激変する魔国! 世界よ、我が尻を見よ! 世界解放はここにあり!

 ピーチタイフーンとピアニーの戦いは10分に満たない短時間で終わった。


 それはピアニーが弱いのではなく、むしろ共に似たスタイルであるが故のぶつかり合いの結果だった。防御よりも攻撃。相手の攻撃を避けるというプロセスがない分、激しく体力を削りあった結果だ。


 闘技場の中央でがっちり握手をする二人。その瞬間、ピアニーの部下と【世界解放リベレーション】もまた、手を結んだのだ。魔国の治安組織と魔国を覆そうとするもの。異なる目的の集団が、二人の戦いを通じて和解したのだ。


「皆様、これより妾は【世界解放リベレーション】に与します! 魔王ガルドバに叛意を示します。

 異を示すものは止めません。1日以内に荷物をまとめなさい。自らの身や家族を案ずるのは当然の判断。それを臆病と罵る者こそが、心に悪を飼う者です。

 妾についてくる者は、この場に残りなさい。艱難辛苦が待ち受けているでしょうが、それでも良いと思う戦士はどこにいますか!?」

「「「「「「ここにいます、ピアニー様!!」」」」」


 ピアニーの宣言に、観客の治安組織達全員が声をあげる。その声を待っていた、とばかりの威勢のよさだ。


「私はピアニーを含め、ここで宣言した者を受け入れたいと思う。彼らの決意は本物だと信じたい。

 疑念を抱くことを止めはしない。魔国に虐げられ、恨みある者はあるだろう。それを惰弱だと断ずるつもりはない。その悔しさや恨みで戦った者もいるはずだ。

 私の決定に異がある者はここより去るがいい。道は違えど、仲間。助けの声あればいつでも助けよう。私の決定を認める者は、拳を振り上げよ!」

「問題ない!」

「俺たちはアンタについていく! アンタが認めたなら、同士だ!」


 ピーチタイフーンの宣言に、【世界解放リベレーション】の一同が拳を振り上げる。言われるまでもないとばかりの即決だ。


「なんて器のでけぇ……いや、尻のでけぇエルフだ。感動したべ」


 スマシャは歓声を聞きながら鼻をすする。


「ふん。人を信じるなど愚行よ。ワシのような者がおらねばならんようだな」


 ヴェルニは腕を組み、ニヒルに鼻を鳴らす。


「それでこそ、ピーチタイフーン。某を倒した者なら、そうあるべき」


 デラギアは頷き、高い壁を見るような尊敬の目をピーチタイフーンに向ける。


 離反者はない。皆がレスラー同士の戦いで繋がりあい、心を一つにしたのだ。魔国を解放するという目的で。


 この報は一夜にして魔国全土に伝わった。魔国だけではない。魔国に脅かされる多くの国々も、このことを知った。魔国の治安を納める組織が反旗を示し、魔国に矛を向けたのだと。


 魔国四天王の三名と戦い、これに勝利したエルフ、ピーチタイフーンの偉業を。その強さを、その尻を。その全てが世界全土に伝わっていく。


 それはこの世界に生きる者にとって、希望となった。明日魔物が攻めてくるかもしれないと怯える人々は、身の安全に安堵する。そして突如現れたピーチタイフーンという存在に注目する。


 これにより魔国の勢力は変化した。四天王の強さにより押さえられていた魔物達はここぞとばかりに悪行を行い、魔国内では喧嘩が耐えない状態になる。――という状態にはならなかった。


「金だぁ! 金をよこせぇ!」

「ピアニーなんて偉そうな女がいなくなったんだ! 俺たちの天下だ!」

「捕まっても収容する刑務所もないんだからなぁ! 暴れ放題だぜ!」


 力が力を支配する魔国。治安組織と言う力に過剰な暴力を押さえられていた魔物達は、その抑圧を解放するように暴れだす。血で血を洗い、弱き魔物はその犠牲になっていく。


「そこまでだ!」


 しかし、悪あるところに正義あり。暴れる魔物達はその尻を見るだろう。


「何者だ!?」

「私の名前はピーチタイフーン! 魔国を解放するレスラー!」

「ピ、ピーチタイフーン!? まさか貴様が噂のエルフ!」


 魔物達の視線の先には『Peach♡Typhoon!』とロゴの入ったコスチュームを着たエルフがいた。


 エレクトーンで奏でられるリズミカルな音楽。イントロとAパートで聞くものを高揚させ、Bパートでムーディな低音での流れに変わり、最後に一気に盛り上げる。そんなピーチタイフーンのテーマソングが響く。


「暴力をもって我欲を満たす者よ! 識者の言葉はもはやその心に届かないだろう。ならば貴様らには暴力をもって挑むのみ!」


 いうなり魔物達に向かって突撃し、ヒップアタックで悪の魔物達を蹴散らしていく。


「うわああああああ!」

「これが四天王を倒したケツ……!」

「なんて力。これがレスラーか……!?」


 ピーチタイフーンの尻の一撃で戦闘不能になる魔物達。暴力に虐げられた者たちは、その背中と尻を見てピーチタイフーンの存在を脳裏に刻み込む。


 悪に屈せず、さっそうと現れる正義の味方。力をもって力を正し、力の在るべき姿を示す強者の体現者。


 それは暴力で他国を支配する魔国と似て非なる存在。共に言葉ではなく力で解決するのだが、その力の結果生まれるのは真逆。


 魔国ガルドバの支配と侵攻が人々に与えるのが絶望と恐怖なら。


 ピーチタイフーン率いる【世界解放リベレーション】が人々に与えるのは希望と未来への期待。


 正しい力の在り方。悪を討つ正義の味方。すなわち、レスラー。


 それは魔国内にも少しずつ浸透し、そして広がっていく。その精神性が魔国の暴力を納め、そして力による支配という魔王ガルドバの統治を少しずつ揺るがしていく。


「面白いではないか」


 この状況を聞き、魔王ガルドバは唇を笑みに浮かべたという。国の在り方を揺るがされ、自らの支配を破壊されそうになってもなお、余裕の笑みを浮かべている。歯牙にもかけないとばかりの声だ。


「しかし魔王様。このまま奴らを自由にさせておけば、我々の権力が揺るぎかねませんぞ」

「そうですそうです。我が国を離反する者は多く、またピーチタイフーンに影響されたのか諸外国も挙兵の動きがあります」

「このままでは世界を支配するなど夢のまた夢。今のうちに芽を摘み取っておかねば我々の安寧が」


 意見する家臣たち。それをつまらなそうに見るガルドバ。


「では貴様らが挑めばいいではないか」


 その冷たい一言に、家臣たちは沈黙する。四天王が屈した相手に挑むなど、論外だ。勝てるわけがない。家臣たちにそこまでの気骨はなかった。


「そ、それは……しかしこのままでは魔国は崩壊します! どうにかしなくてはならないのは――」

「国などくれてやればいい。所詮は泡沫だ」

「は? 今なんと……?」

「現れては消えるのが国だ。支配者が絶えて国の名前が消え、そして新たな国が生まれる。戦いがあればその泡も増える。どうせ消える存在に拘泥するなど、自らの器を露呈しているようなものよ」


 理解できない、と言う顔で家臣は魔王を見た。自ら支配する国を泡にたとえ、消えても構わないと言っているのだ。では何のために戦争を仕掛けて領土を広げ、この支配を続けているのか? 国を大きくすることが王の責務で、そのために戦っているのではないのか?


「しかし、強者が一か所に集まり徒党を組むのは面白くない。もう少し争ってもらいたいものだが、そういう意味ではあのエルフは邪魔だな」


 顎に手を当てて思案し、すぐに笑みを浮かべる。千里眼に似た魔王の感知能力が何かを感じ取ったようだ。


「イギュリか」 

「四天王最後の一角、イギュリ様が動いた……!?」

「何度もエルフを討つように頼んでも動こうともしなかったのに……」

「自分の生活が脅かされると思ったら飛び出すとはな。あのクズめ。力はともかく、性格は最悪だな。

 まあよい。イギュリ程度に倒されるようなら魔王オレが出るまでもない」


 魔王ガルドバはこれ以上は言うことはない、とばかりに口を閉ざして深く玉座に背を預けた。

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