第45話 帰路

 戦役が終わって三日後。

 レオンはエレナの艦で、帝都への帰路についていた。


 この日は色々と戦役についての情報収集も落ち着いたということで、エレナはレオンや派閥の者を呼んで会議を開いていた。


「やはり、というべきか……全く、派閥に偏りがないですね」


 エレナの側近であるジャンは、作戦室の壁に映し出される画像を見て言った。


 画像には帝都の士官学校の生徒の名が記されている。


 だいたい、三十名ほど。転移阻止装置を破壊したり、敵空母へ向かったり、あるいは第四軍団の艦隊へ自爆攻撃を仕掛けようとしたり……皆、先ほどの戦役で帝国を裏切るような行動をした者たちだった。


 ジャンの言うように、生徒たちの親の派閥には全く偏りがなかった。親の階級も、公爵から騎士の家まで幅広い。


 エレナが作戦室の椅子に座りながら呟く。


「皆、帝都士官学校の生徒というのは共通するけど、親の派閥は関係ない……大異形軍や宇宙連合、あるいは他の帝国に反感を持つ者の仕業と言うことね」


 ジャンがその言葉に頷く。


「事実、私たちもアーネアがやられました。レブリア公が最近の異変を我らのせいと決めつけ報復してきたという線も考えましたが」

「大異形軍を支持する魔物に私を捕縛させる……彼らがレブリア公と手を組むとは思えないわね。それに、一人捕まえたんでしょう? 私とレオンを襲った魔物」


 ジャンは頷く。


「下っ端ですがね。彼らは、帝国領に略奪にきた大異形軍の艦艇から、帝国に関する情報を得ています。エレナ様があそこにいるというのは、大異形軍からもたらされた情報のようです」

「となれば、この生徒たちも大異形軍の指示を受けていたと考えるのが自然……」


 エレナはそう言うと、レオンに目を向けた。


「レオンはどう思う?」

「やはりこの戦にこれだけの手中に収めた生徒を投入したわけですから、大異形軍のスパイ、あるいは大異形軍の支配を望む一派の仕業と見るのが自然でしょうね」

「そうね。宇宙連合と大異形軍が手を組むこともまずありえない」

「今回、国教では宇宙連合に全く動きがなかったようですからね」

「ええ。組んでいれば、ノトス宙道に帝国軍の大部隊が向かったのに呼応して、宇宙連合が帝国領に攻め込んでくるはず」


 エレナの言う通り、宇宙連合が今回の戦いが事前に起こることを知っていれば、何かしら動きを見せていたはずだ。

 もちろん、知っていて大異形軍のほうに攻め入った可能性はあるが、大異形軍とは手を結んでいないことになる。


 次にエレナはベルに視線を向けた。


「それで、ベルはベルで魔物を探ってくれていたのよね」

「ええ。でもまあ、本当に魔物に動きはありませんでしたねー。公式にも、魔物たちは大人しかったと結論付けられてますし」

「ええ。実際に、後方で裏切り行為をした魔物はいなかった。だから、今回変な動きを見せたのは、士官学校の生徒だけ……」

「まあ、魔物が、ラジコンみたいに生徒を操っていた可能性はありますけどね」

「ええ。でも、そうだとしたらどういう原理で生徒たちを操ったのかしら」


 腕を組んで、エレナは考え込む。


 レオンも洗脳の一種と考え、帝国で知られる様々な魔法を調べてきた。


 最たる例は、エレナの父である皇帝バーゼーだろう。

 バーゼーは恐らく、レブリア公によって正常な判断力を奪われる催眠魔法をかけられてしまった。


 しかし、それは一瞬で効果の出る魔法ではなく、長い月日をかけてじっくりと魔法をかけていく必要があった。


 他にも即効性の魔法はなく、それなりの期間をかけて洗脳していくのがやっとだ。


 なにより、人の行動を指定するような魔法は帝国では知られてないのだ。


 もちろん、大異形軍や宇宙連合でそういった洗脳魔法が編み出された可能性は否定できない。しかし、相当な魔力が必要になるのは間違いない。


 ──しかも、三十人近くも操ってみせた。普段は、反乱の素振りなど見せないということは、操られながらも演技できる思考能力は残っているということだ……一体どうやったらそんなことができる。


 魔法ではなく、何か科学的な手法なのだろうか。いずれにせよ、敵が証拠も残さずに死んでいくのだから不気味だ。


 リストの生徒はほとんど戦闘で死んでしまったのだが、数人生き残りがいた。しかし彼らは保護された際に、自爆などで自ら命を落としてしまっている。


 エレナは大きな溜息を吐く。


「とにかく、帝都に帰ったら士官学校に目を光らせましょう。まあ、レブリア公も士官学校に密偵を送るでしょうし、賢い相手ならより慎重になると思うけど」


 少なくとも、士官学校で何か起きているというのは、帝国上層部にも明らかになった。貴族たちの子供とはいえ、監視や制約が増えるだろう。


 レオンは頷いて言う。


「それに、今回で支配下に置いた多くの生徒を失ってしまいましたし」

「ええ。相手も戦力やら情報網やらの再建に時間がかかるはずよ。士官学校への後方任務の応援要請もしばらくはできないでしょうし、こうして戦役で謀略を起こすのも無理になる」


 これだけの裏切り者が出たのだ。当然の処置と言っていい。


 エレナは「とはいえ」と続ける。


「そうなればそうなればで、今度は士官学校の外に勢力を広げようとするかもしれない。表が無理なら、裏側……最近はリベルタスも台頭してきているし、帝都でも事件が起きそう」

「前途多難ですね」


 しかし、フェリアやエレナがもうしばらく戦場にいかなくて済むということだ。   

 レオンも少し気が楽になる。


 エレナもそれを分かっているからか、こう答える。


「でも、今回の損害が大きすぎて、帝国も当分はどこかを攻めることなんてできない。大異形軍もそうでしょう。宇宙連合も特に動きは見せてない。しばらくは、帝都の活動に集中できそうね」


 またデブリ漁りの日々がやってくる。レオンにとっては嬉しいことだった。


「それに、レオン。もしかしたらあなた、領地を授かるかもよ」

「え?」

「鎧をあれだけ落として、空母破壊の中心人物になったのよ。何も褒章がないわけないでしょ」

「私もですか?」

「ええ。私とかフェリアちゃんにもあるだろうけど」

「つまり、また陛下の御前に?」

「もちろん。だから、私も楽しみ」


 エレナは、レオンを見た皇帝がまた何か反応するかもと期待しているようだ。


「他にも……となりでは、自分も自分の派閥も大損害を出したレブリア公が顔を真っ青にしているでしょうね。第四軍団もあんなふうにしちゃったわけだし、他の派閥の貴族がここぞとばかりに叩きだすわよ」

「もしかして、宰相を辞任したり?」

「そこまではしないでしょう。一応、勝利は勝利だからね。でも、レブリア公もこれからは色々な者の意見を聞かざるを得なくなる」


 レブリア公の権力は弱まるが、その分政治も不安定になるということだ。


 今回帝国は一応勝利したが、様々なものを失ってしまった。ジャンたちも素直に喜べないのか少し暗い表情だ。隠れた敵がいるというのも不安が大きい。


 そんな中でも、ジャンは作戦会議に参加する者たちにこれからも頑張ろうと伝える。


 このまま解散という空気の中、エレナが最後にこう言った。


「あ、そうそう。言い忘れていたんだけど、帰ったら私たちでパーティーやるわよ。生き延びたことを祝してね……アーネアももちろん呼んでね」


 エレナは会議室の外に見えるアーネアを見て言った。

 皆、おおと声を上げる。


 レオンはその様子を微笑ましそうに見ていた。


「なに、良かったなあみたいに見てるのよ……レオン。あなたとベルも来るのよ」

「で、ですが俺たちは」

「今更、私はエレナ様の派閥の者じゃないですから、っていうつもり?」

「そ、そんなことは。ですが、昔から皆さん一緒にやってきているのに、新参の俺たちが」

「馬鹿言うんじゃないの。もっと私は仲間を増やすんだから……それに、このパーティーは別に派閥だけでやるってわけじゃないわ。難しい話をするわけじゃないんだから」


 士官学校では、今回の生徒の裏切り行為もあって戦勝祝賀会などはやらない。


 エレナはそれもあってパーティーをやりたいのだろう。


「現に、派閥でない子も呼んでいるから。ちゃんと来なさいよ」

「も、もちろん、パーティーということでしたら」

「よろしい。それじゃあ、会場と日程は詰めとくわ!」


 こうしてレオンは、エレナの主催する祝賀会に参加することになった。


 その後、帝都までは何事もなくレオンたちは帰還するのだった。


~~~~~

 なんだか予想よりも長くなってしまいました……

 次回、パーティーです。

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