4th Fight! VSサソリの女王! 世界よ見よ、これがレスラー頂上決戦だ!

婚約破棄された悪役令嬢ピアニーはサソリ神の加護を受けて砂漠の女王となる!

「この場をもって宣言する。私はピアニー・カージナルレッドの婚約を破棄すると」


 それはピアニーからすれば青天の霹靂だ。婚約が決まっていた王子からの一方的な婚約破棄。しかも場所は多くの貴族が集まるパーティ。国の100年を祝う会場で、皆が注目する中での発言だ。


「な、何をいきなり申すのですか!? いかなる理由でそのようなことを!」

「あさましいな。自分の胸に聞いてみるがいい。貴様は我が婚約者にふさわしくない。そう判断したのみ。

 貴様がシアンに行った数々の非道、とても許しがたいことだ!」


 シアン。それは王子が愛していると噂される女性だ。平民の出だが、養女に迎え入れられる形で貴族会に入った女性だ。最初は平民だと子馬鹿にされていたシアンは、その実力をもってその意見を黙らせていく。


 ピアニーも何度か言葉を交わしたことがある。その知己、そして発想。それは異様だった。この貴族という世界の常識を破る、いわばブレイクスルー的な発想。今ある常識を『価値観の一つ』として見る俯瞰した視点。


 それ自体は尊ぶべきだ。しかし過度な発展は毒となる。そのことをたしなめたことはあった。彼女とのいさかいはその程度で、しかもシアンはその意見を受け入れさえした。口論にすらならなかった意見の交換。


「多くの罵詈雑言にいじめや暴力、果ては暗殺を企てていたと聞く! すべて証拠はそろっている!

 婚約破棄など生ぬるい! 貴様は私の権限をもってこの国から追放する!」 

「そのような事実などありませんわ! 正式なる裁判を要求いたします!」


 毅然とした態度で言い放つピアニー。しかし彼女の言い分は通らず、王子の権力を押し通す形で有罪となる。そして転送用の魔方陣の前で――


「おおっと、設定を誤ってガレズ砂漠に位置が設定されてしまいました」

「しかもオアシスからは程遠い場所だ。偶然とはいえ恐ろしいですなぁ」


 皇子の息のかかった宮廷魔術師の手により、ガレズ砂漠に転送されるピアニー。夜は零下まで温度が下がり、昼は70度までの熱気。砂漠と言う劣悪な環境に適応した魔物まで存在する環境下。そこにドレス一着の身で転送されたピアニー。


「……そんな」


 死を覚悟したピアニー。夜の砂漠の凍える空気に震えながら、しかし最後まであがこうと必死に歩く。しかしそれも小さな抵抗。体はすぐに冷え、体力が奪われて倒れこむ。嗚呼、哀れ。ピアニー・カージナルレッドの命運はここで尽きてしまうのか。


『人間、か。砂漠に適さぬ生物が、何故この地に存在するか』


 聞こえてきたのは、幻聴か。死にゆく寸前のピアニーはそう判断してその声を受け入れ、言葉を返す。


「争いに負け、追放されました。邪魔者扱いされ、無実の罪を着せられて」

『人間とは業深き者よ。その憎しみを呪詛とし、そのものを呪い殺す力をやろうか? 王子を、王子を奪った女を、汝を此処に運んだ魔術師たちを』

「いいえ、手は借りませぬ。道理を忘れた貴族は滅びるが運命。いずれ自らの業が首を絞めるでしょう。叶うなら、その滅びに巻き込まれる民に力をお貸しください」

『復讐を望まぬのか。なんたる高貴。その気概、気に入った。汝に我が宮殿と我が眷属をあたえよう。民を救いたくば、汝の才をもって救うがいい』


 気が付くとピアニーは、異国の城の玉座に座していた。砂漠の民が着る白いドレス。そして眼前にはかしずく臣下。サソリの尾を持つ亜人達。

 そしてピアニーは自分にサソリの尾が生えていることに気づく。サソリの亜人。その中でもサソリの神に認められたサソリ女王となっていた。


「セルケト様のご神託に従い、我らアンタレス一族はピアニー様に従います」

「そう。あの声はセルケトと言うのですね」

「復讐とサソリの神であるセルケト様はこういいました。復讐を望まぬ高貴なる王に従い、国を栄えさせよと。滅びゆく我ら一族を導けるのは貴方様しかいません」

「滅びゆく……。そう、貴方達も朽ち果てかけていたのですね」


 ピアニーは20に満たないアンタレス族に指示を出し、繁栄を開始する。村にも満たない一族は数年の時を経て町の規模となり、十数年で国家となる。国家周辺に存在する魔物を打ち倒して安全を確保していく。


「これがセルケト様からいただいた民を守るための加護。その名も!

 キャッチ・アズ――!」


 そしてその戦いにはピアニー本人が先導していた。王女自らが先陣に立つことで士気を高める。同時に命令速度を速め、迅速な軍事行動を可能としていた。


「――キャッチ・キャン!」


 そしてその戦いは『投げた瞬間に極める』というスタイルだった。四足歩行のスフィンクスを巴投げの要領で投げ飛ばし、そのまま首を絞める。流れるような動作に対応できず、絞められたまま窒息する。


 ファンタズムサブミッション


 そうして国の規模を広げていくピアニー。そしてその頃、ピアニーが元居た国は王子が即してからの圧政が続き、民は苦しんでいた。ピアニーは亡命してくる民を受け入れる。アンタレス族もそれを了承し、ピアニーの国は人間とアンタレス族、そして砂漠にすむ友好的な種族などが交わり、繁栄していく。


 いつしかピアニーが納める国は、シャングリラと呼ばれるようになる。


 そしてそれに反比例するようにピアニーが元居た国は衰退していく。


「な、何故民が減っていくのだ!? おい、戦争だ! 戦争してシャングリラを奪い取るんだ!」

「無理です王子! とても勝ち目はありません!」

「いいからやれ、勅令だ!」


 敗北必至の戦争。それを強要する王に人望はさらに落ち、ピアニーが手を下す間もなく国は歴史から姿を消した。ピアニーは恨むことなくその民を受け入れる。そして――


「魔国からの不可侵条約?」


 魔国はシャングリラに攻め入らないことを約束すると言ってくる。魔国の脅威は誰もが知るところ。そこから手を出されないのは大きな安全となる。だがその条件は――


「妾が魔国四天王として座することですか」

「そうだ。その約束をすればシャングリラには手を出さん」

「断れば攻め入るのでしょう。選択肢などないに等しいではありませんか」

「確かにな。しかし機会をやろう。お前が俺を倒すこととができれば、貴様が魔国の王だ。そうなれば、シャングリラは永世に安泰だぞ。無論、反逆罪などと言うつまらんことは言わん。何度でも挑んでくるがいい」


 聞けば、歴代の四天王は皆魔王に挑むことができたという。そして罪には問われず、負けても生きてさえいれば何度でも戦いを挑めるのだ。


「……罠かも知れませんが、魔国に目をつけられて生き延びる可能性があるのなら」


 不承不承、ピアニーはこの条約を承諾する。信頼できる部下を連れ、魔国の治安部隊を任されることとなった。魔王に挑みながらも治安維持の職務に励む。そして――


「そして、貴方達【世界解放リベレーション】を捕らえたわけですわ」


 時間軸は今に戻る。優雅に紅茶をたしなみながら、ピアニーは真正面に座る女性に笑みを浮かべた。


「見事な経歴だ」


 その女性――ピーチタイフーンはカップに口をつけずに答える。


 ピアノを基調とした穏やかなピアニーのテーマソング。それを背景にピアニーとピーチタイフーンはお茶会をしていた。お茶会とはいえ、ピーチタイフーンの表情は硬く、カップに手を付けてはいない。


「おや、お茶はお嫌いでしたか?」

「推定敵から差し出された茶を飲むほど酔狂ではない」

「敵とはお厳しい。貴方達のケガを癒してあげたではありませんか」


 ピアニーは演技かかったように肩をすくめる。


 ピーチタイフーンを始めとした【世界解放リベレーション】を捕らえたピアニーは、その傷を癒した。重症だったピーチタイフーンは完治し、死亡していたヴェルニも蘇生したという。スマシャをはじめ【世界解放リベレーション】の面々はほぼ全快した。そして拘束を解き、お茶会を行っているのだ。


「その件は感謝する。しかし目的が分からない」

「意外ですわ。貴方も妾と同じレスラーだというのに」

「レスラー、だと?」

「ええ。貴方の戦いを見て、魂で理解しました。妾がセルケト様から受け継いだ格闘術。キャッチアズキャッチキャンとは別の道を進んだ存在。

 それを見てしまったのですから、戦いたいと思うのは当然ではありませんか?」


 ピアニーは獰猛な笑みを浮かべ、ピーチタイフーンを見る。

 ピーチタイフーンは彼女を信用したのか、カップに口をつけて紅茶を飲む。そしてピアニーと同じような笑みを浮かべた。


 好敵手を見つけた、レスラーの笑みを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る