第7話 塔の守人

 必ずしも、誰かを侮辱する、という言葉ではない。とはいえ、概ね良くない意味の言葉である。

 隊商内で仲間同士で処理する際に、下になって受け入れる者が「オンナ」と呼ばれる。通常、仲間同士で性欲の処理をする際には手や股を使うことの方が圧倒的に多い。身体の中に精を受け入れる者は、変わっている、と見られる。他の者と区別する為に、陰でこう呼ばれていた。


「抜きますよ」

 初めての行為に呆けていると、声が掛けられた。

「はい」

 サシェナが身体を引き始めると、一杯に広げられていた後孔が、追い駆けるように窄まって行く。腹の奥がへたる気持ち悪さに瞼を固く閉じる。

「ぅ、ン!」

 亀頭が孔口を通る際に声が漏れた。

 身体が離れて、解放感に息を吐く。

「よく頑張りました」

 声を掛けられて、脚の間のサシェナを見遣る。

 念願かなって、だろう上機嫌な様子に、安堵する。同時に、苛立ちと、僅かな軽蔑を覚える。

「き、もち良かったです、か?」

 はしたない質問をした。淫靡に思われるかも、と問うことを躊躇ったが、訊かずにはいられなかった。

 気持ち良かった、と気に入られたなら相手をする回数は多くなるだろうし、気に入られなければ、どうしようもない時に限られるだろう。

 違和感で苦しいばかりの行為だった。サシェナは射精の快感は得られただろうが、それだけに違いない。所詮は、疑似行為だ。女性の身体とは違う。サシェナとてそれが分かっているから、射精直前に身体を繋げたのだ。

 塔の守人を性的に自由にする、という目的は達したのだから、それに満足して、これきりにしてもらえないだろうか――流石に、塔を連れ出してくれたことに対して支払う対価としては安過ぎるか。

 そんなことが脳裏を埋めていた。

「はい。とても」

 サシェナは晴れやかに答えた。溶けるような表情だった。

「素晴らしい経験をしました」

 耳と目を疑った。

「けれど、あなたは気持ち良くなかったでしょう」

 サシェナの手が、ずっと膝を抱えたままだった私の手に触れ、役目を解いた。

 胸の上に抱えているに近い状態だった膝が、大きく割られて、最初に横たえられた時のように、覆い被さられる。

「今の行為に性的快感まで加えたら、あなたには刺激が強過ぎると思って。あなたの身体には極力触らないようにしましたから」

 何を言われているのか、これからサシェナが私に何をしようとしているのか、理解したくなかった。

「今度は気持ちよくなりましょう」

 無意識に背けた顔で、横目に見遣ると、向けられている微笑に、充分な欲が湛えられている。射精して間もないというのに。しかも二度も出したのに!

 襯衣《シャツ》の襟元の釦が外されて行く。

 襯衣の釦が二つほど外された所で、その手が背中に回った。腰を撫でて、肌着の下へと潜り込んで来る。そのまま肩の方へと引き上げられる。

「何をするのですか?」

「悪いことです」

 確かめることも恐ろしかったが、確かめないでいることも恐ろしく、問うと想像通りの答えが返って来た。

 背中から前に戻って来た手が、腹を撫で、胸を撫でる。襯衣の後見頃が肩近くまで上げられている所為で、前見頃も簡単に上がり、平らな胸を露わにする。

「今、しました」

 私は、胸を擦る手を掴んだ。

「えぇ。僕は大変気持ち良かったですが、あなたは辛いばかりだったでしょう?」

「私は、それで。構いませんので、もう……」

 したくない。しないで欲しい。

 胸の上の手を外したいと思っているのに、上手くいかない。

 一本の指が動いて、胸の上の一際柔らかな場所を掻く。淡く痺れた。サシェナの手を掴む手が震える。

「気持ち良いでしょう?」

 まさか、と首を振る。

「あなた初心だから。未だ分からないのですね。こういうのを「気持ち良い」と言うのです」

 サシェナが楽し気に、乳首を何度も掻いて来る。その度に妙な感じがした。最初は形など無いようだったそこが、膨らんで来ているような気がして、怖い。

「ほら。もっと触って欲しい、と頭をもたげて来ましたよ」

「嘘です!」

 そんな筈ない、と言えば、サシェナは、くすくす、と笑う。

「強ち嘘でもないかも知れませんよ。友人の医師が言うには、乳首が立つのは乳児に乳を吸わせる為なのだそうです」

「私は男です」

 乳児に乳を吸わせる日など来る筈がない。

「その理屈なら、男に乳首は必要ないでしょう? ここからは僕の想像ですが……人間は性別が出来る前には“どちらでもある”のかも知れません」

「男になるか、女になるか、分からないから取り敢えず付いている、と?」

 「そう」と言ってサシェナは頭を下げた。渇いて硬い指先に虐められていた乳首が、温かく、柔らかで、滑るものに包まれる。

「やぁ!」

 生まれて初めて覚えた感覚に、サシェナの手を掴んでいた手を咄嗟に離してしまった。完全に自由を与えてしまった。

 片方の乳首は舌の、片方の乳首は指先の、玩具になる。

「や、止めて下さい。恥ずかしい」

 男の乳首に吸いつくなんて! サシェナの身体に触れるのも恐ろしく思えて、抗議の声を上げる以外に何も出来なくなった。

「可愛いです」

 遊ばれ過ぎて痛みを覚え始めた頃、乳首に弱い力で歯が立てられた。少し引っ張りながらサシェナの顔が、胸から離れる。やっと終わったのか、と思ったら、舌と指の場所が交代しただけだった。

 それから、身体中、弄《まさぐ》られ、舐められ、吸われ、時には歯を立てられた。

 玩ばれながら、被食者とはこのような気持ちか、と思った。


「あ」

 サシェナに、彼の言う所の「気持ち良い」感覚を与えられる、緊張が長く続いて、酷く草臥れていた。口唇も、手も、僅かに震えて、色々堪えることが難しい。

「あ」

 何時頃からか、サシェナの手が私の陰茎に触れるようになっていた。最初は触れるだけそれから軽く握られるようになり、離れる際に撫でられるようになり。今は、握っているとも言えない触れ方で、ゆっくりと擦られている。

「あ」

 男なので、こればかりは「気持ち良い」と言わざるを得ない。

 柔い触り方に焦れて、手を伸ばすが、途中で止められる……陰茎に触れていた手で、伸ばした手を掴まれた。その手を、顔の横に戻される。二度目である。

「サシェナさまぁ」

 情けない、涙声で、私の状態を察してくれはしないか、と声を上げる。

 しかし、返事はない。サシェナは、私の身体から力が抜け、しどけなく声を上げるようになってから、喋らなくなった。

 呆れられているのか、と思えば胆が冷えるが、どうしようもない。

 緩い刺激に勃ち上がり切らない、陰茎をどうにかしたい。

「あ」

 サシェナの手が戻って来た。

 知らない間に脚の間から出て隣に座っているサシェナが、顔を覗き込んで来る。陰茎が少ししっかりと握られて、期待に、その顔を見上げる。

 先端が躙られた。

「ひあ!」

 強い快感が走って、勃起が進む。

 扱く力は相変わらず力強いものではないが、先を、ぐりぐり、と弄られると一気に陰茎に血が集まって来る。

「あっ」

 腰が、私の茫とした頭でも、揺れるのが知れた。

 緩く立てていた膝が倒され、隣で横向きに腰を落として座っていたサシェナが、ほぼ横になり、腰を合わせて来る。並んで向かい合わせに寝て、腰を合わせている格好だ。

 今度は何をされるのだろう、と待っていると互いの陰茎が合わさった。

「あ」

 添った二本を一纏めに掴まれる。

 手が、確りと動き始める。

「っん、ん」

 確かに扱かれて、喉が塞がる。

 下口唇を噛んで快感に耐えていると、接吻けられた。合わさった口唇の間に顔を出した舌が、擽るように口唇を舐めて来る。口を開かなければ、と思うけれど、下肢の刺激が強くて、出来そうもない。

 ちゅ、と音を立てて口唇が離れた。

「腰を動かして」

 「こう」とサシェナは彼の腰を動かした。手とは違う感触が、長く、引くように擦れて行く。

「はぁ、ん」

「無理しなくていいですから」

 「しなくていい」と言われたのだから、冷静な時になら、このような淫乱な行為をしようなどと、考えてみることもないのだけれど、今の私は、快楽に浮かされていた。

 恐る恐る、サシェナのしたように、腰を動かしてみる。

「あ……」

 己から求めて得た快感は、与えられるものとは違っていた。どのように、とは説明出来ない。

「上手です」

 サシェナはそう言うけれど、本当は、拙い動きにしかなっていないだろう。それでも裏筋が上手い具合に擦れると、強く、感じる。

 蜜を溢れさせる尖端を、拭おうとしたのか、虐めようとしたのか。サシェナの指が先に触れた。張り詰めていた私の性器から精が、しゅ、と走り出た。

「ぅ、ん――っ」

 塔に籠っていた年数引く“一年”か“二年”振りの射精だった。

 放った精液が私の陰茎をしとどに濡らして行くのは、サシェナの大きな手が被っているからだ。イかされたのだということに気付いたのは、後になってからのことだった。

 完全に忘れていた吐精の快感に、酩酊状態に陥り、暫く意識がなかった。

 気付くと、サシェナが砂で手を拭いていた。

 砂の付いた手を丹念に払い、私に向き直る。横になったままの私の身体を上向きに直し三度、脚の間に入って来た。

「僕のをお願いします」

 膝裏を押し上げられて、そちらに視線を遣った。丁度、サシェナの股間、性器が視界に入った。思わず、身体を引いた。大きくて、赤黒くて、如何にも凶器らしい形のものが筋を浮かせて反り立っている。怖い!

 その先が私の尻の陰に消えるのと、孔口に重い質感のものが触れるのとが、ほぼ同時だった。

「ぃゃぁ」

 口唇が戦慄き、己のものとは思えない、細い声が漏れた。

 サシェナはお構いなしに進んで来るし、私の後孔は、然したる苦も無くそれを飲み込んだ。

 最初と同様に、サシェナは何度かの抜き差しで、私の中に精を撒いた。

(二回も出されてしまった)

 憔悴し切った頭で、そんなことを思った。

「気持ち良い」

 射精後に、私の首筋に顔を埋めたサシェナが、憎たらしいことを呟いている。

 私も久方振りの射精は確かに気持ち良かったが、そのことも含めて、心身ともに、くたくた、だ。

 早く身体の繋がりを解いて欲しい、とただ願う。

「あの」

「何でしょう」

 中々離れてくれないサシェナに声を掛けると、眠た気な声音が返って来た。

「あの。寝るなら」

 そっと肩を押すと、首筋に鼻面が押し付けられる。

「寝ません。あなたの中が気持ち良いので、感じ入っていました」

 このまま居たいです、と言い出しそうな雰囲気に、私はサシェナの肩を押す手に力を込めた。

「でも、もう」

 言えば、サシェナは意外と簡単に身体を離してくれた。

「何をするんですか!」

 サシェナの陰茎の抜けた孔に、入れ替わりに指が挿し入れられた。恐らく二本。

「中に感じる所があるのです」

「は?」

 意味が分からない、という風な声を上げてしまったが、そのことなら聞いたことがある気がする。

「ついでなので探しておきましょう」

「結構です」

「射精とはまた別の、とても強い快感が得られるそうですよ」

「わ、私は、そのようなことは知らなくて構、い、ません」

 むしろ、知りたくない。

「なか、を、ぐ、りぐり、しないで。くだ、さいっ」

 不意のことに、身体が強張る。身体に力が入れば、指の存在をより感じてしまって、強い異物感に苛まれる悪循環に陥ると、もう知っているのに、どうにもならない。

「僕はあなたに気持ち良いことを沢山知って欲しいです。それで、悪いことを好きになって下さい」

「ヒッ――!」

 何処か、などと知りようはないが、突然、強い快感が身体の中を走った。

「あ、ここか」

 暢気な声が聞こえる。

「や。いや」

 おかしな感じのする一点だけを責めて来る、指を後孔が締め付けてしまう。そうすれば当然、中にあるサシェナの二回分の精液が溢れ出る。

 尻の狭間がどうなっているかなど、想像もしたくないのだ。

「こういうのも『絶景』と言うのでしょうか」

「し、らなぁ……や、ぁ」


 この後、私がどうなったかは――筆舌に尽くし難し――とだけ記しておく。


 腹の中に、三度目のサシェナの射精を受け入れた後、私は気を失うように眠ってしまった。



     ◎   ◎   ◎



「起きて下さい」

 重い、意識が浮上する。

 肩が揺すられている。

「は」

 返事をしようとして、声が出なかった。一音だけ出た声も「は」ではなく「が」に聞こえたかも知れない。

 首の下に手を差し入れられ、頭を上げさせられる。

「水を飲んで」

 水筒の固い口が口唇に当てられて、銜えると、口腔に水が広がった。

 砂漠を旅する者の常識で、口腔と喉を潤すだけ水を呑み、息を吐く。

「そろそろ出ましょう」

 告げられた言葉に空を見ると、昼の空色ではなくなっていた。

 身体を起こそうとして、その怠さに、眠る前に何をしていたのかを思い出して、己の姿を確認した。それから周囲を見回す。朝、最初に目が覚めた時と同じである。

 サシェナを見上げると、どうしたのか、という風に首を傾げられた。

「すみません」

 始末の何もかもを、サシェナにさせてしまったようである。

「急いでいるわけではないのですから、構いませんよ」

 謝罪の言葉をどのように受け取ったのか、サシェナは私の意図からは、ずれたことを言った。

「起きられますか?」

「はい」

 答えに深い溜息が混じってしまい、私は咄嗟に口を閉じた。これでは、動くのも億劫だと言っているようなものだ。

「疲れましたか?」

 問うサシェナの声に苦笑が混じっている。

「すみません」

「謝罪を安売りする人ですね」

 屈託のない笑いに、何処となく重かった気持ちが、少し楽になった。


「僕の外套を貸して上げられればいいのですが、大きさ的に無理だと思います」

 言われなくても分かっています――。

「すみません」

 縦も横も、私達は一嵩も二嵩も違う。

「途中寒くなって来たらこれを。無いよりマシ、という程度ですが」

 心持ち厚手の上衣《チュニック》を渡された。少し広げて見ると、膝が隠れる丈がありそうである。サシェナなら尻が隠れるくらいだろうか、と卑屈なことが脳裏を過ぎる。

「ありがとうございます」

 塔を探して、準備して砂漠に乗り込んだサシェナに旅の支度はあるが、私には水筒があるだけだ。魔法陣の出口が、半日程度で町に出られる位置で良かった。

「では、行きましょうか」

 空は、茜色、と言うには少し早い。急ぎでない旅で、この頃合いに発つことは余りないだろう。未だ暑い。

「すみません」

 起こされてから、何度口にしているか分からない謝罪は無視された。

 代わりに、手が差し出される。

「辛くなってきたらすぐに言うのですよ」

「はい」

 私はその手を取った。

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