第39話 勝負の世界は残酷だ

「やっと見つけましたわ!あれから何日経ってると思っているのですか!」


「そもそも説明することないし。前も言ったが楠木とは遊び仲間だ」


 あと声量落としてくれない?寝不足の頭に響く。


「嘘ですわ!今楠木さんの家からそちらの女性と出てきたでしょう⁉︎一体何をしていたんですか⁉︎」


「ゲームしてただけだ」


「もしそうだとしても嫁入り前の女性と一晩同じ屋根の下で過ごすなんてハレンチですわ!」


「それに関しては反論できんな」


 そういや楠木の家に泊まったのは初めてか。そう思いつつ帰ることも出来ずに騒ぐお嬢(笑)の相手をしていた。


「ねえ、うるさいんだけど。ウチの前で騒ぐのはやめてくれない?」


 流石にうるさかったのかしばらくして楠木が家から出てきた。確かに近所迷惑だったな。


「すまん」


「も、申し訳ありません」


 素直に謝ると楠木は溜め息を吐いた。


「とりあえず続きは家の中でやって」






 結局また楠木家のリビングに戻ってきてしまった。眠気覚ましにコーヒーを人数分淹れる。


「それで?もう説明するようなこともないんだけど何を聞きたいんだ?」


 コーヒーを飲みながらそう問いかけるとお嬢(笑)はコーヒーの苦さに顔を顰めつつ言った。


「まず確認なのですけどあなたは月読蓮夜さんで合っています?かつて痴漢したとして捕まったことがある。……あとお砂糖とミルクをいただけません?」


「……またそれか。そうだよ、俺はその月読蓮夜だ。砂糖とミルクは楠木に聞け」


「ほら、勝手に使いなさい」


 過去は消えることはないし、どこまでも追ってくる。冤罪とは言え俺はいつまで経っても痴漢だと言われ続けるのだろう。いっそ誰も俺のことを知らないとこまで行くのもありか?


 この国は疑わしきは罰せずとか言って基本的には証拠がなければ逮捕しないけど、痴漢に関しては証拠がなくても捕まえる。いろいろと歪だよな。


「それで?犯罪者は楠木に近づくなって言いたいのか?」


 そう自嘲気味に言ってやると意外なことに否定してきた。


「私の言い方が悪かったですわね。謝ります。冤罪なのでしょう?そこに関しては思うところはありません」


「ん?犯罪者だから楠木になんかしたと思ってたんじゃないのか?」


「そうではありません。あなたの境遇には同情します。ですがあなたはなぜ疑いが晴れたのにサッカーから離れたままなのですか?」


「そっちか…。それも何度も言われてきたな。答えは単純、やる気がなくなったからだ」


 それが楠木と何の関係があるかは知らないが。


「軽く調べさせていただきましたが、あなたは当時全国でも注目されていた選手です!それなのになぜそう簡単に投げ出してしまうのですか⁉︎あなたに憧れた者達や力及ばす負けていった者達が大勢いるのですよ⁉︎そういった方々の期待や無念を背負うのが強者の義務です!」


 俺の脳裏に自分の欲しかったものを簡単に捨てるなと叫んだ佐々木の顔が思い浮かぶ。だがはっきり言って俺以上の選手などいくらでもいる。それに


「得意だからといってやり続けなければならない義務はないだろう?」


「そう言って楠木さんを誑かしたんですわね⁉︎以前の彼女は学力は学年一位のうえ、多くの習い事で賞を取るような方だったんですわよ!それなのに今の彼女は学年一位から転落し、習い事はすべて辞めてしまっています!彼女の築き上げてきたものを台無しにするのはやめてください!」


 そう叫び、肩で息をする彼女は本気で楠木のことを思っているようだ。今まで適当に相手をしていたのは申し訳なかったな。というか思ってたより楠木が高スペックだった。


「言いたい事は分かったが、楠木が習い事を辞めたのは俺と出会う前だぞ」


「そうね、辞めたのはお兄さんと出会う前よ」


「嘘ですわ!ならばなぜ結果を残していたものを辞めるんですの⁉︎あなたは私の憧れでした!いつかあなたと並び立ち、切磋琢磨するのを目標にしていましたのに!」


 興奮するお嬢に対して楠木は冷静だ。


「なぜって言われても好きでやってたわけじゃないし」


「……なぜそれで結果を残せますの?」


「別に好きでもないことでもやり続けていればある程度の実力はつくものよ。私は小さい頃からやってたから年季は長いし」


「年季だけで他の努力していたであろう人達を凌駕するなんて……やはり才能ですか…」


「才能?」


 今まで飄々としていた楠木だが今の言い方に思うことがあるのか雰囲気が変わった。


「私が努力しなかったとでも思っているの?そもそも私には大した才能なんてないわよ」


「えっ?」


 そう言った楠木からは怒りが滲み出ている。


「確かに好きで始めたことではないけれどこれでも真面目に取り組んでたのよ!両親に褒めて貰いたくてね!習い事をさせるだけさせて放置気味な両親の気を引こうと小さな頃から毎日毎日努力して、それでも辛うじて入選するくらいしかできない!そしてトップになった訳でもないから両親は褒めてもくれない!」


 そこまで叫んで息が切れたのか楠木は肩で息をしている。少しして一度大きく息をすると落ち着いたのかいつもの調子に戻った。


「両親に認めてもらいたくて頑張っていたのに両親はもういない。両親に褒めてもらうことだけが目的だったのにもう永遠に叶わない。それなら続ける意味もないでしょう?」


 結局一度も褒めてくれたことはなかったわと呟く楠木はどことなく寂しそうだ。






 勝負の世界は残酷だ。たとえどんな事情があり、どんな覚悟を持っていたとしてもそれだけで勝敗は変わらない。


 結果を残す為には少しでも努力を重ねるべきなのだろうが、そうなると例え好きで始めたことでも楽しいと感じるだけでなく苦痛を感じることもある。ましてやトップを目指すなら苦痛を感じることのほうが多くなるかもしれない。


 もちろんそこまでして成し遂げたいこともあるだろうし、達成感や充実感を感じることもあるだろう。


 だが如何なる事情があろうとも敗北すれば無に帰する。そんな世界で目的もなく勝負し続けることが出来る者はあまりいない。




 大抵の人はトップを目指さずほどほどで妥協したり、結果を気にせず楽しんだり、勝負の世界から去って行くのだろう。俺達のように。

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