【決意】

 時刻は夜中の二時十五分。俺がテント内に入ると予定時刻を十五分も過ぎていたためか、皆が若干ざわざわし始めていた。

 俺の姿を見てすぐに卓三が話しかけてきた。

「あれ、どこに行っていたんです?シャチさん見ませんでしたか?シャチさんがずっと居ないんですよ」

 俺はすぐには返事をせずに、まずはりんの姿を目だけで探した。りんは何事もなかったかのように化粧を直している。少し安心した俺は、テントの入り口付近に胡坐をかいて皆に言った。

「みんな聞いてくれ。今回の・・・なんていうか、みんなで死ぬって話は無しになった」

 りんがピクンとして化粧の手を止め、そのほかのメンバーは皆戸惑っている様子。

「え?どういうことです?」

 皆の代表と言った感じで、卓三が聞いてきた。

「なんていうか・・・あいつは・・・シャチは、はなっから死ぬ気なんてなかったんだよ」

 俺は歯切れの悪い感じで言うと、今度はたかこが口を開いた。

「どういうこと?」

「あいつは元々死ぬ気なんかなくて、なんていうか・・・自殺見届け人ってやつだったんだ」

「自殺見届け人?なんですか?それ・・・」

 卓三だけがその言葉を初めて聞いたらしく聞き返してきたが、ほかのメンバーは察知して黙り込んでいる。

「他の人間の死をプロデュースして、人の死を見届ける人間ってことですよ」

 俺が卓三に話をすると、しばらく沈黙が続いた。そしてりんが恐る恐るといった感じで聞いてきた。

「それで・・・シャチさんは?」

「あぁ・・・ちょっと脅かしたら、そのまま走って山を下りて行ったよ」

「そう・・・」

 りんのその返事の様子からは俺の言葉に安心したのか、何かの疑いを持ったのか、理解することができなかった。

 そして、剣が久々に口を開いた。

「それで・・・これからどうするの?もしかしてこのまま解散?」

「えぇ?今更?せっかく色々準備してきたのに・・・」

 たかこがそういうと、卓三も同調した感じでいう。

「そうですよ。もう後へは引き返せませんよ」

 りんは相変わらず黙ったままだった。俺は車で考えていたことを皆に話してみた。

「あのさ、みんなそれぞれ色々あって今日人生終わらせようと思い、ここに来たと思うんだよ。もちろん俺もそうでさ・・・でもシャチに、あんな奴に俺らの死を弄ばれてさ・・・あいつ言ってたよ。人の死を見るのが快感でそれを見届けると、自分が神になるって。それがたまらないんだと・・・なんかそれ聞いたらさ、すげぇむかついて、なんかせっかく死ぬ覚悟したのに、このまま死んだらもったいなくなってさ・・・」

 その場にいる皆が、今までに散々言われてきたし自分でも散々感じたし、何を今更的な空気になった。

 俺はそれを察知して言った。

「あっ、違うんだよ。死ぬ気になれば何でもできるから生きようとか、そういうことを言ってるわけじゃないんだ。俺もそうだけど、きっとそんな言葉は今までみんな耳が腐る程言われてきただろうし、そんなのを通り越して、今現在ここに居ることも十分わかってるつもり」

「じゃ、どういうこと?」

 たかこがいまいち理解できず、うっとおしそうな感じで聞き返してきたのでわかるように説明する。

「簡単に言うと、俺は俺が死ぬ原因となった奴らというか、ムカついている奴らに一泡吹かせてから死にたいと思ったんだよ。みんなもいるだろう?そういうやつが一人や二人。だから、みんなもそれぞれの死ぬ原因となった人間たちに一泡でも二泡でも吹かせてから死んでもいいんじゃないかと思ったんだよ。俺らは今日死ぬつもりだったんだから、いつでも死ねるだろう?」

 若干の沈黙の後に、りんが口を開いた。

「私にもそういう人間はいる・・・」

 俺は、りんが口を開いたこと自体に安心した。

 他のみんなにも聞いてみるとしばらく考えたり、自分が悪いの一点張りだったりしたが、最後は結局、みんな同じように、そういう人間は居るという話でまとまった。

しかし、いつでも死ねるだろうとの問いには、卓三、剣、たかこは今日しか死ねないかもしれないとのこと。

まぁ、それは後々の問題なので置いておくとして、とりあえず一人一人どういった経緯で今日ここに集まったか話そうということになった。もちろん言いたくないことは言わずに、言える範囲で。

 それによると卓三はこれまでの人生はコンピューターオタクということ以外は、ごくごく普通の人生であったらしい。しかし、就職した会社で中間管理職に就いた頃から、歯車が狂ったという。上司と部下によるひどいいじめに遭い、精神を病み退職に追いやられた。それを家族には言えず、サラ金に手を出して生活費を渡していたが、心身ともに限界に達し自身に生命保険を掛けて自殺を決意したとのことだった。卓三は何だかんだ言っても結局は自分が悪かったとの一点張りで、一泡吹かせたい人間がいると認めるまで一番時間がかかった。

 たかこは父が不動産会社を経営している社長令嬢。別の会社で事務員をし、同僚と恋愛結婚したが、父の会社が傾くと同時に離婚された。恋愛結婚だと思っていたが、ただの財産目当ての結婚だったことに気づいたという。やけになったたかこはホストクラブにはまり、そこのナンバーワンホストに入れ込んで結婚を匂わされて貢いでしまい借金を作った。そのことが原因で父にも勘当されて自殺を決意したらしい。

 剣は高校卒業したあとファッション関係の専門学校に入るが、そこでひどい嫌がらせに遭い退学。その後はすべてに自信が持てなくなり、家に引き込もるようになった。そして、安定剤を服用する中で自殺を決意するようになったという。

 りんは子どものころからアイドルを夢見て地元の北海道でスカウトされ、中学卒業と同時に上京。モデルやタレント、女優として活動していたがなかなか目が出ず、やっと掴んだバラエティー番組出演で大御所司会者に嫌われてしまい、番組プロデューサーにも嫌われ、さらに少しだけ反抗したのがきっかけで、芸能界から干された。その後は貯金を切り崩した生活で、たまにネットやローカルな番組のリポーターなど細々と活動していたが三十歳になり自分の価値が無くなったと思い、卑下して自殺を決意するに至ったとのことだった。

 皆の話を聞いた俺は、それぞれ一泡吹かせたい、復讐したいと思う人間を聞いた。卓三は会社の人間たち。たかこは元夫と騙したホスト。剣は嫌がらせをされた相手。そして、りんは私利私欲のために自分を干した芸能関係の人間達だった。

 皆の相手を聞き終えた後、りんが俺に聞いてきた。

「連の復讐したい相手は誰なの?」

 りんが俺の名を呼び捨てにしてきたことに対して、心中ではだいぶ驚いたが、俺はそれを悟られまいと自分の表情を気にしながら答える。

「俺の復讐したい相手は・・・多分一番厄介だと思う・・・」

「で?誰よ?」

 りんが食い気味に返し、俺は一呼吸おいて答えた。

「・・・国家そのものかな」

「国家そのもの?」

 りんとその他全員が驚いた。そして代表してりんが恐る恐るといった感じで聞いてきた。

「それは・・・あれかな?君は最終的にテロ的なことをやるのかな?」

「はは・・・でも俺のは、皆の復讐が終わってから俺一人でやるから大丈夫だよ」

「いやいや、だから、そうじゃなくて質問には答えましょう!」

 りんが言葉の中に若干心配そうな雰囲気を出して言い、俺は少し考えて言った。

「・・・テロは無関係な人間を巻き込むけど、俺は無関係な人間は巻き込まないから違うと思う」

 すると卓三が目を輝かしながら言った。

「・・・連さん!それならぜひ私もやりますよ。すべての原因はあの腐った政治家たちですからね!」

「僕もやりたい・・・」

「私もどうせ死ぬなら、少しでも名前を残したいからやる!」

 剣とりんが言い。たかこも便乗しそうだったので、それを遮って俺は言った。

「ちょっと待ってくれよ。皆の気持ちは嬉しいけど、まずはみんなのからだ。後のことはまたその時に考えよう。それで順番だけど卓三さん、たかこさん、剣君、りんさんの順番でいいかな?」

 すると皆が再び不思議そうな顔になり、またもやりんが代表して聞いてきた。

「え?つかどういう理由でその順番になった?もしかして適当?」

 俺はその声を聞き、りんが出会ったばかりのキュートな感じに完全に戻っていることに気が付いて、嬉しさを抑えながら答える。

「いや別に適当に決めたわけじゃないよ。なんていうか・・・やりやすい順番だと思うから・・・」

「だから、その理由が聞きたんですけどぉ~」

 さらにりんが言い、皆がうなずく。

「ようは見つけやすいでしょ?卓三さんのは会社関係だし、たかこさんも店がわかればすぐ見つかる。剣くんのはちょっと探すのに時間がかかりそうだし・・・りんさんのは芸能関係だから、だいぶ厄介だ」

「な~るほど!さすがだてに何度も司法試験に落ちてないね!」

 りんが舌べろを出してキュートに答え、皆が笑った。俺は腕時計に目をやり時間を確認すると、朝の四時を回っていた。

「いけね。とりあえずテントを畳んで行こう。もうすぐ夜が明ける。俺が運転して駅まで送るよ」

 俺たちはテントをたたみ、それぞれの荷物を持って車に戻り、その場を去った。

車中、皆の連絡先を聞き、活動は明後日からで集まる拠点はとりあえず高円寺の俺のアパートに決めた。

そして、俺は卓三とたかこに借金があるのに帰っても大丈夫なのか問い、俺のアパートに来ても大丈夫だと誘ったが丁重に断られた。二人とも漫喫にでも泊まるらしい。

 明け方窓を開けての山道の走行は、何ともいえない気持ち良さだった。

しばらくして山の隙間からゆっくりと太陽が昇り、歓声があがる。その真っ白く眩い光を放つ太陽の光と吹付ける風、山の中から聞こえる生命達の目覚める音が、皆の集団自殺からの生還を祝っている声に聞こえた。

その後、皆が気持ち良さそうにうたた寝を始め車内がシンとするなか、俺は一人覚悟を固めた。

『もう後へは引けない。全てをやり切ったら、俺だけは必ず死ななければならない』

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