第8話 新たなる祖母の奥義 1

 小学校に入学すると、私は忙しい母を手伝い、できることは全て母に代わって請け負うようになった。


 食事の準備はもちろん、風呂の用意、洗濯たたみ、洗い物。

 畑の手伝いも。


 妹が保育園に入る年になると、彼女を迎えにいくことも私の役目になった。


 最初のうち、母はものすごく喜んでくれた。

 そりゃぁもう、私がちょっとひいちゃうくらいにね。

 息が止まるんじゃないかってくらい思い切り私を抱きしめてきて、「嬉しい」「大好き」って言いながら、くちゃくちゃになるまで頭を撫でまわしたんだ。


 だけどまぁ、非常に残念なことに、手伝うことが当たり前になっちゃって、やらないことを激怒されるようになるまで、さほど時間はかからなかったんだけど・・・・・・。


 とにかく、これらの手伝いが私のやらなければならない仕事と化してから数年もたつと、妹の数はさらに二人増えていた。


 この小憎たらしくも可愛い三人の問題児たちは、大っ変有難いことに、保育園へ迎えに来て欲しい相手として、常に私を指名しちゃってくれる。


 本人たちが母や祖母を指名してくれれば、私は行かずに済むんだけど、そんなことは一度たりともなくて、むしろ「きょうにお迎え、来て欲しいよね?」なんて、母があえて妹たちを煽るもんだから、ヒヨコみたいに頭の中身がふわっふわの妹たちが異を唱えるはずもない。


 妹たちとしては、恐らく、上の兄弟が迎えに来てくれることを友達から羨まれるのが、嬉しくてたまらなかったんだろう。


 確かに、妹の友人たちときたら、私が迎えに行くと飽きもせず毎日「かっこいい!」(なぜ!?)「うちにも欲しい!」(どういうこと!?)とこちらが恥ずかしくなるくらい興奮して喜んでくれたから、正直迎えに行くこと自体はそんなに嫌いにはなれなかったんだけど。


 この役目ひとつあるとないとでは、なんていっても忙しさのレベルが違う。


 自転車の前後に妹を一人ずつ乗せ、もう一人が車道に飛び出さないよう目を光らせながら歩くのは、かなり骨が折れたしね。

 ちなみにこの送迎は、私が高校生になるまで悪天候以外ほとんど毎日続いた。


 さてっ。

 この3人のかしまし過ぎる妹たちをせっせと連れ帰ってから、家の中の仕事を始めるのが、当時の私の日課だったわけなんだけど。


 このころになると、祖母は『八つ当たり』という、新たなる奥義を編み出し、日課とすることをすっかり覚えこんでいた。


 家の中の者に対してだけ尋常でないほど気性が荒く、外の人間に対しては不気味なほど優しい、世間体を整えることに呆れるほど優れている私の祖母は、思い通りにならないことがあったり、虫の居所が悪いと、家の中で思う存分やりたい放題に当たり散らす。


 祖母の怒りは理不尽で馬鹿げた八つ当たりでしかない。

 道理もなにもありはしないんだ。


 家の中の空気は祖母の言動を気にかけるあまり、365日24時間、いつだってビリッビリのガッチガッチに張り詰めて凝り固まっていたから、『出戻り』呼ばわりされている母のストレスは、相当のものだっただろう。


 ちなみに祖母の怒りのフルコースだけど、メニューはいつも同じで、

「恩知らずのこぶ付き出戻り娘が。親に口ごたえをする」

「ここを誰の家だと思ってる」

「会社勤めの人間なんて、家から出たら遊んでいるのと同じだ」

「家の仕事をたいして手伝いもしないで、うちの婿ときたら毎日酒だけは一人前にのむ」

 ・・・・・・とまぁ、こんな感じだ。


 けどさぁ、これを叫びながら祖母が八つ当たりする相手っていうのは、父や母本人じゃないんだよね。

 ありがたいことに、祖母はその想いの丈を、私へ叩きつけることで、心の安定を彼女なりにはかっていたんだ。


 そりゃぁそうだよね。

 いくら祖母とはいえ、さすがに、ここまであけすけな言葉を面と向かって母や父本人に言えるわけがない。

 下手をすれば、父や母が仲人や親戚に泣きついて、外聞の悪いことになるかもしれないんだから。


 驚くべきことに、祖母にもそれくらいの空気を読む力と忍耐力があったんだね。

 そんなわけで、幸か不幸か、祖母があたる相手はほとんど私だけだったから、他への被害は少なくすんでいた。


 だがしかし!

 私が小学校5年になってしばらくたったある日のことだ。

 なぜかその日は祖母の理不尽が、いつも以上に盛り上がりを見せていた。


 私を罵って終わるはずの怒りは一向に収まる気配を見せず、ついには妹達にまで手を出し始めたんだ・・・・・・。


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