2 集合体恐怖症なんだよね

 さて、私たちが死んでからそろそろ一年が経つ。

 障子を開けた外は一面の雪化粧だった。


 私含め教員十名、生徒八十名。みんな学校ジャージ姿だ。


 修学旅行で宿泊した旅館にて、私たちは一斉に死んだ。

 旅館の夕食を口にした全員だ。

 旅館の仲居さんに「騒がしい」という理由で毒を盛られ、集団殺害されてしまったのだ。


 困った事にみんな自分の死に納得できず地縛霊になった。


 なかでも私は人一倍、恨みが強かった。

 憧れの高校教師という職を手にした直後に殺害されてしまったからだ。


 教師になって半年と少し。


 生前、教師の仕事は理想通りというわけにはいかず、壁にぶつかることも多かった。

 職場では明朗闊達めいろうかったつな性格でいられたと思うが、家では毎日愚痴を吐いてばかりいた。


 地元の友人からはオンオフ激しいメンヘラだよね、とたまに言われた。そうかなあ、自分的には論理的サバサバ系だと思うけど。


 その真偽はどうであれ、それでも「澪実レミ先生」と自分を慕ってくれる生徒にもっと勉強を教えたかった。


 それから幽霊になって一年。

 地縛霊なので旅館の大広間から一歩も出られないまま。


 正直ぶっちゃけると暇を持て余している。

 本気で、前髪を上げているカチューシャを取ったり着けたり外したりするくらいしか、することがなかった。




 そんな私たちの前に、殺し屋が現れた。彼は一年前、仲居さんに毒を売り渡した張本人だった。


三枝サエグサ」と名乗った。十代後半でも三十代前半でも通用しそうな風貌だ。

 濃いカーキ色のファー付きジャンパーを着こんでいる。


 三枝さんは視える人だった。

 始めに私たちを見渡して一言。


「何でこんなうじゃうじゃいるの? 俺、集合体恐怖症なんだよね。じんましん出そう」


 集合体恐怖症かつ閉所恐怖症かつ動物アレルギーかつ偏食かつ…あと色々、と彼は自らを説明した。


 彼は過去の殺人幇助を忘却の彼方にすっかり押しやっていた。


 先生方を代表して新米教師の私が、かくかくしかじか事情を説明した。


 彼は神妙な顔で「気色悪いし、仕事にも差し支えるから成仏手伝うよ」と申し出た。


 私が率先して、三枝さんとともに、みんなの未練を聴き取った。


 この世の心残り。家族や友人のこと。将来、本当は人間として何になりたかったのか。

 成仏後の進路。天国でゆっくりするか。幽霊学校に通うか。守護霊に就職するか。守護霊になったら何をしたいか。


 話を聴くうちに、生徒たちは自分で自分の未練に整理をつけ、自然に成仏を果たしていった。


「澪実先生、ありがとう……」と涙を浮かべてくれる生徒までいた。


 最後に、大広間の畳の上で教員みんな車座になった。生徒のいない久々の同僚同士の団欒の機会に、それぞれの人生を労い合った。


 そして、みんな成仏し尽くした、――私を除いて。





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