はだかの服

 真夜中の街を歩く。闇と風が体を撫でてゆき、昼間の鬱屈が流れ飛んでいく。

 ああ、全裸って、素晴らしいなぁ。

 歌い出したいような気持ちは、街灯の下に人がいて霧散した。咄嗟に背を向け、

「待ちなさい」

 その声は、夜中に変質者に出会ったにしては穏やかで、優しかった。

 だから、丸い眼鏡をかけたそのおじさんに「ついてきなさい」と言われて素直に従った。

「そこに立って」

 僕は部屋の真ん中に立ち、おじさんはメジャーで僕の体を測った。そして隣の部屋からシャツとズボンを持ってきて作業机に向かった。おじさんの所作はとても洗練されていた。

「ずっと眼鏡をかけているとね、眼鏡をかけていることを忘れる時がある。頭が、それが自然なことだと錯覚するんだろうね。私は服でも同じことが起こると思った」

 おじさんは僕に服を差し出した。

「まずは三日、何があっても着続けること」

「すると、どうなるの?」

「服が消えるよ」

 僕はその服を着て帰り、そのまま三日間着たまま過ごした。

 そして、

「おじさん、すごいよ! 着てるのに。確かにあるのに! か、風だって感じて」

 まくし立てる僕の前で、おじさんはただ微笑んでいた。

 僕はそれから昼夜関係なく、その服を着たまま全裸で歩いた。最高の時間だった。

 でも三か月ほど経って、僕はもう一度おじさんの店を訪れた。

「おじさん、この服はすごいよ。でも」

「全裸ではない」

 おじさんは微笑んでいた。僕は後悔した。

「この服を作ったとき、私は全能感に満ち溢れていた。何人もの全裸者に服を渡し、傲慢にも彼らがこの社会の中で生きていけると信じた。だがダメだった。しかし私はこの服を捨てられず、そして、また繰り返した」

 おじさんは僕の前から去り、父の跡を継いだ僕は街に行くこともなくなった。

 そんなことを思い出していた。

 建国百年を祝うパレードのための服の入札で、私は今、王として服屋の話を聞いている。

 目の前の男は恭しく両手を掲げ、目玉をグルグル廻して叫んだ。

「これは、バカには見えない服でございます!」

 私はわざと即座に応じた。

「ほう! なかなか良い服だな。大臣」

「た、確かに! 素晴らしい服でございます」

 予想通りの回答に暗澹たる気持ちになったが、強権を用いて政をしてきたことにも責がある。

 しかし。

 これであの思い出に決着できるのではないか? そんな直感があった。

 祭りの日、私はその服を着て、全裸で立っていた。

 懐かしい風が、体を撫でていった。だが、ただそれだけだった。

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