〈2〉「ポップとは、はじけること。飛び出ること」つまり成仏……?

4 しゃきしゃき歩く!

 墓というのは故人の霊を祀り、あの世の故人とこの世の親族をつなぐ役目を持つとされる。


 葬式は、寿命を終えた故人の冥福を祈り、その遺族が死を受けとめ、別れを実感するための儀式だと言われることが多い。


 現代において、もはや墓は死者を寂しくさせる意味しか持たない。

 そう主張する人々が少なくない時代を迎えた。


 近年、墓地を廃止する法律が制定された。


 現存する故人の墓については、墓終いが推進された。

 これまで存在した故人の墓が撤去され、法制定以降には新たな墓を作らない取り決めがなされた。

 慣習通り火葬は行われるものの、特別墓を立てる慣習は撤廃された。


 葬儀に関しては推奨はされないものの、故人の人生に一区切りを実感するための催しとして行う遺族もまだまだ多い。


 埋め立てられた墓地は、主に生者のための集合住宅となった。




 僕は高校三年の時、命を落とした。死因は窒息。


 最初はおざなりな態度でその経緯いきさつを聞いていた悪友は、最後のほうには爆笑を噛み殺すような、同情するのが先か迷うような顔をした。


 確かに僕は右腕のタトゥーから「寿サタン」を呼び出す過程で事故って、固形化させた麦粒の団子を喉に詰まらせて、うっかり自死してしまったけど、現実と虚構の区別はついている。

 問題ない。今も昔も、生前も死後も、平々凡々な人間だ。


 ちなみに死後は零体として、現世に降りて働いている。


 以前、ある女性の守護霊をしていた。

 彼女は新米教師ながら人望が厚く、生徒から「澪実レミ先生」と呼ばれた。


 しかし彼女は毎晩、人目を忍んで遺書を書いていた。

 僕はあまりにつらそうな彼女をどうにかしてあげたくて、彼女の望み通り死なせてあげた。


 それが僕の大いなる誤解だと知ったときは大ショックだったけれど、今はなんとか立ち直った。


 そして現在、彼女は僕の同僚として守護霊をしている。


「ほら、スグルさん、しゃきしゃき歩く!」


 すっかり教師然として、快活に僕の肩を叩いた澪実さん。

 前髪を撫でつける赤いカチューシャがトレードマークだ。


「その、守護霊がしゃきしゃきしてたら、ちょっと怖い気が……」


 澪実さんは、とある女性の守護霊として、今日も働く気概に溢れている。


 僕は、その女性のお祖父さんに憑りつく守護霊だ。

 僕の見た目は高校生、詰襟学ラン。これは生前に最も思い入れが深かった姿だからだ。


 麗らかなそよ風が舞い込み出した春先。透明な光芒が見渡せる景色を柔らかく照らし出す。


 さて、お祖父さんと孫娘に憑いて、僕たちは老人ホームに来ていた。


 段差が限界まで取り払われたフローリングの廊下。

 その先は、眩しい日が差し込むサンルームが設置された、広い共同ダイニングルーム。

 その奥に入所者の個室が並ぶ。


 清潔感があってアットホームな感じ。


 常勤の看護師さんが出迎えてくれて、ダイニングルームに案内された。


 日当たりのいいテーブルの前、車椅子に腰かけたお祖母さんがいた。


 パーマがかかったグレーカラーの短髪。モアレ柄の派手派手しい服に、温厚そうな微笑み。


 いつも僕はちょっとちぐはぐに感じてしまう。


 あ、いや、僕なんか人様のファッションにケチつけるほど詳しくないけど……。右腕の寿サタンがそう忠告しただけで……あ、いえ嘘です何でもないです。


 お祖父さんたち三人が談笑する姿を、守護霊の僕たちは柱の影から見守る。

 というのも現在お祖母さんに憑いている守護霊が気難しい性格で、少々苦手なのだ。




 お祖父さんと孫娘はお祖母さんを見舞った後、殺し屋に会いに行った。


 殺し屋は三枝サエグサという。実を言うと僕の友人だ。


 仲春となる今も、ファー付きジャンパーを肩に羽織っている。

 ちなみに三枝と、守護霊の澪実さんは面識があるらしい。


 お祖父さんと孫娘は殺し屋に、お祖母さんを安らかに殺してあげてくれ、と依頼した。

 三枝が依頼の詳細が書かれた紙を受け取った。


「そんなの、勝手よっ!」


 澪実さんが憤慨した。

 けれど、僕は疲れ切ったお祖父さんと孫娘を前に何も言えなかった。





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