第7話 アーニャとレオン雨の日の出会い

 彼との出会いは半年前の夕立の雨の中だった。

アーニャはジャズクラブの前を通り過ぎた時、ある店の軒先に、空を見上げてびしょ濡れで立っている彼を見つけた。まるで捨て猫のような情けない姿で、どうしてもそのまま通り過ぎて行くことが出来なかった。

「傘、入ります?」

「ああ。そうだね。それはどうも。」

彼はアーニャから傘をさっさと取り上げると、

「僕が持つから。」

と言った。

彼は一言も口をきかずに歩き続け、坂を登りきった彼の住処へ着くと、

「ちょっと待ってて。」

そういうと、三階の自分の部屋まで駆け上がった。

アーニャは傘をさして置き去りにされたような格好になって、彼を待っていた。彼は傘もささずに部屋から飛び出してくるとこう言った。

「車で家まで送るから。」

「あ?ええ。」

 彼は車のドアを開けてくれた。アーニャはドアの中に体を滑り込ませた。

「ありがとう。私の家はこのすぐ近くだわ。」

ほんの十分足らずでアーニャの借りているアパートの前に到着した。いつ見てもどの角度から見てもみすぼらしいアパートだ。彼は、少しだけそのアパートを見上げてこう言った。

「今日はありがとう。助かったよ。」

「いいえ。私こそ送ってもらっちゃったわ。ありがとう。」

彼は、ひとつ頷くと車に乗り込んだ。そのまま、ふたりは別れた。そういえば、名前も聞かなかった。もう会うこともないだろうと思っていた。

 

 次の日は青空の広がる素晴らしいお天気だった。窓を開けると花の香りが部屋へ飛び込んできた。

 散歩日和だわ。

アーニャは、白いレースのワンピースに着替えて外へ飛び出した。

 ドアを開けると彼がそこに立っていた。

「やぁ。」

「どうして?」

アーニャは尋ねた。

「いや、近くに来たものだから。昨日のお礼がしたくて。」

彼は、アーニャにチューリップの花束を差し出してこう言った。

「それじゃ。ありがとう。」

 彼は瞬く間に立ち去って行った。アーニャはお礼も言えなかった。

 五本のチューリップはそれぞれが違う色で、春の陽だまりを受けて誇らしげに輝いていた。

 アーニャは、たっぷり一週間以上、毎日水を替えてその花を眺めては楽しんだ。その花がいよいよ枯れた時は、春の陽が私の目の前から消えてしまったように感じたものだった。だから、すぐに花を買いに行った。同じようにチューリップの花を。少しだけパンを節約して。貧しいアーニャは花を買う余裕などないのだが、今となっては花の飾られていないこの部屋にいっそう淋しさを感じるようになってしまったから、仕方がないというわけだ。

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