ドラゴンの翼と妖精の死

 コテコテさんに研究されている途中……


 俺は、体重を計る天秤に乗ったまま、コテコテさんに例の限定スキルのことを話した。


 なぜか舞台の上でしか発動しない、身軽に……そう、フェアリーのごとき身体能力スキルのことを。


「……うん、それは……もしかしたら」


「何か、心あたりがあるんですか⁉」


 期待が高まる!


 コテコテさんはしばらく考えていた後、壁際まで歩いていった。そこに貼ってあった妖精スケッチを数枚はがし、手に持ったそれをじっと見つめて、俺に言った。


「いま、やって見せてくれないか。その、ショウのときの気持ちになって、跳びあがってみてくれないか」


「そういうのって……さんざん試してみたんですけど」


「いいから、頼むよ~ 君になら、きっとフェアリーのちからが使える、いや、フェアリーそのものだ、と、私が心の中で応援してるから~」


 うえぇ…… 

 なんだ、その程度のアプローチか。


 ガッカリだぜ。


 まあ、いいか。確かに誰かに見てもらいながら挑戦したことはなかった。それに、研究には協力しなきゃな。できないことを確かめるのも研究のうちだよな。


 よし。思え。思え。ここは舞台、いまはショウ、コテコテさんは客、俺の絵を見つめていて少しキモいが、フェアリーだと思われていると信じてみようかしら。


 ん、なんかお酒に酔ったような感じがする。これは、あれだな、舞台ですごくノッてるときと同じ感じだ。客席のざわめきが流れ込んでくるような気もする。まあ、どうせ失敗するだろうけど、でも。


 心にささやき、輝きに祈り、前世で遊んだゲームの呪文を詠唱、結果を念じろ!


 カターン!


「て、天秤が⁉」


 いきなり天秤が傾いた! 重りの皿が下がり、の乗っている皿が上がる! その勢いで空中にふわりと投げ出されたが、きれいに回転を決めてスチャッと着地した。あの、魔力を計る魔道具の、把手とっての上に。


 カシャン!


 かすかな起動の輝きと共に、魔道具の針が振り切れた。目盛りで魔力の大きさを表す針が。


「はわぁっ⁉」


 自分に起きたことなのに信じられなかった。


 天秤が傾いた、って言うことは。


 質量が変った、って言うことだ。


 質量が変った、ってことは。


 物理現象に反する、ってことだ。


 物理現象に反する、ってことは……


「やっぱり、そうだったんだね~」


 思わずイラッとするようなドヤ顔で、イケメン聖官が言った。さっきまでの中にあった酔った感じが消えていく。魔道具の針が音を立てて、またゼロに戻った。


「はあ? 何が?」


「君は、な存在だ。仮説ではあるけど、ものすごくに敏感な生き物なんだよ~ ドラゴンの翼や、妖精の死の言い伝えと同じように」


魔意味まいみ……」


 はじめて聞いた言葉だ。


「例を挙げようね。実在するドラゴンの翼は、小さすぎる。普通の鳥に換算すると、今の千倍は大きな翼でないと飛べないはずなんだ。そして、妖精なんていない、と誰かが言うと、世界のどこかで妖精がひとり死ぬ、と言う言い伝えがある。それが正しいとすればその理由は、ドラゴンや妖精が、魔意味な存在だからなんだよ~」


「えっ、俺がもしフェアリーならそんな簡単に死んじゃうの? じゃなくてぇ、まだよく判らないです。魔意味、って結局なんなんですか?」


「これは聖究院の専門用語だよ~ できるだけ簡単に説明すると、魔意味とは、輝きの御業みわざたるヒトビトの強い想いが、産まれ、増え、地に満ちることだよ。翼のあるドラゴンなら飛べるだろう、と、輝きがそうあらしめ、そしてヒトビトがそう思うから、ドラゴンは小さな翼でもドラゴンのように飛ぶことができるんだ。妖精の死は、それが悪いほうに働く現象だね~」


「魔法は、使うヒトのイメ……ええと、想像力による、って話を聞いたことがあるんですけど、魔意味はそれと違うんですか?」


「どちらも想像力による魔法だよ~ ドラゴンに例えるなら、ドラゴン自身が自分の想像力と魔力で使うのが普通の魔法。他のヒトたちが想像力を使った結果として、輝きよりたまわる魔力でドラゴンをのが魔意味の魔法さ。この理論は、翼があっても魔力がないワイバーンでも飛ぶことができる、という事実と、自身の想像力が魔法を制するなら、他者の想像力は魔法を制しないのか、という問いかけから生まれたんだよ。おっと、クライン君には難しすぎる話だね~」


 あ、あ、あっ!


 なんか判った気がする!


 そうか……魔意味、って、いわゆる「ミーム」のことなんじゃないか? おっと、そう思ったらもうミームとしか考えられなくなったぞ。魔意味は、魔意味ミームだ。


「ミー……いや、魔意味ってのは、ネット、あー、ヒトが共有する、決めつけとか、思い込みとかで、ありえないような創作でも、輝きの創造のようなちからを得て、まるで生き物が繁殖するかのようにウワサや常識として拡散し、そしていつのまにか良くも悪くも現実になってしまう……」


 難解と言われた言葉をすんなり理解できた、という妙な興奮に突き動かされて、俺はツバを飛ばして語った。もちろん前世で得た半端なオタク知識による、ミームの説明をアレンジしたセリフだ。コテコテさんの目が、驚きに大きく見開いた。


「き、君……」


「つまり、誰かが俺を見て、舞台で観客が俺を見て、そう、さっきコティングリーさんが絵を見ながら俺を本当にフェアリーだと思い込んでみて、えっ、どんだけ思い込み強いの? ええと、魔意味な存在である俺がヒトの思い込みに影響を受けて、もともと沢山のヒトが持っていたフェアリーってこういうものだっていう魔意味のクラウいや雲みたいなものに繋がって俺はフェアリーだと見なされたからフェアリーのちからを発揮した!」








 イケメン聖官が返事をしなかったので、最後のとこだけもう一度言ってみた。


「……俺はフェアリーだと見なされたからフェアリーのちからを発揮した、ってことですよね?」



 ですよね……?

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