【深まりつつある絆】

 一夜明け、この日は昼から集まり、皆で細かな打ち合わせをしてから、夕方にそれぞれの現場に散っていった。剣は朝から溝口を張って家を出たら連絡すると言ってくれたが、暗くなってからのほうが侵入しやすいのと、剣の体調を考えて夕方以降にしようと決めた。

 皆が出て行ったあと、俺は剣から連絡があるまでアパートで卓三に小型カメラや盗聴器の仕掛け方、場所などについて説明を聞いたりロープや機材の準備をしたりした。

そして、十八時前に剣から「溝口が会社を出て同僚と新宿の街を歩いていると」との連絡が入り、荷物をまとめて家を出た。暗くなり始めるまでには、まだ若干時間があるためJR高円寺駅から阿佐ヶ谷駅で降りて、そこから歩くことに。阿佐ヶ谷のパールセンターを通り青梅街道に出たあたりで剣から再び連絡が入った。

溝口が同僚と居酒屋に入ったとのことで「引き続き見張っててくれ」と告げて電話を切り、俺は早歩きで奴のマンションに向かった。

 溝口が住むマンションは新しめではあったがオートロックではなく、比較的すんなりと屋上まであがることができた。

降りる反対側の手すりにロープを強く張り、そこから奴の部屋のベランダに向けて降下。するとカーテンが風になびいて若干窓の隙間から出ている。ビンゴ。やはり思った通り、窓の鍵は開いていた。俺は靴にビニールを被せて室内に侵入。そして手早くパソコン付近に小型カメラと盗聴器、送信機を仕込んで再びベランダへと出た。

そして、リスクヘッジで受けた講習を思い出して、ロープに手と足をうまく絡ませて再び屋上へと登った。

 マンションを出た俺は、すぐに剣に電話して任務が終了したことを報告し「早めに片付いたから、たまには二人で飯でも食って帰ろう」と誘った。

場所は高円寺周辺ということで電話を切る。

その後、卓三にも電話し「剣と飯食って帰るから、今日も出前でも取って皆で好きな物を食べてくれ」と言った。もちろん、金はあとで俺がちゃんと払うことも伝えて。

 剣との待ち合わせは高円寺駅北口。駅に着くと剣がすでに改札の外で待っていた。俺は遅れたことを謝り、「何でも好きな物をごちそうするから」と言うと剣は屈託のない笑顔で喜んだ。俺たちは駅からちょっと歩いた所にある中華料理屋に入った。

 ビールを頼み、食事も進んで今日の剣の活躍を労っていると、いきなり剣が真剣な表情で言ってきた。

「連くん・・・ありがとね」

 俺の労いのしゃべりと飲み食いが一瞬止まる。

「え?何急に。いやいや違うよ。今は俺が剣くんにお礼をしているのよ?」

「そうなんだけど、連くんは僕のこと・・・わかってくれてるというか・・・そうなんでしょ?」

 俺はすぐに理解した。

「あぁ・・・でもそれは別に、なんつうの俺的には普通の考えだからさ。人間生まれたら誰しもたった一つしかない生命っつうか、その個性を見ろ的なね。あっ、だからと言って無理に一方的に俺に求められても困っちゃうんだけどさ」

「大丈夫。連くんは僕のタイプじゃないから」

「あぁ、そうなんだ・・・」

 剣にそう言われ、不思議と寂しい気持ちになる俺。

『やはり人間は面白い。男女問わずにタイプじゃないと言われると寂しいってことは、元々人間には男女なんていう概念はないのかもしれない。つってもそれは精神的な話で、肉体的にはそれがないと子どもができず子孫は残せないことは重々承知だ。ということは、どういうことだろうか。肉体的には男女の区別があっていいけど、精神的にはなくてもいいってことなのか。なんかそれも違う気がする・・・』

 そんなことを瞬間的に考えていたら、剣が神妙な顔つきになり話だした。

「僕さ一度だけ両想いになったことがあるんだ・・・」

 俺は「うそでしょ?」とか「マジで?」とかではなく、自然にビールを飲みながら「へぇ、そうかぁ」と返事ができたことに本能的に剣を特別な人間だと思っていない証拠だと、ちょっと誇らしかった。

 剣が話を続けた。

「専門学校時代にね、好きな人ができて・・・服飾関係は結構いるから勇気を出して告白したらOKでさ。凄い幸せだったんだ・・・でもね、なんていうか利用されちゃったんだよね」

 俺のビールの手が止まる。

「は?なんで?」

「なんていうか、服飾専門学校って課題を学ぶごとにプレゼンテーションってのがあってさ、自分の作品を発表するんだけど、その子がことごとく僕の作品を先に発表しちゃったんだよね・・・で何度も続くから僕が聞いたら『俺はホモでもないのにお前と付き合って、しかもヤッてやったんだから、これくらいは当たり前だろ!』って言われちゃって・・・」

 俺はビールを一気に飲み干して、追加のビールを頼んだ。

「それで?」

 剣は一瞬戸惑った表情をしたが、俺の勢いに押されてか、話を続けた。

「それで、先生にも言ったんだけど、その時にはもう何度も先に発表されちゃってたから、逆に僕が疑われてね・・・それで居づらくなって学校を辞めたんだ」

「そうか・・・」

 っていうか、この話はこうして剣から聞くだけだと何か軽い感じというか、大したことではないように聞こえるかもしれないが、俺的には重大なことに思えた。

 剣は普通に自分の夢を叶えようと学校に入り、そして自分のコンプレックスを乗り越え勇気を出して告白して付き合った。でも、その好意を利用され自分の作品を盗まれ、しかも逆に自分が疑われて学校を辞め将来を奪われた。その男は努力もせずに剣の好意を利用し、剣の才能を盗み、剣の将来を奪ったのだ。

俺は自分の私利私欲のために、人の将来を奪うようなやつが単純に大っ嫌いだ。

 俺の顔がみるみる怖くなってきたのだろう、剣はちょっとおびえた感じで「どうしたの?大丈夫?」と聞いてきた。

 俺は深呼吸をして、自分の思いを一気にしゃべった。

「いやいや俺はさ、今の話を聞いて普通に腹わたが煮えくり返ったわけさ。だって剣くんは何も悪くないじゃん。ただ夢を実現するために学校入って同級生に恋をして恋愛しただけでしょ?それが何?そんな剣くんの好意を利用して?剣くんの才能を盗んで?結果剣くんは学校を辞めざるをえなくなって最終的には死にたいまで来ちゃったわけでしょ?そんな理不尽なことあっていいわけないよね。そんなことをする権利はさ、この世のどんな人間にもないんだよ。例え総理大臣だろうがさ。俺はそいつを絶対に許さないよ」

「連くん・・・」

 ここでふと疑問に思った。

「あれ?剣くんのターゲットって、学校で嫌がらせをしてきた奴って言っていたけど、もしかして・・・」

「そう。その三崎くん・・・でもなんていうか一度は好きになった人だから・・・憎いっていえば憎いんだけど・・・」

「あぁ、なるほどね・・・で、今その人は何やっているの?」

 俺は聞いてはいけない質問したかと一瞬焦ったが、剣は普通に答えてくれた。

「今は自分のブランドを立ち上げて、頑張ってるみたいだよ」

 俺はそれを聞いて違和感を覚えた。

『自分のブランドを立ち上げられるということはどういうことだろう。才能がない奴だから剣の才能を盗んだのではないのか?だったら今も誰かの才能を盗んでいるのか?でもそんなんで、自分のブランドを立ち上げられるのか?もしや元々自分の才能は持っていたにも関わらず、学校の課題がめんどうくさいというだけで剣の才能を盗んだのか?もしそうなら・・・』

 俺がそんなことを考えていて無言でいると剣が「どうしたの大丈夫?」と再び聞いてきたので、とりあえず俺はその話題は忘れようと思った。

その後、俺たちは適当にしゃべって飲んで食べて、アパートに戻った。

 アパートに帰ると、りんとたかこも任務を終えて帰ってきていて、卓三と三人で談笑していた。俺らの姿を見るや否や、りんがテンション高めで駆け寄る。

「おかえり。っていうか聞いて、私一応っていうか元芸能人だったのに、たかこさんに負けました」

 たかこの顔を覗くと照れくさそうにしている。大体の想像ができたが一応聞いてみた。

「何がどうしてどうなったの?」

 りんは悔しそうにはしているが、何処か嬉しそうに話し始めた。

「今日さ、会社から出てきた田中をどっちかが誘ってホテルの前で写真を撮るって話だったでしょ?予定通りに会社から出てきた田中に、まずは私がいったわけさ。方法はズバリネットで調べた自然な逆ナン方法ナンバーワンの、知り合いじゃないけど知り合いだった作戦でね。したら普通に「いや知りませんから!」の一点張りで普通にスルーされましたよ。っていうか作戦プラス芸能人オーラとモデルのテクニックを全て使いました。歩き方、仕草、振る舞いとかね。誰でも話しやすい空気感でさ。でも普通にスルーでやんの。普通にスルーなの!」

 俺はそろそろ止めないと、りんのただの愚痴だけでいっこうに話が進まないと思ったので、先に進むように促す。

「あっごめんごめん。それでたかこさんが、ハンカチ落としましたか?作戦で挑戦したら、あっけなく引っかかった訳でございますよ」

「おぉ。ブラボー!」

 男連中が声をそろえて言うと、たかこが恥ずかしそうに言った。

「っていうか、たまたまだよ。たまたま・・・」

「いやいや、たまたまであそこまでは行きませんよ!完全に田中はたかこさんがドストライクって感じだったよ。じゃなきゃすぐに食事とか誘わないでしょ!」

「えぇ?うそ?いきなり誘われたの?」

 俺が聞くとたかこが小さく頷いた。そこからりんがまた怒涛のように話し出した。

「それで私は二人を待ちながら張ってましたよ。二人が食事を終えるのをね。コンビニで牛乳とアンパン買って。張り込み刑事かって感じでね・・・っていうか、あんま売れなかったけど一応私も元モデル兼、芸能人ですよ。まぁぶっちゃけ選ばれた人間な訳です。だってそうそうモデル事務所にも受からないし、芸能界にも入れないでしょ?私は入ったんですよ。まぁたいして売れなかったけどね。でも一般ピープルに女としての魅力で負けたらね・・・もう死ぬしかない!今すぐに死のう!」

 俺はすかさず暴走気味のりんを止め、最終的に写真は撮れたのかと聞くとりんが自慢げに写真を見せた。バッチリ写真は撮れている。完全に両想いのカップルといった雰囲気だ。

 俺はその写真を見て普通に疑問に思い、二人に聞いた。

「あのさ、これさ・・・この写真の雰囲気さ、食事の後じゃなくない?」

 二人が顔を見合わせる。そして、たかこが恥ずかしそうに答えた。

「三十分だけホテルに・・・」

 俺はりんの顔を見ると、りんは菩薩のような顔で一つうなずく。

それを見て、写真もばっちりだったし、とりあえずそれ以上は何も聞かないことにした。

その後俺たちの報告も済ませて、いよいよ明日行動を起こすことを皆に確認して解散を促した。

 疲れたせいか、たかこと剣はさっさと先にホテルに帰り、りんが食器などの片づけをしていると卓三が言った。

「連くんちょっと話いいかな?」

りんがそれを聞いて片づけを辞めて黙って帰ろうとすると、卓三がりんにも声をかけた。

「あっ、別にりんさんも居て大丈夫です。私にはもう誰にも何も隠しことはないので・・・」

「そう?」

 りんはそれだけ言うと、また片づけを初めた。俺はそのりんの振る舞いを見て、人への気の使い方も完璧だなと感心した。

 改まって俺の前に正座する卓三を見て何の話なのかと思い、俺も畏まる。

卓三の話の内容は、三人に一泡吹かせる前に一度直接会って確認したいことがあるとのことだった。何を確認したいのか聞くと、自分のことを覚えているのかということと、今自分のことをどう思っているのかだという。

俺は優しい卓三は三人に会うことで同情し、結局また奴らにしてやられると思ったので、断固反対した。

しかし、卓三も折れることなく「どうしてもそれだけはしたい」と半ば土下座のように頭を下げるので、俺は、卓三が会う時には俺も離れた所で撮影させてもらうことを条件に、了承した。

 卓三が納得した様子で部屋から出ていき、りんも片づけを終えて帰ろうとしたが、ふと振り返って聞いてきた。

「あのさ、何で卓三さんが三人に会いたいと言ったとき反対したの?この件は卓三さんの件だから、何も言わずに本人の希望通りにしてあげればよかったと思うんだけど・・・」

「あぁそれは・・・覚えてるかな。山で今回の復讐の件を初めて話し合った時に、卓三さんは最後まで自分が悪いって言って相手を言わなかったじゃん。しかも二人で秋葉に言った時に相手のことを詳しく聞いた時も、やはり自分が悪いと言って復讐を渋ってる感じだったんだよ。それほど卓三さんって優しい性格でさ。全部自分のせいにして自分の悔しさとか憎しみを全部押えこんじゃうんだよね。もちろんそれもこの社会を生きて行くなかでは大事なことだと思うんだけど、でも今回はさ、全部を抑え込んで自ら死ぬまで追い込まれてる訳だからさ。例えば、嫌なことがあった程度で我慢して、どこかでストレス解消できるんだったらいいんだけど。今回は特に理由もなく苛められて、うつ病になって会社を辞めざるを得なくなって、家族を守るために保険かけてさ、自分だけ死ぬとこまで来ちゃってる訳じゃん。しかも、そんなんなっても相手のこと想ってさ。そんな性格な卓三さんが最後に相手に会って何か言われたりしたら、また丸め込まれると思ったんだよ。でも俺が撮影することによって、丸め込まれそうになっても、あとでまた説得できるからさ」

「そうか・・・そうだったんだ」

 りんはそれだけ言って帰って行った。片付いた部屋で俺は一人ゴロンと寝転がる。

『今日は剣とも深い話ができた。卓三もそうだが、何で二人は何も悪いことはしていないのに死ななければならないのだろうか。ただまわりの人間に利用されただけなのに。いったい何がそうさせるのだろう。性格か、運悪く嫌なやつに出会ってしまったからか。それなら俺も運悪く嫌な教師と出会ったから、学校に行けなくなったのか。運が悪かったから試験に落ち続けたのか。そうであるならば結論的に運が悪いやつは生きていけないってことじゃないか。そんな馬鹿な話があるか。運が悪い奴は生きてはいけない?じゃ何で生まれてきたんだ。生きちゃいけない人間が生まれる必要なんてあるのか?これが運命ってやつなのか?じゃ運命って何なんだよ・・・一体全体全てが何なんだよ・・・』

 俺はそのまま眠りに入った。

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