奪う者と背負う者! 人生剥奪と前世覚醒! 小さく、そして大きな違い!

「ワタクシは間違っていない。ワタクシを見下す者は皆『人生剥奪ドレインライフ』で奪ってきました。

 ワタクシを馬鹿にするものは、皆死ねばいい! 貴様もです、ピーチタイフーン!」


 憎悪を込めて、デラギアは叫ぶ。自分を馬鹿にする存在を殺し、奪い、そして嘲笑すると。ピーチタイフーンはその宣言を受け、言葉を返す。


「私はお前の苦しみを知らない。その経歴を知っていても、実際に感じたその苦しみを知らない。だから馬鹿にした相手に対する行動を攻めるつもりはない。

 だが、私に挑むのなら容赦はしない。私の覇道の前に立ちふさがるなら、叩き潰すのみ!」

「戦うことが目的とは、野蛮なエルフめ。その程度の信念で、ワタクシを倒そうなどと片腹痛いですね!

 他人の経験を利用している、と言いましたね。そういう貴方こそ、前世の経験を自分のものにして戦っているではありませんか。ワタクシと何が違うというのです!」


 ピーチタイフーンがデラギアの過去を知れたように、デラギアもまたピーチタイフーンの過去エピソードを理解していた。原理はわからないが、『他人の過去を知る条件として、自分の過去も相手にわかる』とかそういう術なんだろうと納得した。


「違うとも。私は前世のピーチタイフーンの経験を全て知り、すべてを背負った。彼女が味わった苦難、彼女が受けた不遇、彼女が培った鍛錬。そのすべてを背負ったのだ!」


 目を閉じれば思い出すことができる前世の経験。


『おい、新人。興行中は寝る時間はないぞ! 先輩の世話から大会の準備、掃除に洗濯と大変だからな。寝る場所もバスの座席だ!』


『メシ? コメは支給するからおかずは自分で買って食べるんだな。お金がない? 知るか! 自分で何とかしろ!』


 体育会系社会における先輩後輩の縦社会。先輩に順応できない者は過酷な労働と冷や飯を強いられた。


『あいつは殴られた時の声がいいからな。そういうのが好みの客がいるし、やられやくになってもらおう』


『顔とケツがいいだけのキャラだ。ヒール役にさんざん虐めさせて、ヘイトを稼ぐっ役に立ってもらおうぜ』


 団体の意向により、攻撃を耐えて他レスラーの引き立て役にされた。試合外でもその傾向の為かいじめは加速した。


『坂道ダッシュ! 走れ走れ! おい、お前は特別コースだ。これを背負って走れ!』


『腹筋は大事だぜ。先輩がもっと強くなるように押さえつけてやるよ』


 レスラーの訓練。その中でもピーチタイフーンは先輩に過剰な負荷を与えられた。


「了解しました!」

「よろしくお願いします!」


 その全てを、そう言葉を返して受け止めた。先輩の虐め、会社の意向、自分の不遇、そのすべてを理解したうえでそう叫んだ。努力が報わらず、潰されることなんて当たり前だった。何度枕を涙で濡らし、くじけそうになったことなど日常茶飯事だ。


 それでも、彼女は俯かなかった。イロモノレスラーと揶揄されながら、諦めずに立ち上がった。カメのような歩みで、少しずつ進んでいく。


 レスラー。


 人々に希望を与える存在になるために。星は遠く空の上。それでもうつむいて目を逸らしたりはしない。


『ロープに振った相手に背中を向けた! 今っ、ピーチタイフーンの伝家の宝刀が抜かれる時! いい形のお尻が凶器と化した!』


 そして、その願いはかなう。数多の不遇を乗り越えて、ピーチタイフーンは人々に希望を与えるレスラーとなった。そして――


「へっへっへ。いい形の尻してるぜこのエルフ」


 捕らわれたエルフ、ルミルナはその言葉を聞いたときに前世のピーチタイフーンの経験を思い出す。その苦難、その不遇、その鍛錬。それはデータとして脳内に再生されたのではない。ピーチタイフーンという『人生ライフ』をゼロから歩みなおし、その身に刻んだのだ。


「そうだ、ルミルナ。お前の前世は私だ」


 ルミルナの魂にある『前世』が語り掛けてくる。ルミルナは瞬時にそれを理解し、『前世』に語り返した。


「その力があれば、皆に希望を与えることができるのですか? みんなを救うことができるのですか?」

「可能だ。万人に希望を与えるのがレスラーだからな」

「では……!」

「だがそのためには私の人生を背負う必要がある。辛く、苦しく、厳しい人生。その経験を受け入れればルミルナと言う存在は変質するだろう」


 人格は経験により形成される。他人の経験を受け入れれば、これまでの『自分』はなくなってしまうだろう。


ルミルナわたしはそれでもいいのか? 自分自身がなくなってしまうかもしれないのだぞ」

「構いません。どのみちこのままではオークに弄られるだけの末路。

 それに同じような思いを仲間達にさせるわけにはいきません。いいえ、弱い存在が強い存在に虐げられて終わるなど、許されてはいけないのです」

「……そうか。私がルミルナわたしに受け継がれたのは、その心の在り方が似ているからか。

 いいだろう。受け継ぐがいい、私のすべてを!」


 それが前世覚醒。前に生きた人生に目覚め、その人生を背負うこと。


「私はピーチタイフーンの人生を背負った。その信念を背負い、その人生を背負った」


 前世の経験、前世の不遇、前世の苦難、前世の葛藤。その全てを。精神的な喜びと悲しみを。肉体的な鍛錬と技術を。ピーチタイフーンが生きてきた道程全てを。ルミルナはその身に受け継いだのだ。


「デラギア、貴様はただ自分の力の為だけに他人の人生を使っている。

 貴様はただ奪い、利用するだけ! 力欲しさに他人の人生を奪い、他人を虐げるために死を利用する。他人の人生の一部を都合よく使用しているだけだ!」

「な、何ですって……!? ふん、理解できませんね。しょせんは力ではありませんか。自分の為に他人の人生が得た力を振るうことには変わりはないですよ!」

「大違いだ。貴様の技には『重さ』がない! 力を得るに至った道程! 技を磨いた研鑚! 戦いの果てに死に至る覚悟!

 ただ人生の結果を利用するお前の攻撃には、過程という名の『重さ』がない!」


 ピーチタイフーンの言葉に一歩下がるデラギア。理解はできない。理解はできないが、ピーチタイフーンが自分の攻撃を受けて立ち上がってくるのは事実だ。


「奪うだけのワタクシの『人生剥奪ドレインライフ』が弱いとでもいうのですか!? お前も、お前もワタクシの血魔を馬鹿にするのか! それだけは、それだけは――」

「いいや。そこを卑下するつもりはない。如何なる技術も、身体能力も、それ自体は悪ではない。

 だがお前は使い方を誤った。他人の人生を経験できるのなら、そこから何かを学び取れれば私は勝てなかったかもしれない。他人の人生に敬意を払えるのなら、別の出会いになっていたかもしれない」


 前世覚醒し、新たな人格を形成したルミルナ。

 他人の人生を奪い、その人生から新たな経験を得たデラギア。

 共に自分以外の人生を知る者同士、結べる交友があったのかもしれない。


「だがそうはならなかった。

 お前は他人の人生を利用して戦う者。私は他人の人生を背負って戦う者。私は前世の人生を背負った者として、他人の人生を利用する者と戦うのみ!」

「ならばワタクシはワタクシの生き方の為にお前を叩き潰すだけです! 大事なのは自分の人生。他人の人生を奪い利用してでも、ワタクシはワタクシの人生ライフを突き進む! 他者を虐げ、利用し、そして君臨するだけです!」


 奪う者、デラギア。背負った者、ピーチタイフーン。


 人生の在り方をかけて、二人の戦いは終局へと向かう。

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