【二巻発売中】怠惰の王子は祖国を捨てる 〜 氷の魔神の凍争記

モノクロウサギ

怠惰の王子は祖国を捨てる

第1話 プロローグ

 戦争というものは、いつだってままならないものであるとルトは思う。

 なにせ大陸屈指の国力と技術力を誇る大国と、比較的資源豊かな土地ぐらいしか特徴のない小国が交戦状態となっているのだ。

 付け加えると、主力を撤退させる為に殿を命じられたルトの部隊の人数は五十三。

 対して強大なる敵の戦力は概算でも一万を越える。絶望的という言葉すら生温い戦力差だ。


「……ハインリヒ。どう思う? 正直に話せ」

「……率直に申し上げますと、どのような形であれ交戦すれば我らの壊滅は必至。殿の役目など果たせる訳がなく。最早降伏するしか道はありますまい、ルト殿下。庶子とは言え殿下は紛れもない王族の一員。大人しく捕虜となれば無体な扱いは受けないでしょう」


 庶子であり継承権六位の第四王子であるルト。そんなほぼ無価値な肩書きしかもたないルトに付き従う、数少ない忠臣の一人であるハインリヒが降伏を奏上する。

 今でこそルトの護衛を勤めるハインリヒであるが、元は軍の高官として国防を担っていた歴戦の兵士。

 かつての上司が政争に負けて連座で左遷されなければ、今でも軍の上層部でその辣腕を振るっていてもおかしくないような人材だ。

 故にこそ、彼の見立ては残酷なまでに正確であった。……まあ、二百倍近い戦力差がある以上正確な見立ても何もなく、余程の敢闘精神に溢れた者でもなければ降伏を提案するだろうが。


「降伏ねぇ……。極めて現実的な意見をありがとう。が、少しばかり希望的観測が過ぎるな。向こうは大陸の二大覇者たる【フロイセル帝国】。んで、こっちの【ランド王国】は他の小国よりマシとはいえ所詮は小国だ。そこの庶子の王子なんて向こうからすりゃ、裕福な平民とさして変わらんだろうよ」

「……それは些かご自分を卑下し過ぎかと」

「事実だろう。ついでに言うなら貶してるのは俺自身じゃなくて俺の血統そのものだよ。あとクソッタレな我が祖国」

「……相変わらずお口が悪いですな殿下」


 王族にあるまじき暴言にハインリヒが苦い表情を浮かべるが、当の本人はケロっとした様子で、己の台詞の重大さを一切気にしていなかった。下手をすれば継承権剥奪の切っ掛けにもなりかねない失言なのにも関わらずだ。

 ……まあ、現在までのルトの人生を振り返えれば、納得したくもなる台詞なのだが。


「百歩譲って、俺の身の上はどうでも良いんだよ。継承権の低い庶子の王族など半分腫物みたいなものだ。陰口等々腹立たしいこともあったが、そこは立場上は仕方ないと理解もしよう。同じように従軍していた兄上殿を救う為に捨て駒になるのも……実際は捨て駒にすらならない無駄死にだが、それすら目をつぶろう」

「殿下……」


 ルトのあまりにも物分りが良過ぎる台詞に、思わずハインリヒは目を覆った。

 ルトの年齢は十五であり、社会的に見れば成人しているとはいえまだまだ若い。老いたハインリヒからすれば孫のような少年が、己の不遇な立場を受け入れてしまっているのは実に不憫であった。


「……だが、だがだ。俺の扱いは見逃せても、この現状は見逃せない。馬鹿なのかうちの国は!? 相手は帝国だぞ!? 国力、戦力、技術力すら遥か上の超大国だ! 何でそんな化け物国家と戦争する羽目になってんだ!? 上層部全員頭沸いてるんじゃないのか!?」

「殿下……」


 そして続いた暴言に、ハインリヒは先程とは違った意味で目を覆った。……そうなのだ。不遇な立場で育った筈のルトであるが、どういう訳か彼は恐ろしい程に図太いのだ。

 政治や社交の場で爪弾きにされても『むしろ楽。逆に構うな面倒くさい』と堂々と言い放ち、気に入らないことがあれば公の場では『一昨日来やがれ馬鹿野郎』を最大限修飾した暴言を。

 非公式の場では端的に『馬鹿』や『阿呆』とのたまう大胆不敵な性格をしているのである。

 一応、最低限はパワーバランスを考慮した言動をとっているが、それでも周囲からの評判が良い訳がなく。

 その怠惰な性格故に王族として最低限の仕事のみしかこなさぬことも相まって、影で【無能王子】と呼ばれているのである

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