【再開と確固たる決意】

 活動開始日の朝。寝付けなかったわりには体が軽かった俺は、マラソンと体幹をこなしてシャワーを浴び、すぐにコンビニを転々として、それぞれの限度額の金を下ろした。

その足で駅前のビジネスホテルのフロントへ。例えば、自分が料金を支払って他の人間を数日間ホテルに泊めることができるのかを聞きに来たのだ。

もし今日メンバーが帰る所が無かなったら、俺のアパートは狭すぎて、さすがに全員泊めることはできない。そのため、先日契約した家に入居できるまでの間、このホテルに泊まってもらおうと考えたのだ。

フロントに聞いたら宿泊代を前払いし、事前に宿泊者の名前を教えてもらえれば大丈夫とのこと。

とりあえず卓三とたかこは今も漫喫に居るとのことだったので、二名一週間分の宿泊代を支払い、名前は後で連絡すると伝えた。皆のニックネームしか聞いていなく、本名を知らなかったからだ。もしかしたら人数が増えるかもしれないとホテル側に伝えたら、今でなければ部屋の確保は難しいとの返答。俺は面倒くさくなって四人分全員の部屋を頼み料金を支払った。合計約三十万円。現在五枚の打ち出の小槌カードがあるから、そんなものお茶の子さいさいだ。

 ホテルから出るとスマホが鳴り、続々とメンバーが高円寺駅に着いたとの知らせが入る。

俺は一斉メールで北口の駅前の広場に来てくれと打ち、急いで広場に向かった。広場に行くと皆が勢ぞろいして待っている姿が見える。

 俺に気が付くと上下デニムで揃え、ワイルドにコーディネートされた、また違う感じのりんが肩にパンチをしながら言った。

「自分で頼んでおいて遅刻とは何ごとだぁ!」

「ごめんなさい・・・」

 相変わらず肩は痛かったが、また見たことないファッションに包まれた姿に見惚れてしまう俺。

卓三とたかこは漫喫に居たせいか変わらないファションだったが、剣は二日前とは違う全体的に中性的な感じのファッションに包まれていた。

 皆がおそらく俺と同じ疑問持っているだろうと思いながら、剣に話しかける。

「あれ?剣君またイメージ違うね」

「え・・・」

 剣が若干不安げな表情になる。

「さすがファッション関係だよね。なんか全部が男女の枠を超えた感じがするよ。大体この地球上全部が男と女の二つしか性別が無いのがおかしいんだよな。剣君超かっこいいよ!」

「あ、ありがと・・・」

 剣がはにかみながら若干安心した表情で言った。

二日ぶりに会うみんなは持っている荷物は同じだが、その表情はつい二日前まで死のうとしていた人間には到底見えなかった。

皆が大荷物のため、まわりの人たちは旅行に行く待ち合わせにしか見えなかっただろう。さっそく俺らは一週間だけの拠点である、おんぼろアパートに向かった。皆がそれぞれ歩きながら話をしている。俺はりんに昨日別れ際言っていた昇ちゃんて誰だと言うことだけ聞いた後は、今日のスケジュールのことを考えていた。

ちなみに昇ちゃんは、ある漫画の主人公である片腕の野球少年の友達らしい。

 俺のアパートへの行き方は超簡単。高円寺駅北口を出て右にまっすぐ歩いていくだけ。途中寿司屋や居酒屋、飲食店にコンビニと、結構何でもある通りを歩いて環七を越してすぐにある、おんぼろアパートの二階だ。

 部屋の間取りを簡単に説明すると、1Kで狭い玄関を入るとすぐ右奥にキッチンがあり、左にドアが二つ。一つは洗濯機と浴室があり、もう一つがトイレだ。正面の刷りガラスが貼ってある古い引き戸を開けると、7畳の部屋が一つ。ここに五人入ると、いっぱいいっぱい。

 とりあえず部屋に着くなり、俺は皆にホテルの件を話し、フルネームを聞いた。りんと剣は帰る家はあるが、とりあえずホテルも取っておいて欲しいとのことで、ホテルに電話して皆の名を伝えた。

そして、今日は俺と卓三で秋葉原に買い物に行くことを伝え、残る人には部屋の掃除と食事の用意をお願いした。たかこには特別に買い物も頼む。

皆の食器や、たかこ自身必要な洋服やら化粧品やら必要なものも買ってきて大丈夫だと伝えた。「お金は使うものですからね」と、ファミレスでのシャチの言葉と言い方を真似て言う。とりあえず食費やらも含めて、三十万をテーブルに置いて卓三と二人で外に出た。秋葉に向かっている電車の中で、俺は卓三に色々な話を聞いた。

 一泡吹かせる会社の人間について詳しく話を聞きだそうとすると、未だにあまり乗り気じゃないと言った感じで答えた。

「連くん。やっぱり私の場合は、悪いのは私のような気が・・・」

 俺は卓三が言い終わる前に遮って言った。

「卓三さん。もう取っ払ってくださいよ」

「え?」

 卓三は何を言っているのかというような感じの表情になるが、俺は構わず言葉を続ける。

「卓三さんは凄い良い人だから相手が悪くても結局全部自分のせいにしちゃうかもしれないけど、今回は特別だと思うんだよ。だって自分が命を絶とうとまで思ったんだよ?これで自分の人生が終わっちゃうんだよ?最後くらいさ、自分をこんな目に合わした相手には憎しみ以外の感情は取っ払っちゃっていいと思うんだよ。むかつく奴はむかつく。憎い奴は誰が何といおうと憎いでさ・・・俺はそれでいいと思うよ」

 卓三は電車の窓から見える景色を眺めながら一度大きくため息をつき、話し始めた。

それによると一泡吹かせたい相手は会社の上司が一人と部下が二人。まず直属の上司の部長で上川豊、五十三才。そして部下の田中健太、三十二才。溝口勝、二十五才。

この三人は同じ部署の仕事仲間で、初めは普通に仲良くやっていたのだが二年くらい前から、まず上司の上川からのいじめが始まったらしい。それに便乗した部下の二人からも異常なまでの、いじめを受けることになる。

最初は、卓三が挨拶をしても皆が無視をした。まるで子どもがするいじめのように。

卓三の会社では時間を無駄にしないようにと、それぞれの部署全員で昼食を共にしながらの打ち合わせをしていたらしいのだが、無視が始まったその日から卓三だけ誘われなくなった。自分で調べてその場所に行くと、散々嫌味を言われた挙句に、皆の分の昼食代を払わされた。

その後、会社全体の業務連絡も卓三には伝わらなくなりミスが増え始め、ミスをするたびに田中が上川に報告し、上川に叱られているところを溝口が携帯で動画を撮影。

それを部署以外の人間のパソコンにも送信され、笑いものにされた。さらには、あることないこと色々な噂まで流されて、卓三の体調に異変が現れ、うつ病と診断された。

 もともと卓三は、仕事は大好きでコンピューターオタクだったこともあり、常務の村上という男には仕事ができると評価を受けていたらしい。しかし、結局最後は体調の悪化と三人の策略により、自主退社に追い込まれてしまったとのことだった。

 俺がさらに詳しく三人の家族構成やらの話を聞きだしていると電車は秋葉原に到着し、とりあえず話の続きは後でってことで、俺たちは電車を降りた。

 駅を出ると、俺の心にカルチャーショック並みの衝撃が走った。見るとこ見るとこマンガのキャラクターとアイドル、ゲームのキャラクターばかりなのだ。

卓三に何度「何ここ?何なのここ?」と聞いただろうか。

その都度卓三は「秋葉です。オタクの聖地です」と繰りかえすだけだった。

ここ秋葉原で俺たちが買う物は、そんな風景とは全く関係のない物ばかり。

パソコンや無線機にトランスミッター、盗聴器にイヤホン型マイク、様々な形の小型カメラにゴーグル型の赤外線カメラ。それと、画像処理ソフトに動画編集ソフトなどだ。

それらを全て揃えるのは大変だと思っていたが、卓三のおかげで商品選びから高円寺に送る手続きまで、全てがスムーズに終わった。

 俺がお礼に何かご馳走させてくれと言うと、卓三はどうしても行きたい所があると言った。

着いてみると、何やら壁一面に大きな女の子の絵が描いてあるビル。やっとこの町の風景にも慣れてきた所で、店に入ってまた新たなショックを受けた。

一見普通の喫茶店で、通常店員は「いらっしゃいませ」と言うが、ここは「お帰りなさいませ。ご主人様」と言う。しかもド派手なメイドみたいな格好をして。

 俺は普通にこの人は何を言っているのだろうと疑問に思い、その店員に聞いた。

「え?何が?っていうか、どうしたんですか?」

 一瞬その店員が戸惑いを見せるとすぐに卓三が俺を制し、そして今まで聞いたことが無いような凛々しい声で、その店員に謝った。

 その後、小声で俺に耳打ちした。

「連くん。ここはそういう所だから。僕についてきて」

 俺も小声で耳打ちを返す。

「卓三さんは、ここの常連なの?」

 卓三は黙って首を振り「いや、初めてだよ」と再び小声で言って、先に行く店員を追いかけた。俺は何がなんだかよくわからなかったが、とりあえず卓三の後を追うことに。

店内はピンクと白と黄色の色しか使ってない、何とも言えない雰囲気で、なぜだかステージがあり、その前にカウンター席がいくつかある。

 俺たちはそのカウンターには座らずに、そのすぐ横のテーブル席に座った。店員が他の客の所に行ったのを見計らって俺は卓三に聞こうとしたが、それより早く卓三が俺に言った。

「連くん、連れてきてくれて感謝します。本当にありがとう。本当に夢のようだよ。家族がいちゃ浮気になってしまうからね」

 それを聞いて俺は確信をもって言った。

「あぁ、やっぱり!ここは新手の風俗なんだ」

 卓三は驚いた表情になり、俺の口を押さえて小さな声で言った。

「ちょ、ち、ちがうよ。何を言ってるの?ここはただのメイド喫茶だよ。浮気っていうのは、なんていうか、うちでは妻以外の女性と話をするだけで浮気になっちゃうから・・・」

「えぇ?そうなの?っていうかメイド喫茶って何?何するところ?」

 俺が聞くと、さっきの店員がメニューを聞きに来た。俺たちはまだ決まっていないので、決まったら呼びますと言って、とりあえずメニューを見る。

卓三によると、メイド喫茶の説明は一言では説明できないとのことで、俺は全て卓三に任せることにした。

メニューを見ても全てのメニューの始めに、よくわからない日本語が付いていて、まったくもってわからない。

しかし、メニューの下にコースメニューが書いてあり、プレミアムコースというのが一番値段が高かった。

俺はせっかく来たんだから、これにしようと遠慮する卓三を制して、さっきの店員を呼び、強引にプレミアムコースを二つ頼んだ。

選べるドリンクに、細かなフード多種とデザート。そしてオリジナルカレーが付いてくる。そこには「ピンクの萌え萌えカレー」と書かれてあった。

基本的にメニュー全部に「萌え」という言葉が付いている。俺は萌えってなんだと、ひっそりと卓三に聞いたが、なんだと聞かれても萌えは萌えだということしか教えてくれなかった。

細かなフードの中にミニオムライスがあって、好きな言葉をメイドがケチャップで書いてくれるサービスがある。そのサービスに卓三が感情をあらわにして、メチャクチャ喜んでいた。卓三のその姿を見て俺は、萌えとは好きな女の子に嬉しいことをされた時に出てくる感情というか、そういう類のものだと勝手に理解した。

 食事が終わり、続いてはメイドとのゲーム対戦。好きなメイドを選び、その子と対戦して勝てばガチャガチャが引けるコインがもらえる。俺は負けたが、卓三は見事勝利。

楽しそうにガチャガチャを引き、最後に記念撮影して全てが終了した。

 店を出る時にプレミアムコース限定のメンバーズカードをもらった。店内でも相当テンションが高かった卓三は、そのカードを手に取るとさらに激しく喜んだ。

俺は、初めは意味が分からずにいたが、徐々にメイド喫茶の楽しさを知って店を出る頃には卓三程ではないが、結構な高いテンションになっていたと思う。

 俺は風俗には行ったことがない。でもおそらく風俗に行ったら店を出た時に、多少の罪悪感が残っていることだろう。

それは風俗では女性を男の性欲の捌け口としてしか扱わず、人として邪なことだからだ。

それに比べ、メイド喫茶は何の罪悪感もない。ただただ楽しい。もしかすると人として一番良いサービスを受けられる所なんじゃないかとさえ思った。

 店を出て駅に向かいながら歩いていると、先を歩く卓三が急に立ち止って深いお辞儀をしながら言った。

「連くん。今日は本当にありがとう。良い思い出になりました」

 俺は卓三とメイド喫茶で時間を共にしている中で自分の中に沸いたある決意というか、強い思いを胸に確信を込めて返す。

「卓三さん。大丈夫だよ。大丈夫!とりあえず行こう。俺はちょっと調布に寄ってから高円寺に戻るから先に帰っててよ」

「は?はぁ・・・」

 卓三は若干困惑した表情でそう言い、俺たちは帰りの電車に乗った。各駅に停まる総武線が新宿に着き、俺だけ降りて京王線に乗り換え調布に向かう。

 電車内で改めて俺は、卓三と一緒に時を過ごした間に沸いた強い想いに身を任せた。

『俺はあの人を絶対に死なせたくない。自らでも命を絶たせたくない。シンプルに純粋で良い奴だから。あの人を追い込んだ輩がのうのうと生きていることに、我慢がならない。必ず痛い目に遭わせ、叩きのめしてやる。結局最後の死への選択は俺がどう思おうが何をしようが、卓三自身に委ねられる。でも、絶対に死なせたくない。高円寺で待っている他の連中も同じだ。俺自身は別にもうどうでもいい。そういう人間のために命を捨てることが、昔から俺の美学だし、それができれば本望だ。とにかく、俺が絶対に皆を死なせない・・・』

 確固たる決意によって全身に熱いものが巡り、目も血走っているであろう俺を乗せた電車は、調布にあるつつじヶ丘駅に到着した。

 つつじヶ丘駅の北口は栄えているが、俺が降りたのは若干閑静な南口。

線路沿いを歩き、一つ目の交差点を右に曲がってしばらく行くと古びた雑居ビルがある。そこの3階に「株式会社リスクヘッジ」という小さな会社あり、そこが目的地。

リスクヘッジは直訳すると危険回避という意味で、何の会社かというと要人警護や特殊警備、企業や個人に対して危機管理サービスを提供している会社だ。

誰でも参加できる特殊部隊が行う訓練のワークショップや、各国の軍隊や特殊部隊のミリタリーグッズの販売も行っている。グッズは基本的にはネット販売だが、実際に足を運べば直接売ってくれる。ここは普通では手に入らない、各国のミリタリーブランドのグッズが手に入るのだ。

ここで俺はアメリカの特殊部隊の服一式とコンバットブーツに様々なナイフ類、スタンガン数個。そして、様々なライトにマルチプライヤー、ロープに梯子にフック類、ガスマスクなどを購入した。

 大きな物は宅配便で送ってもらうよう手配をして、新宿経由で高円寺に戻った。

 部屋に帰ると、とんでもなく綺麗になっていることに驚く。一日中家に居た、りんと剣が綺麗にしてくれたらしい。

 俺はクローゼットの中も片づけられていることに気づき、「あっ!」と一瞬ドキッとしたが、すぐに安心する。あの時、いやらしい本とかDVDとか、全部処分したはずだからだ。

ほっとしながらテーブルを見ると、一枚のDVDが置いてあった。しかも、喪服コスプレというマニアチックなもの。

 皆が不敵な笑みを浮かべている。俺は一言だけ言った。

「誰の?」

「お前しかいないだろ!」

 りんが食い気味に突っ込んだ。とりあえず場の空気を和ましたのでよしとしよう。

購入した機器類は全て明日届くので、今日は皆で食事しながら明日からの作戦会議をすることに決めた。食事はカレーライス。剣の実家が洋食屋とのことで、腕を振るってくれた。今まで食べたことがないような本格的な味に、皆が感動し絶賛した。

 剣が照れるなか、俺は明日からの作戦を皆に伝える。

「初めのターゲットは卓三さんの会社の人間で上川豊五十三才。田中健太三十二歳。溝口勝二十五歳の三人。作戦は、この三人を徹底的に調べ上げて弱みを握る。そして、それを会社にばらす。以上です」

「え?それだけ?」

 りんが若干不満そうに言った。俺はカレーの備え付けの落橋を口に入れながら答える。

「そうですよ。つかそれだけで結構なダメージだと思うよ。弱みの度合いでは、解雇もあり得るからね」

「なるほど。でも弱みが無かったらどうするの?」

 りんが早いテンポで返してきたので、俺も負けずに早口で答える。

「その時は弱みを作ります。基本的な実行は俺が全部やるけど、皆にも協力をお願いしたい。役割としては、コンピューター関係にずば抜けている卓三さんにはここに残ってもらって、あとの人間が随時その都度、俺の指示に従ってもらえればと思います。でも危険なことはさせないし、やりたくないことも無理にはやらせないから安心してください。何も用がない人は特に自由にしてくれて構わないけど、気づいた範囲で、まぁ色々掃除やら洗濯やら買い物やら、やっていただけたらと思います。そんな感じでどうでしょ?」

 皆が納得した。そのあと片付けをして解散し、活動一日目が終了。

皆が出ていき一人になると、何だか異様な静けさに包まれた。

 そんななか俺は、再度調布に向かう電車内での確固たる決意を確認して、眠りについた。

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