七星紀伝・公爵令嬢はとある職業に転職しました。

神楽 とも

 玉座に座る父王からの宣言に、王女ファルティナは凍りつき、我が耳を疑う。

 にこやかに笑う父王・アルフレードの目には、一片の同情もない。

「冗談ですよね?父上。」

「その手の冗談を父が嫌っていることは、お前がよく知っているだろう?」

なあ、ファルティナと呼びかけられても、声が出ない。助けを求めて、左右に控える二人の叔父、リムス公爵・オーウェルとサイスト公爵・ヴィルフォードを見るが、父と同じく目が笑っていない。

「もう一度、命じる。我が娘にして、シュレイセ王国第一王女ファルティナ・レノ・シュレイセ。出奔したサイスト公爵令嬢・レティア・セノ・サイストを探し出せ。それが叶わぬ間、帰国は許さん。援助もない。一切認めぬ。」

 有無を言わせぬ王の命令に、一人の侯爵が反論しているが、ファルティナには関係なく、物事は進む。

 父王の命令を受け、あっという間に取り囲んだ騎士達に抱えられ、国境まで連れて行かれると、そのまま本当に放り出された。

 せめてもの情けなのか、三ヶ月分の、ごく一般的な額の旅費・金貨3枚を隊長から渡されて、終わりだった。

「ち……父上ぇぇぇぇっー!!」

 ファルティナの絶叫が国境の森に響き渡り、止まっていた鳥達が驚いて、一斉に飛び去っていった。


「よろしいのですか?」

 ファルティナが荷物よろしく、王の間から引き摺り出されて、運ばれて行ったのを見届け、私室へ下がるアルフレードを柱の影から呼び止めたのは、出奔したはずの公爵令嬢にして、姪のレティア。

 明るい金色の髪を首元で束ね、くすんだ茶色のフードコートを羽織り、黒のジャケットにシャツ、ズボンという姿は令嬢というよりも、ごく普通の平民に見える。

「構わん。あれでも分からんだろうからな。己が何をしたのか分かれば良いが。」

「無理ですね。」

 同情も何もなく、レティアはアルフレードの願望を一刀両断に切り捨てた。

「分かっていれば、王家の金庫を危機に晒すなんて真似、年に4、5回も起こしてません。」

 辛辣な言葉をあっさり言い切るレティアにアルフレードは苦笑するしかない。

 全て事実だ。好き勝手に王宮を飛び出し、あちこちで騒動を引き起こした挙句、他国の貴族子息達まで巻き込んだ一大パーティーを結成し、更なる騒動を起こし続けたファルティナに王女の自覚など皆無。

 王家に生まれた者として、国民に慕われ、敬意を抱かれなくてはならない。

 だというのに、ファルティナはやりたい放題に暴れ回ってくれた。アルフレードにしてみれば、頭の痛い問題で.今回の件で反省を促せれば良いが、レティアの言葉通り、無意味だろう。

頭はそれなりに回るが、王権を握るには、余りにも幼稚で我が儘が過ぎる。

 14歳で国を勝手に飛び出し、パーティーを結成したことは、まだいい。だが、大陸全土に悪名を轟かせることは度を越している。

 お陰で主要メンバーの国元から苦情が殺到し、遂には議会がファルティナの王位継承権剥奪決議を全会一致で可決させる寸前まで行った。

 王として、父として、アルフレードは強い態度を持って、ファルティナのパーティーを強制解散させ、メンバーをそれぞれの国に返し、近衛騎士団を動かして、ファルティナを連れ戻した。

 だが、不貞腐れ、反省の色がない娘にアルフレードは事実上の追放を言い渡し、ほぼ無一文で追い出した。

 戻って来る条件として、ここで控えるサイスト公爵令嬢・レティアを連れ戻すことを命じた。

 ファルティナが起こした数々の問題の後始末を押し付けられ、我慢の限界を超えたレティアが出奔した責任を取れ、という形だ。

 もっともレティアが出奔する理由は若干違う。確かにファルティナの件でキレたのは事実だか、真の理由は別にあった。

「お前はそれで良いのか?レティア。ヴィルフォードは半泣きだったぞ。」

「そうは申されても、私がこのまま残ったら、ファルティナは好き勝手し続けますよ。それに、もう一人もやりかねません。」

 兄上達が留学名目で逃げるのも当然ですよ、と言うレティアにアルフレードは反論の言葉もない。

 王家に近い者で、しっかりとしているのはリムス公爵の長子とサイスト公爵の子らのみ。リムス公爵のオーウェルも次男のことで頭を痛めている。

 レティアの決断は後々のことを考えると、仕方がないことだった。

「すまない、レティア。だが、お前は充分に責務を全うした。これより先は好きに生きよ。」

 散々、苦労させてしまった姪に対する伯父としての願いに、レティアは頭を垂れた。

「では、伯父上。私はこれにて王家を辞させていただきます。リムスの伯父上にもよろしくお伝えください。」

 晴れやか笑顔で、身を翻すレティアをアルフレードは心から安堵した笑みを口元に称え、その幼い背を見送った。

 レティア・セノ・サイスト。この時、わずか15歳。のちに大陸全土に勇名を轟かせる公爵令嬢の出奔は静かなものだった。

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