第2話

 湿り気を持ったYシャツを脱ぎ捨て、そのままダストシュートへと投げ込む。あと数日で立つのだ、洗濯に送っても受け取る相手がいない。ネクタイの束縛から逃れ、仰ぎ見た天井へと息を吐き出す。

 サードもシックスも、一見すれば気に留めていない風体に見えたが、その実、彼らにとっても教官の件は今後を一新させる出来事であるのは間違いなかった。

 ──────賽は投げられた。引き返す時間も、振り向く余裕すらままならない。

 隊長格に対して配備された個室。暗い部屋の鏡に映る自分の顔は、血の気のない死に顔としか形容出来なかった。あの人が死んだ、それも自殺。思い当たる節があるのが、忌々しかった。

「‥‥あの人は、俺達の支えでもあったんだ。あの人が居なくなった以上、生きて帰る理由も顧みる必要もなくなる。—————教官、本当にそうなのですね」

 最後の講義を終えて去る背中は、自分達に何を伝えようとしていたのか。すぐさまセカンドと共に追いかけ、その真意を問いただすべきだったのかもしれない。しかし、あの人は必要のない事はした試しが無かった。静かにひとりで終わりを迎えた事にも、意味がある。

「何も言わなかった、下手な心配も心残りも消す為だった————そう判断してよろしいのですね。あなたが人質になるなんて想像も付かない。だけど、そんな自分の存在すら、俺達には考えて欲しくなかった。あなたは、自分に俺達の世話役が回って来た時から————」

 数度のノックの後、セカンドの声が届いた。

 顔を振り払い、ベットに投げ出していた軍服を羽織って出迎える。

「電気も付けずにどうしたの?」

「髪も纏めずにどうしたんだ、入って」

 スイッチに指を伸ばしながら玄関を明け渡すと、前髪を振り乱したままのセカンドが入室する。灯りの元、白い顔を更に青く変えたセカンドが、屋内を堂々と闊歩し我がものとベットへと座り込む。腕組みと共に足を組む姿からは、普段通りの自分に対してのみ施す傲岸不遜な感情が滲み出ていた。————重症だと、目を瞑った。きっと、今の自分の姿を理解していない。

「セカンド、」

「まずは私の話を訊いて。フォースと話したのだけれど、私達も出発時はサードの艦に」

「らしくない。自分が選んで揃えた部隊への指示を、自分は遠くから下すだけか。しかも、参謀と指令を一手に担うサードの艦は出発から数分は、部外者は居場所がない苛烈な戦場になる。しんがりのシックス艦と同じか、それ以上に。サードから届いた筈だ、左翼右翼からの艦砲射撃による支援を行ってくれと————セカンド、当初の役割を思い出してくれ」

「————そうね。私は、砲撃支援と敵対者の戦力計測」

「俺は斥候としての探索、同時に討伐の直接戦闘が役割。そしてフォースも砲撃支援と技術提供。シックスはパーツラインの提供と、必要時の衝突角。サードは今も、全力で戦術を練り上げている。教官は星に還ったんだ、だけど、俺達には残された、託された物がある」

 顔を朱に染めたセカンドが、調子を取り戻したように微かに笑い始めた。

「あなたこそらしくない。そんな歯の浮きそうな言葉何処から学んだの?新しい私への口説き文句?悪くないって評価を付けてあげる。ええ、その通りです。隊長は、自分の部隊に責任を持たなければなりません。そう言ったから、私は隊長に成れると教官は任命してくれたのです」

 立ち上がったセカンドが、戸棚から残り少なくなったコーヒー紛を取り出し、ポットに水を入れ火に掛ける。だから「誰の部屋で、誰の茶を飲む気だ」と飽きれた表情で伝える。

「ん?私が教えてあげたお茶の代価を支払って貰うだけ。部屋についても、問題ない筈よ。家主からの許可は既に得ていますから。鍵を預け渡されている以上、ここは私の部屋でもあるの」

 コンロの上にある棚から二つのカップを取り出したセカンドが、まだ何か?と心底不思議そうな顔を造り上げる。これが意図とした物なのか、それとも無意識なのか判然としなかった。

「明日にでも、フォース達と私の部隊で教官に会いに行って来ます。今日の招待者は限られた者だけだったから。‥‥全員では居づらくて。あなたはどうだった、息苦しくはなかった?」

「多少はな。だけど、式自体は淡々と進んで終わった、それに教官も遺児のひとりだったから、親族はいなかった。ゆっくり別れは言えなかったけど、俺には十分だったよ。ゆっくり話して来てくれ」

 湯気を放ち始めたポットを見計らって、粉とフィルターとカップの準備を開始する。手伝う隙など与えないと鬼気迫る勢いで、あらゆるを終えたセカンドは鼻歌まじりにポットの湯で粉を濡らしていく。いつから、こういった趣味を持っているのかわからないが堂に入った様子だった。

「サードとシックスは?サードはともかく、シックスはひと悶着あったのじゃない?」

「見越したサードが、シックスに喫茶店の席を取りに行かせてたよ。お蔭で一息付けたから。セカンドも行って来たらどうだ、多分気に入ると————気に入っても仕方ないか。だって」

「だって、もうすぐいなくなるから?大丈夫よ、だって、任務を終えればすぐに戻れるから」

 セカンドも覚悟したのだと感じた。振り返って笑みを浮かべる姿は鉄仮面を彷彿とさせた。洋館に密偵が放たれている可能性を視野に入れた言葉と会話。今までの会話を、仮に盗聴されていたとしても、何も問題はなかった。明確な一言、学府への背任は一息として述べていなかった。

「流石サードね。シックスの扱い方を良く心得てる。そう言えば、さっきシックスの部隊とすれ違ったのだけど、自分の所の隊長が無茶ばかり要求するから、あなた達からどうか一言をと言われたの。ふふ、だけど、それを成してしまう人員を育て上げたのだから、シックスも凄腕ね」

「それは直接言わない方がいい。気を良くして、もっと無茶を言い始めるから。————言わない方が、隊の為になる」

「一言として言えないなんて、私達はなんて無力なのかしら。諦めて頑張って貰わないと」

 件の部隊は自分達『偽りの騎士団』を支える屋台骨であった。骨を酷使するのは心苦しいが、彼らは危機的状況に直面した場合、サード艦の次に守られる工場艦であった。手厚い看護を受けられる彼ら彼女らには、それ相応の働きを期待せざるを得ない。けれど————。

「だけど、あのシックスの部隊なんだ。私物の持ち込みを許容量以上に揃えてるに決まってる。問い質さないだけ、感謝して貰おう。セカンドは、どうだ?もう詰め込み終わった?」

「ええ、八割方はね。私達は女性のみだから、施設仕様がすぐに決定して終わったわ。本当なら、教官も招待したかった所なのだけれど————遂に一歩も乗り込んでくれなかった」

 酸味が香るカップをひとつ手渡してくれたセカンドは、残念そうに呟いた。

 まだ、セカンドの心の奥には、あの人の幻影が残っている。否定する事など出来なかった。自分も同じ物を抱えているのだから。苦みで口を噤み、忘れようと努力する恋人に何を言うべきか、迷ったまま時を過ごす。窓の外は暗闇に堕ち、夜を告げる青い光が窓を差した。






 外殻搬入庫。学府から外へと歩み出せる門のほんの隣へと作り出された工場にそれは格納されていた。

 自分の艦、『聖槍』の艦内を見渡していた。自分を入れて七人の人員で寝泊まりする事となる家は、全員で投票により決めた結果、自分達が今まで寝泊まりしていた洋館に良く似た仕様と成っており、甘い木の香りさえ漂っている。柔らかい絨毯は靴底を優しく押し返し、緊急時の耐衝撃体勢の伏せに適していた。そう考える事としていた。残り少ない日数の最中、最後の私物搬入と設備点検を行う。

 その中でもとりわけ、最先端であり鋭意化された技術の筆頭。砂塵との摩擦により点火と熱量の維持、燃料の最効率化を作り上げる装甲に付いて、自分は部下に説明を求めた。その部下は淡々と切り返した。

「高効率循環装甲板も良好。これなら砂塵の中を10年走り続けても、着火燃料は一割も無くなりません。既に全員のヘルメット、ライト、サイドアームに食料、各部屋の水回り設備も準備終了。雨粒の濾過装置も、百リットル耐久実験をA判定で通過。替えのパーツもシックス隊、『聖骸布』での製造も完了しています。後は残す所、我々の衣服や私物と言った生活必需品のみ。フィフス様、如何ですか?」

「衣服はわかるが、私物は生活必需品なのか?貨幣は供給されているのだから、他府で購入しても」

「生活に彩りを持たせ、ストレス緩和を図るのなら私物、趣味の品々は必須です」

 有無も言わさぬサーティーンの圧に、自分は水鳥人形の如く頷いた。迫る鋭い顔付きには、我が隊の役割を完璧に全うするという覚悟が見て取れる。自分の右腕として指名した少女は、納得して頂けて何より、とでも言いたげに突き出した顔を収め、ミーティングルームへと戻って行く。

「設備は任せた方がいい良さそうか。次は操舵室─────」

 地上二階、地下一階の三階層構造の戦艦は、到底軍人の住む拠点とは思えない様式を保持していた。壁は意向を凝らした置き時計が飾られ、誰の趣味ともわからない絵画に彩られている。見方を変えればホテルの廊下とも映る全貌に、少しばかり秩序と規律が乱れるかもと自嘲してしまう。

「セカンドとの仲が知られてる、俺が考える事じゃないな」

 そう呟き、船首側へと踵を返す。まるで軋まない板張りの廊下と絨毯を踏み締め、恐らくは私室よりも足繁く通い、占拠する事となる操舵室へと向かう。運転は余程の事がない限り自動運転────フォースらによって改造されたAIが執り行うが、通信という隊長権限に委ねられた行為は常に気を配らなけばならなかった。

 通信設備、駆動エンジン、排熱器官、星体兵器調整設備。等々が収められた部屋の扉を通過し、分厚い隔壁を木製の板で挟んだ扉へと手を伸ばす。指紋、動脈、静脈、手相までをも認識し終えたAIは電子音で作られた「お帰りなさいませ」という単語を析出し、恭しく内へと案内してくれる。

 そこは今までいた洋館式の廊下とは違った。鉄製の冷たい、けれど堅実なモニターとコンソール、レバーから数百にも及ぶスイッチの数々。触れる機会はおおよそ無いであろう設備の中心、そこには革張りの座席が用意されていた。そして、自分に許された座席たる場所には、既に一人が収まっている。

「あ、どう調子は?こっちはいい感じに仕立て終わった所だよ。いやー君ん所のAIちゃんは素直でいい子だね。私ん所は、優秀だけどわがままな子でさ。気に食わない設計図とか発明図があるとね」

「フォース、その座席、俺もまだ座った事無かったんだが」

「そりゃー残念でしたー。因みに言っておくけど、真っ先に座ったのは君のサーティーンちゃんだよ」

 肩まで伸ばした茶髪を振る少女、フォースが直々に艦の最終調整に訪れていた。誰かを送るとは伝えられていたが、まさか隊長本人が乗艦するとは予想だにしていなかった。前方の三席、探知から通信までの補佐をしてくれる三人も、やっと俺が来てくれたと安堵の表情を浮かべる程。

「サーティーン達とは打ち合わせを終えたのか?」

「ん?取り敢えず、全員とは挨拶はしたよ。フィフス隊長は人を見る目を養ってるし、良い教育を施してるみたいじゃん。乗務員の練度がここまで高いと、隊長自身はやる事なくなっちゃうんじゃないの?」

「かもしれない。実際、俺は討伐目的に隊長を就任したんだ。後衛が優秀だと仕事に専念出来る」

 へぇ、とモニターへと視線を移したフォースは、やはり席を譲らなかった。この期に及んで彼女に頼り切りな自分が原因なのだからと、隊長席を預けたままにし、窓の外から見える最終調整の様子を伺った。

 シックスを始めるとする溶接班。サード、フォースらによる音声通信遅延の確認。セカンド艦に取り付けられた砲塔の洗浄。そして、我が艦『聖槍』の甲板射出口。滑空砲にも似たそれを、念入りに面倒を見てくれていた。

「一応、私達隊長以下隊員の遺児達もジャバウォックへの戦闘技能は学んでるんだからさ、本当に一人でやる必要ある?心配してる訳じゃないけど、全員の武装だって積んでる訳だから、やっぱり分担をした方が良くない?」

「あくまでも俺達は外部との接触が目的だ。討伐自体は副次的なもの、出来る限り出会さない為に、サードとセカンドが探知を担ってくれる。それに直接戦闘は艦の損傷にも繋がる。万が一、接近禁忌種との邂逅時即座に艦を動かせる船員─────俺以外の全員が『騎士団』には必要なんだ。俺も、全部一人で仕留めるつもりはない、手傷を負わせれば逃げるだろうから、早々に帰還するよ」

 それ以上は何も告げず、言葉を切り上げるとフォースも沈黙してくれる。その後、三席に収まる船員兼隊員達と言葉を交わし、合言葉や通信時の番号を伝え合っているとサーティーンが操舵室へ踏み込んだ。

 それに対してフォースは自身が占領していた席を預け渡し、操作のノウハウを教え始める。まさか、と思い隊員達に視線を向けると「はい‥‥」と揃って頷くものだから、自分は諦めた。

「あ、言い忘れてたけど。サーティーンちゃんが、隊長不在時の指揮官代行だから。一番、その才能があったのはこの子なんだよ。ねぇー」

 と確認したフォースに対して、サーティーンもその通りだと頷き返す。前々から野心にも近い物をサーティーンからは感じ取っていたが、事実上、自他共に認める当艦の二番目になるとは思わなかった。

「任せて下さい。フィフス様が居られない場合、私が『聖槍』を守ってみせます。安心して討伐任務を行い、帰還して下さい。シャワーから着替え、寝具にお食事のあらゆるをご用意させて頂きます。必ずや」

「頼りになるよ。お陰で安心して戻って来れる。フォース、そろそろ俺にも座らせてくれ」

「はいはい、後でねー」

 軽くあしらわれた自分は仕方なしと、サーティーンの席である右側面後方に腰を下ろす。目の前には多くの計測メーターは勿論、とりわけモニター会議用に充てがわれた高解像度画面が目立っていた。黒い鉄板に覆われたモニターの真下、幾つかのスイッチとコンソールを操作し、セカンド艦隊長番号へと通信を呼び掛けると、数度のコールを経て僅かに困惑を感じさせる声色が返る。

「サーティーンさん?ああ、あなたね。どうかしたの?隊長席から通信すれば秘匿通信が可能なのに」

 ブロックノイズが完全に収まった時、乱れの片鱗さえ感じさせない黒い長髪を頭部後方で抑えたセカンドが不思議そうに問い掛ける。そんな心優しいセカンドの言葉に、自分はようやく安堵の息を吐けた。

「少し顔を見たくなった」

「ん?ふふふ、誰かにイジメられた?甲板に出て、直接顔を見せてあげるから」

 通信を途絶する単語が映し出された画面を後にし、席から立ち上がった自分に計五人の視線が向けられる。冷ややかな物から何かを期待した眼差し、そんな鋭い諸々を無視しながら取り付けられた扉を肩で押し開ける。既に、セカンド艦『聖釘』の甲板にはセカンドが到着しており、手すりから掴みながら手を振ってくれた。自分もと思い─────物足りないと再考し、『聖釘』へと飛び移る。

 その瞬間、辺りからどよめきが上がる。

「調整が難航してるみたいだ。あんな人の声みたいなノイズ、初めて聞いた」

「それだけ彼らが頑張ってくれている証拠。後で労ってあげてね」

「覚えておくよ」

 くすくすと微笑み、左胸に手を当てて温めてくれるセカンドと顔を見合わせる。事実上、この『騎士団』のトップは彼女だった。ファーストが任命されていない現状、参謀たるサードを除けば彼女に反抗出来る者などいない。このまま心臓をくり抜かれたとしても、自分はセカンドを愛するしか許されない。

「また筋肉を付けた?昔は身長も私に負けていたのに。いつの間にか、サードと同じくらいになってしまって。体格もシックスと比べても劣らない程。もう、私はあなたに守られる立場なのですね」

「俺は、まだまだセカンドに守って貰わなければ生きていけない。どうか、あなたの恋人から目を離さないで。セカンドの視線を背中で感じられなければ、このフィフスはいとも容易く打ち倒される」

「ええ、知っています。フィフスの中はとても脆いと。身体は鋼にも届く強靭さであろうと、あなたの純心で心優しい男の子。私も同じです、強く振る舞えても、あなたが心にいなければ砕けてしまう。────運命の君、どうか私に背を見せ続けて。共に砂塵を乗り越え、生涯も共に」

 腰も引き寄せ、セカンドとの時間を享受していると方々の視線には良い加減自重を求めたくなった。誰が許可を与えたのか、つい先程まで工具やタブレット、コード類を両手で抱えていた騎士団達は上下左右の位置から身を乗り出し、耳をそば立たせて自分達を凝視していた。しかも、遂には。

「あー、そろそろよろしいですかな。私達に残された時間は限りなく少ない。皆の士気と秩序と規律の為、それ以上の接近は参謀として見過ごせません。セカンド、フィフス、双方共自由時間までの接近を自粛して頂ければと思います。これは、私サードに許された作戦参謀からの指揮だと指定します」

 戦艦『聖杯』の主サードまでもが重い腰を上げて、甲板に出張ってくる始末。背後の『聖槍』にはフォースとサーティーン。とりわけフォース艦『聖十字架』とセカンド艦『聖釘』からの視線が熱を帯びていた。仕方なしと、最後に微笑み合った後離れ、それぞれの操舵室へと戻ろうと足を伸ばすと─────サード艦から女性隊員の叱責が聞こえた。サードが「何故ですかッ!?」と叫ぶも、くどくどと説教の時間が開始された。




「訳がわかりません。何故、私が責められねばならないのか。空気を読むなど既に熟知しているというのに。いえ、我が戦艦『聖杯』の女性隊員達との関係修復に努めなければなりません」

 サードと共に、指定された施設へと訪れていた。そこは巨大な塔としての形を持つ公的機関。事実上、学府の権力中枢と呼べる『委員会』の居城であった。そして、政府が放った『消去』から学府を守った壁の発生源、本来は星の外壁となるべき資源をドーム状に作り上げ維持し続ける、この星最高硬度の監視塔でもあった。

「今も『死の砂塵』から学府を守り、ほぼ無尽蔵に防護膜を発し続ける─────サード、」

「本来は星一つを守る盾の極地なのです。街ひとつ覆った所で、星にとって失う力は微々たる物であるのは間違いありません。計算上、我々がこの街で千年を過ごしたとしても、星の一生からすれば半日程度の物です。私達遺児にしても、人間にしても、この星はあまりにも巨大過ぎる。地表で蔓延る生物の手では決して御せない─────星から星に届く滝の始まりへ小石を投げ入れる程度の抵抗力です」

「気にしても仕方ない。ずっと先の、俺達の後人達が考えるべき問題」

「その通り。私達の寿命は長くて人間程度。数億年先の出来事には、思いを馳せる事しか許されない。フィフス、あなたはやはり悲観主義ペシミストですね、もう少し夢追人ロマンティストになっては?」

「考えておくよ。サードこそ、もう少しその情熱ロマンを口に出してみたらどうだ」

「私は参謀なのですから、私個人の願望は避けなければなりません。けれど、見解は発表すべきかもしれませんね」

 改めてスーツとネクタイ、Yシャツに袖を通した自分達を呼び出した当の委員会達は、今も姿を見せていなかった。衣服を整えるフリをし、胸ポケットに潜ませた小型デバイスのスイッチを押し続け可変符号化させたコードを数度作り出す。サーティーンはすぐさま反応し、『問題無し』と回答される。

 ─────少なくとも誘い出された訳ではなさそうだ。

「セカンド、フォース、シックスは現場指揮と技術提供の為辞退。すんなりと受け入れられたのは、些か驚きでした。しかし、私達を呼び出したという事は恐らく─────特務。しかもジャバウォック」

「ここに来て討伐任務なんて。戦力を削ろうとしているとしか、」

「フィフス。滅多な事を言うべきではありません。彼らは、私達の道行きを見守る為に、私達に討伐の場を提供してくれるのです。それに我々は外部の他府との繋がりを持てる数少ない大使、よって私達は」

 サードによる弁明に感謝しながら辺りを見渡す。スーツ姿が多く散見されながらも、中にはアカデミックドレス姿、さながら学徒と呼ぶべき人間達が右往左往していた。そして広場の一角、スーツと学徒の数人が丸い台座へと乗り込めば、即座に手すりが浮き上がり自動的に求める階へと運び込んでくれる。落下防止であるネットが下段より展開される光景は、見方を変えれば天使をも彷彿とさせる。

 そして見上げていたステップ、無軌道エレベーターとは別のエレベーターより声が降り注ぐ。

 上から降りてくる男性と女性。自分達とは住む世界が違うと暗に告げる姿に目元を細めた。

「急な呼び出しに従って貰い申し訳ない。戦艦の改築作業、委員会の手を借りずに事足りているかい?」

「はい、問題ありません。あなた達には多くの恩恵、物資や食糧を受け取っているのです。これ以上、あなた達に手間を煩わせる訳にはいきません。そしてこちらこそ申し訳ありません、参上可能だったのは私達二名のみ。私達だけで事足りるでしょうか」

 恭しく対応するサードと共に、軽く頭を下げると男性も女性も朗らかな面持ちとなる。

「ええ、あなた方二人で十分な任務です。単刀直入に言い渡しますと、あなた方が通過すると想定された順路上に接近禁忌種のジャバウォックが往来しているとの事です。第三候補の道でしたが、お受けして頂けるでしょうか?」

 第三候補?冗談ではない─────口を衝いてしまいそうになった瞬間。

「可能です。謹んでお受けさせて頂きます。付きましては、期限は今日までで宜しいですか?」

「話が早くて助かる。件のジャバウォックは学府に対して半径20キロ圏内侵入可能性が10%もあるのだ。早々に出立して、討伐を完遂して貰いたい。期限は今日ないし明日でも構わない。そして、君達を呼び出した理由はもう一つある─────」

 台座から一切降りる姿勢を取らず、一度として同じ目線になる事もなく男性は命令を続ける。

「君達の教官の自決事件に付いてだ。現場も司法解剖の結果も、皆等しく自決を指し示している。動機は現在の所不明だが、君達が帰還する頃には何かしらの結果が発表される事となるだろう。それまでは無闇に憶測や仮定の話は静止するよう、団員達に対して指示を願いたい。─────教官の墓前に良い報告を出来るように。任務の吉報と武運を祈っておく、私からは以上だ」

 やはり、釘を刺しに来たと悟る。

 最後まで男女が去るのを眺め、横目で確認を終える。そして逃げる様に塔一階から辞した。




 自分達が駆る戦艦とは似ても似つかない装甲車を運転し、現場を目指していた。意外と運転とは悪いものではなかった。試しにトランスミッションを操作しギアを一段階上げれば速度も呼応して、一段階上の世界へと連れ去ってくれる。エンジンによる突き上げが減少し、乗り心地も好ましい方へ振ってくれた。

「こちら『聖杯』。サードからフィフスへ告げる。何か見えるものはありますか?」

「こちらフィフス。今の所は何も無い。ただ今日は砂塵があまり巻き上がっていない、対象に接近して降車すれば肉眼でも視認可能な筈だ」

「流石ですね。冷静なあなたは頼もしい。視認時、戦闘時も必ずスピーカーを起動し続ける様に。以上」

 サードからの通信が一時的に途切れる。遠方よりサポートを受け持つのがサード隊。結果的にデモンストレーションの一環と成った事に感謝し、自分はアクセルを強く踏み続ける。

 実際、窓ガラスを叩く砂塵は少なく空を覆う粉塵にさえ目を瞑れば、自分達ならば野営すら可能な環境と呼べる程だった。即座に星体兵器が持ち出せたのは自分を含め二人。観測者サーティーンだった。

「サーティーン、そちらから対象は見えたか?」

「‥‥朧げながらジャバウォックを一体確認出来ました。しかし、あれは目的の接近禁忌種ではありません。放置しても問題無いと判断しますが、如何致しましょうか?」

「放置して戻った場合、また任務として駆り出される可能性がある。目的の禁忌種も、この辺りの筈なんだ。まとめて討伐したい。サーティーン、星体兵器の駆動を始めてくれ。アンプルの準備も」

 了解と発したサーティーンはルーフの観測塔から装甲車後方へと歩み、乗組員のように収められた身の丈にも届く銃身に視線を移す。警府の空挺艦二隻を十分で墜落させ、教府の部隊の二割を直ちに戦闘不能に落とした兵器。

 星の熱量、生命の循環を模倣した武装の威力は生物の絶滅すら可能と目算されているらしい。

「これより戦闘行動に移る。サード、サポート頼む」

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