第二章 ネガティブ錬金術師、図書館の精霊と会う

レシピ12 ネガティブ錬金術師と鑑定石

 【真実の眼】には、いくつかの制約がある。


 一つは、使用者本人からの質問に対する答えにしか発動できない事。

 もう一つが、その答えは「嘘」か「真実」かしか分からないという事。


 つまりは、その解答に1つでも「嘘」が含まれると、全体が「嘘」と判別されるのだ。

 なので質疑は一問一答でなければならない。

 面倒だが、それでも確実に真偽を判別出来るスキルで、尚且つ持ち手が少ないので、重宝され、商人や鑑定士、法に関わる者などは喉から手が出る程欲しい能力に違いなかった。

 

 イーサンは生まれつき、このスキルを持っていた。

 物心ついた頃には、世界に欺瞞は満ち溢れている事を知ったが、なぜ皆「バレる嘘を吐くのか」までは分からずにいた。

 その事で周囲からは煙たがられたりもしたが、知識が身についてくると、自分の能力スキルにも周囲との距離の取り方にも折り合いがついた。商人見習い時にバカ正直を絵に描いた様な男と会ったのも良かったのだろう。

嘘か真かが分かれば、あとはよく観察していけば相手の感情もだんだん読み取れるようになってきた。

 当然の様に商人になり、メキメキと力を付け、個人で財を成すだけでは飽き足らず、この若さで商人の地位向上を成す為に商人ギルドのギルドマスターにまで伸し上った。


 イーサン・バルタザードは執務室の椅子に背中を預け考える。

 あの類まれな錬金術の才を持った、世間知らずで移民の”少女”を囲い込む方法を。



◇◇◇◇



「つまりは、例の”マナ”っていうのを使って人間に見せてるって事?」


 昨日までの貧相な食卓と比べ、豪華になった朝食を食べつつ、オレはクレーヴェルに尋ねた。

豪華と言っても、パンにベーコンエッグ、野菜スープというよくある朝食だ。だが昨日までとは雲泥の差。味もある。


『そうですね、見せている、と言うと幻覚の様ですが、”マナ”を纏っているので、触れもしますし実体もあります』

 確かに、昨日クレーヴェルはあの姿でオレを抱き上げた。着ぐるみ的な事なのかな。

 しかし……とオレは素直に関心だけできなかった。それがあればオレの苦労とか本当バカみたいだったのだ。身体を大きく見せれもするんだから、普通に大人に見せられたのに。


一週間もかけて……しかも妖精を勘違いさせて妙な呪いまで掛けられて……クレーヴェルも心の中で嘲笑ってたに違いない。


『笑っていません! マスターの薬も発想も斜め上ですけど十分スゴイです!

 このやり方は、精神体で構成されている我々精霊にしか不可能なんです』

クレーヴェルは必死に慰めてくれるが、そんな能力があるなら言ってほしかった。

知らずにドヤ顔していた自分がますます惨めになる。


 昨日は結局、買ってきた物の披露と説明でオレの体力が尽きてしまい、クレーヴェルのあの姿については聞けずにいた。

朝になって朝食がてら解説を受けている訳ではある。


『これは高位精霊の持つ固有スキルなんですよ』

 スキル。そう言えば昨日も聞いた。

 あんまりゲームはしなかったから、にわか知識しかないのだが、確か魔法とかとは違う能力だったはず。

 MPじゃなくてAP使ったり、自動的に発動したりとかするやつ。

「スキルって、人間でも持ってるの?」

『誰でも持っているわけではありませんし、修練で身に付く物もあります。

 マスターのいた世界にはスキルは無かったのですか?』

 無い……とは言い切れないか。見た事は無いが、超能力とか霊能力の類もそれのはずだ。もしかしたら、やたら勉強ができる人とかスポーツ選手とかもそういうのを持っていたのかもしれない。何も知らず、何も持ってないのはオレだけとか。


「概念としては無い……かな……。オレには何も無かったし」

『え!? マスターはスキル持ちでしょう!』

 はて?この高位精霊様は何を言っているのだろう???

『錬金術は誰にでも出来る訳ではありません。ましてはマスターは付加価値も付けていましたし、自分で考えて制作まで出来るのですから!』

 錬金術って、工作とか薬剤師の仕事混ざったようなものだから、知識さえあれば誰でも出来るんじゃないの?

『そんな事はありません。修練のよってスキルを身に付ける事は可能ですが、付加価値は才能です』

 そんな事言って、またオレを持ち上げようとしてるんだ。それで外に出そうとしているに違いない。

『本当ですって!

 そんなに疑うのなら……確認しましょう』

「確認?」



 【鑑定石】というアイテムがあるそうだ。

 正確には、作らなければ無いのだが。

 それに触れれば、その者のステータスが見れるのだとか。何それファンタジック。

 効能はその石のレベルに応じて、登録されている犯罪歴とか名前年齢職業、基本ステータスやスキルなど多様に渡るらしい。

 その為、プライバシーの侵害ともなるのであまり詳しい鑑定の出来る物では無いのが、国の関所やギルドに置かれたりもするとか。

 なるほど、犯罪歴がある者お断りとかにすれば良いもんな。コンピューター管理が出来ない分、ファンタジーで認識か。


「あれ?でもオレ商人ギルドでそんなのやらなかったよ?」

『商人だからでしょう。人間の商人とは金銭のやり取りが主だった生き方をするのでしょう? そこにおいて情報提示は命とりですし、犯罪歴も関係無いのでは?』

 え、なにそれ怖い。商人の世界こわい。

 でもそれがオレにとっての時宜を得た救援となった。

もしもあの時鑑定石で確認をされていれば、オレは偽名オカマ異世界人として、即行投獄だったであろう。我ながら、嘘で固められた怪しさを擬人化したかの様な存在だ。


『鑑定石の作り方はありました。材料も……問題無いですね』


 クレーヴェルが見つけてくれた本を見る。大分片付けたので、本は大体本棚に仕舞われているが、たまにオレが何冊か一気に開いていたりするので、一進一退で作業場の見た目は初めて見た時とさほど変わらなくなっている。

 見ると、そんなに難しくない内容だった。材料も少ない。

 早速取り掛かる。

 ラピスラズリとカネーリ石と……雨雲の雫2滴、コウコウラの甲羅……。

 あとは混ぜて300℃以上で加熱して、一気に冷やす。

 コウコウラって亀みたいな生き物を想像してるけど、合ってるのだろうか。

 オレはこの世界の事を未だにほとんど知らないからな。

 アイハの姿だと、少し男に囲まれるが移民や子供扱いはされずに比較的スムーズに買い物も出来た。寄ってくる人からは逃げれば良いし。


 この家にある錬金術の本を読んで、他にも作ってみたい物が沢山あるのだが、いかんせん材料が無かったり道具が無かったりする。

 昨日行った錬金術専門店では、見た事の無い物が沢山あった。

 しかし店には置いてない物も沢山ある。

 そうなると、ギルドに依頼して取って来てもらうか……でも詳しい部位の説明とか難しいからいっそ自分で採取しに行くか……?

 いやいや、外には危ない魔物が多量にいる。

 オレみたいな貧弱男子中学生など、瞬殺だろう。

 でも実際どういう気候、場所で生息してるのかも見てみたいし……。

 そうだ、冒険者ギルドで護衛も雇えるって言ってた!

 となると、戦うのはまかせて、オレは防御や逃げる事だけに集中すれば良いのか。それならそれ用のアイテムを作ってみるか。


 などと考えてる内に、鑑定石は完成した。

手のひらサイズの青く透き通った石だ。カネーリ石の赤さはどこにいったのだろう。

 まぁファンタジー世界でファンタジック現象にケチをつけても仕方ないか。これから更にファンタジーな効果を試すのだから。


『その上に手を置いてみてください』

「こう?」

 鑑定石の上に掌をかぶせる。石が淡く青に光って、ホログラムの様に情報が提示された。思ってた以上にファンタジック。



名前:アイハラ トモヤ

年齢:14

身体:軟弱・健康

職業:錬金術師・商人

資格:商人(駆け出し) 



スキル:妖精の魅了ピクシーチャーム

    マナ操作コントロール

    錬金術Lv2

固有スキル:マナの手


 

 現れたステータスに、オレとクレーヴェルは愕然とした。


 身体:〈軟弱〉って何⁉〈健康〉は分かるけど、わざわざ〈軟弱〉って出るのってどれだけ軟弱なのオレ⁉ 

異世界のファンタジックな表現でわざわざ〈軟弱〉と表現され項垂れる他無かったのだが、クレーヴェルは違った。


『《マナの手》…ですって!? どおりで錬金の際に最初から付加価値が……マナ操作まで身に付けられてるのなら、失敗するはずありませんよ!!』


 オレの落ち込みをよそに、クレーヴェルの興奮は止まらない。落ち込んでる時にハイテンションの相手はしんどい。

『マスター! マスター! あなたはやはり私が見込んだ通り、素晴らしい錬金術師だ!! これだけの才能……見た事がありません!! いえ、そもそもこの鑑定石も、あの材料でスキルまで表示されるなんて!! さすがですマスター!!』

 

うるさいうるさい。

そっとしておいてくれ。


 要は錬金術やりやすいスキルだってだけだろう。

あと妖精の呪い出ちゃってるし。もう定着してて取れないって事なんじゃないのか?最悪だ。


「改めて自分の底辺具合に直面してるんだから、ちょっと静かにしてよ……」

『どこが底辺なんですかマスター! ちょっとは私の話を聞いてください!!』


 何か今日はもう何もする気が無くなった。

食料も十分だし、ふて寝デイに決めた。


『マスター!! だから毛布に包まって机の下に潜らないと、何度言ったら……!』

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