6 暖房に手を突っこんだ

 カーテンを閉め切った室内で、卓上ランプが柔らかくお祖母さんの横顔を照らした。


 私はお祖母さんの周りをあくせく飛び回って、世話を焼いた。


 殺し屋の三枝サエグサさんから出動要請があったのだ。

 お祖父さんと孫娘は先輩守護霊のスグルが見守るから、お祖母さんに新しい守護霊が憑くまで代わりに憑いてくれ、と。


 私は本来なら孫娘である女性の守護霊を続けたかったが、今回は三枝さんの頼みを了承した。

 だって、私が断わったからお祖母さんが不幸な事故に見舞われるなんて夢見が悪い。幽霊は寝ないけど。


 私は家具を浮かせて、お祖母さんの動線を確保した。

 三枝さんからは、他人にポルターガイスト現象を目撃されないように必ず個室でカーテンが閉まっていることを確認して物を動かすようにだとか、お祖母さんが不審がるから手を貸しすぎないようにだとか、口酸っぱく言われた。


 お祖母さんの守護霊として、数日も経つと、知らず知らず情が湧いてしまう。

 お祖母さんと私はそもそも他人だ。けれど、どうしてもお祖母さんの先が案ぜられた。


 それはお祖母さんが常に「モモコちゃん」と私を呼ぶからだ。

 どうやら先日までお祖母さんに憑いていた背後霊の少女の名前らしい。


 もし他の守護霊が憑いたとき、あまりに前の守護霊の名を呼ばれると、自分の仕事が報われた気がせず最悪嫌気が差してしまったりしないだろうか。


 お祖母さんが分厚い藍色のアルバムを本棚から引き抜き、ひらりと開いた。

 お祖母さんの小学校時代の卒業アルバムだという。

 白いワンピースの腕白そうな少女と、丸メガネに丸坊主の少年。


 おそらくこの写真の少女少年は、お祖母さんとお祖父さんだ。二人はそんな時代からの付き合いなのだ。


 お祖母さんは口元に手を当てて、少し後ろめたそうに内緒話をした。


「お祖父さんね、昔から共通のお友だち一人だけには散々のろけ話してたの。

 でも『奥さん』がその場にいる時は、普段はもちろんそうだし、結婚式ですら『愛してる』って一言も言えなかったのね」


 自分のことを『奥さん』なんて。

 突き放した皮肉げな言い方に、私は苦笑した。


 一見朗らかな空気を纏った女性だが、実は辛辣な一面もありそうだった。


 ――私も生きてたら、こんなしたたかで素敵なお祖母さんに、――いやぁ、ならないか。


 お祖母さんははにかみながら、グレーの短髪を撫でつけた。




 老人ホームでお祖母さんに宛がわれた個室はシンプルな造りだった。


 壁に設置された木製の手摺り。医療用ベッドと南向きの窓。テレビ。冷暖房設備。トイレ。手摺り付のお風呂。本棚。貴重品棚。地震に耐えうるよう床に固定されたテーブルと椅子。卓上ランプ。ナースコール用のボタン。


 お祖母さんが一人で暮らす分には、なかなか快適な環境らしかった。


 そして、この老人ホームのスタッフはみんな親切だった。施設長、介護スタッフ、看護師、ソーシャルワーカー、医師、栄養士……みんなと仲が良い。


 なかでも看護師の女性は頻繁にお祖母さんの居室を訪ねてくる気がする。

 それはどうやら、それだけ要介護度が高いとか頻繁に薬が必要とかいうわけではなく、互いに気の合うお喋り相手であるから、らしい。


 今日も看護師の女性が窓辺の椅子に腰かけ、まるで女学生同士のような気安さで雑談に興じていた。


 と、不意に看護師は立ち上がり暖房を起動させた。

 そして、温風の吐き出し口に手を突っこんだ。





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