第2話 朧げな記憶の中で

 ――『スタードレス』という特異体質がある。


 体内にある莫大な魔力が溢れ出て、体外に放出される。

 それは星屑やオーロラのように美しい光彩を放ち、身体を彩る。

 だからついた名前が『スタードレス』。

 そして聖女テレサ様はまさにその体質を生来持って生まれて来た人間の一人だった。

 

『スタードレス』の影響は主に髪に現れている。

 桜色の髪は先端に行くほど美しい青蒼色へと輝いている。

 魔力の影響はその瞳にも表れていて、普段は海のように深い青い色をしている瞳は魔力を使うと空色に変わる。

 テレサ様は小柄な体躯をしている。

 ともすれば童子に間違われてしまうほどに小さく、そして華奢。

 折れそうなほどに諸そうな細い手足。

 栄養失調ではないかと心配になりそうだが、しかしそんな身体に反しその胸は豊満の一言に尽きる。

 純白の真珠のように輝くその滑らかな肌。

 その隆起した山はとても大ききかった。

 肌が白いからこそ、その頂点の淡い色彩が目を引く。

 美しい、まるで芸術品のような完成された肉体だ。


 しかし、俺は何故彼女の肉体に付いてそんな詳しく語る事が出来るのか。

 答えは簡単である。


 とうの本人が、素っ裸で隣ですうすうと寝息を立てているからである。


「……」


 だらだらと冷や汗、脂汗が流れる。

 え、いや。

 どうして?

 なんでこんな事になったの?

 頭ががんがん響くが、それでも何とかして昨日の事を思い出そうとする。

 そう、そうだ。

 昨日、俺はテレサ様の晩酌に付き合ったんだ。

 それで――


『はっはー、クロード! 何か面白い事をしなさい!』

『はっ! えーっと、えー』

『判断が遅い! きゃははっ』

『も、申し訳ありませんっ』

『罰として服を脱ぎなさい服を。全裸になって私を楽しませるのです!』

『わ、分かりましたっ』


 ……本当にこんな事あったっけ?

 しかしその記憶は生々しいほどに俺の頭に残っている。

 え、えーっと。

 そうだ、俺はテレサ様に服を脱ぐ事を命令されて、それで――


『きゃはっ、クロード貴方、やはり良い肉体をしているじゃないですか!』

『はっ、ありがとうございます』

『じゃあ、面白い事をしなさい』

『はっ――は?』

『判断が遅いですねー、それでも聖騎士ですかっ』

『す、すみません!』

『まったくもう、聖騎士団の連中はちゃんと騎士達に教育を施しているのでしょうか。咄嗟に私を楽しませられるようなギャグを一つも言えないなんて、まったくもう!』


 ……テレサ様が執拗に笑わせようとしてきた事を思い出した。

 ていうかテレサ様、「きゃはは」みたいに笑うのか。

 なんか、全然イメージと違うぞ。

 いや、酒が入っているのにイメージもクソもないか。

 え、えーっと。

 その後、どうなったのだっけ……?


『こ、このっ。調子に乗りやがって分からせてやるっ』

『きゃんっ』


「……」


 なんか、記憶が飛んだ。

 だけど一番大切なところを思い出した。

 そ、そうだ。

 俺、あの後酒の勢いでテレサ様に――


「…………」


 や、ヤバすぎる。

 聖騎士の癖に酒に溺れるとか言語道断だし、それ以上に護衛対象の聖女様に手を出してしまうとか。

 聖騎士団を出る際に騎士団長が言った言葉を思い出す。


『もし、お前がなんらかの間違いで聖女様に手を出したら』

『だ、出したら?』

『聖女様にぶっ殺されるだろうな』


「………………」


 や、やべー。

 俺もテレサ様の正気じゃなかったとは言え、ヤバい。

 調子に乗り過ぎた。

 まさか彼女が産まれてからずっと守り切って来た大切なモノをがっつり奪ってしまうとか不敬どころの騒ぎではない。

 これ、楽に死ねないんじゃないか?

 いや、下手すると死ねないかもしれない。

 永遠に拷問を受ける、とか――


「ん、んん……」


 と。

 そこで。

 テレサ様が身じろぎをする。

 それを見、俺はびくりと身体を震わせる。

 や、ヤバい。

 目を覚ましそうだ。

 どうしよう、土下座するべきだろうか。

 いや、この場合はむしろ土下寝レベルの謝罪が必要なのではないか――


「ん……」


 そんな混乱の最中、彼女はむくりと眼を覚ます。

 ぷるん、と豊満な胸が揺れる。

 そして眠気眼が俺を捉えた。


「ふ、ふふ」


 ふにゃり。

 彼女はまさに聖女のような微笑みを浮かべた。


「おはよ、クロード」

「お、おはようございます、テレサ様」

「もう、クロードったら」


 少し頬をぽくっと膨らませ、彼女は少し拗ねたように言う。


「昨日みたいに、テレサって呼び捨てでも良いのに」

「へ、え?」

「それとも、ご主人様って私から言った方が、良いですか?」


 どうした!

 なんか聖女様の様子がおかしいぞ!?


「て、テレサ様……!?」

「ねえ、ご主人様ぁ」


 テレサ様は猫なで声で俺に呼び掛ける。


「私、テレサの事。これからも愛してくれますか……?」

「……っ」


 マジで昨日何があったっ!!!!

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