず進行してゆく。他者の感想や、印象を取り入れる気配は微塵もない。そして、木野目に関しては、まったく我事だと思っていないらしく、湯気立つホット珈琲の入ったカップを片手に持ち、無表情を窓の外へ向けている

 その視線の先には中年女性によって散歩中のトイプールがいた。路上の植え込みに顏をつっこみ、そこを飼い主にやさしくひっぱられている。

 一条は、そんな木野目の小型犬への眼差しを見ていたが、やがて食事の続きへ戻った。そsれから、また、沈黙の食卓が再開される。安定した沈黙といえた。

「ところで、前から気になってたことがあります」と、一条が口を開いた。「前というより、正確には三日前からずっと気になっていたというか」

「どうしたんです、一条さん。めずらしく自発的な発言を」五郷がコップを手に持って珈琲フロートをふたたびストローなしで飲む。そして、アイスを支える氷をからんと揺らしながら「もしかして、いま、まさに、このタイミングで精神の巣立ちでも迎えましたか」そう訊ねてきた。

「ああ、いや、矢山さんのことだよ」

「おっとっと、なんだいなんだい、私のことかい? おお、いいよぉ。聞きたまえ、なんでも聞きたまえよ、扉はいつだって、ひらっきぱなしなんだよ、私はぁ」

「いますぐ閉めろ、その扉」と、五郷がぶつけるように言う。「閉じて、扉を外から腕利きの職人によって溶接しろ」

 そこまでいっておきながら、堂々と、矢山の驕りのフロートを口に含む。

 一条は、その様子を凝視した後、あらためて矢山へ顏を向けた。

「なら思い切って聞いちゃうんですけど………あの」

 話ながら、なんとなく、一条はもう一度、木野目の様子を見た。まだ、さっきと同じ無表情で窓の外にいる中年女性とトイプードルを見ている。そして口がかすかに「といぷー………」と、動いたことに気づき、顔を矢山へ向け直した。

「矢山さん、って何者なんですか? なんというかー………なぞー………過ぎて。なんか、お金も中途半端にもってるような、もってないような………」

「ああん、あ、私? 私は経営者だよ、会社やってんの、小さい会社だけどね、社長だよ」

「しゃ……ちょう………だったのか?」五郷が衝撃を受けた。それから「無能社長………なのか………」と、確実にいまは不要とも思える愚弄を口からこぼしてゆく。つい、こぼしたのは気持ちの問題であり、その気持ちがくさっている様子だった。

 社長である。それを聞いた一条の方は眉間にシワを寄せた。「え、社長さんなんですか?」五郷とは種類の違う衝撃の受け方をしていた。

「そうだよ、私、社長だよ。まーワケあって社長になったんだがね。いやー、最初は、はじめに入った会社の同僚の五人で独立してはじめた会社でね、私が社長じゃなかったんだけど、他のみんないなくなちゃってさぁ。それで、残った私がやることになったの」

「つまりあれか」五郷がフロートのアイスを食べながら「流れ弾に当たった、みたいなもんか?」と、いった。

「んーむ、何かもっと好い表現にしてくれたまえ、五郷くん」

「もらい事故たいなものか」

「すまなかったよ、五郷くん。君にリテイクを出した私が未熟だったよ。どうせ、その程度しか出てこないとわかっていたくせに、リテイクしてしまった私がわるかったよ。頭が、悪かったよ」

 攻撃性を帯びた反省を述べる。

 その一方で、一条がいつになく前のめりで訊ねてゆく。「あの、差し支えなければ教えてください、いったいなんの会社なんですか?」

 興味を見せてゆく。

「そうだねえ」問われて、矢山は腕を組み、遠くを見る目をした。「遡ること、二十年前になるかなぁ」

「長い話はやめろよ」とたん、手鼻を挫くために五郷が注意する。「過去のあれこれとかの、たっぷりなタイプリップ感はなしで頼むぞ。あんたの陶酔入りの自己満足な語りとか、おれは欲しくねえな。おっさんのファンでもあるめぇし。むしろ、敵側だし」

「おおっと、そうかい?」矢山は残念そうな表情をした。「なんだよ、もっちり語ってやろうとしてたのに。君たちが口からアワ吹くまで」

「で、何の会社なんだ?」

「ひらたくいうとソフトウェア開発をしている」

「おう、そうか」五郷はぞんざいにうなずいてゆく。「よく働けよ、血眼になってでも」

「というわけで、くだんのアプリ《神殿》はうちの会社がつくったの」

 詳しいこと、大胆に端折り、かつ、語尾をまるめることで、何かを誤魔化そうとしている、その意図は明らかだった。

 すると、一条が「で、世界的な大問題に成長してますけどね、そのアプリ」と指摘してゆく。

「まさか、こんなに当たるとは思ってなかったよ、ほぼ儲けないし。ま、その儲けが出ないことにとって、各国の法の目をかいくぐれてるんだけどね」

「儲からんのに、なぜ、そんなものつくった」

 五郷が根幹を問う。

「んー、単純にやってみたかったの。このやり方なら、違法じゃなくいけるって方法をみつけたのもあるし」

「ったく、悪党の始まりってのは、どこもそんな些細な動機だったりするだよ」

 嘆きながら五郷はフロートのアイスをスプーンで崩す。相変わらず、悪党と呼んだ男に奢ってもらう予定のフロートを、存分に味わっていた。

「たしかに、私は悪党かもしれないさ」

「あ、認めた」と、一条。

「《神殿》に、かるめのその日の気分次第でどんな人間に当たるかという仕組みを入れてしまったさ。けど、これも違法じゃないよ、ちゃーんと、隙間を抜けてるから。それもさ、曲芸並みの抜け方だよ、世界各国の法を、しゅんしゅん、抜けて通ってるから」

「そんなこと実現するの、根気入りますよね?」

 一条があきれた表情で問う。彼の珈琲がもっとも量が減っておらず、まだトーストが半分、ゆで卵もまるまる手つかずで残っている。

「うーん、そりゃあもう根気は消費しまくったよぉ、一条くん」

「いえ、その膨大な根気を、奥さんとの関係修復へ投じればいいじゃないですか。そうすれば、ぼくたちも、こうして巻き込まれることなかったし………」

「わー、ははは、それはねえー、一条くーん」矢山は一本取られたとばかりに片手で後頭部を叩き「ははは、いちじょーくん、ったら、もう」と、もう一度名を呼び、間延びすることで雑な誤魔化を入れ、けっきょく、それについての回答はしないで済ませてゆく。

「一条さん、それは言わない約束だぜ」

 そこへ五郷がいった。

「そんな約束した覚えないよ」

「え………そうだっけ?」

「うん」

 はっきりと、一条は大きくうなずく。

 一方、木野目は腕を組み瞼を閉じていた。微塵の呼吸音さえせず、微動だにしない。やがて、それをさして五郷が「見た目、殺し屋が喫茶店で死んでるみたいだな」と、いいて、アイスの残りを口のなかにすべて放り込んだ。

 それでも木野目は目をあけない。動かない。

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