今、決着の時! 地下牢に響く勝利の雄たけび!

「おおおおおおおおおお!」

「どりゃあああああああ!」


 ピーチタイフーンが宙を舞い、スマシャの鎖が降り回される。


 むき出しの戦意。理性などない原始の闘争心。互いの叫びはケモノの咆哮に等しい。言葉の内容自体に意味はなく、しかし言葉自体には意味がある。そこに乗せられた意味はただ一つ。


 お前を倒す。


 売られた喧嘩は買う。レスラーとして挑まれた勝負は全て受けて立つ。そんなピーチタイフーンの誇り。


 オーク達を守る。泥を塗られれば命がないオーク達。同胞を危険から守るために戦うスマシャの理由。


 それが根底にあるのは間違いない。この戦いにおける原点はそれだ。負けられない。負けたくない。負けることは誇りを失い、負けることは命を失う。故に互いは互いの肉体をぶつけ合う。


 しかし、それは始まりの理由だ。闘争というエンジンを点火させたきっかけでしかない。火が付いた二人は互いの肉体を駆使し、技を披露し、傷つき、血を流し、そして命を燃やして戦う。


 傷を負うたびにギアが上がり、血を流すたびに理性のタガが外れる。逆もしかり。相手に傷を負わせるたびに心は昂ぶり、流血の赤を見て笑みを浮かべる。


 それが戦う者のサガ!


 相手を思いやることなど、戦う者同士にはない。むしろそれは相手に対する侮辱でしかない。闘争心に身を任せ、理性で閉じ込めた獣性を解き放つ。狂うのではない、むしろ正気に戻るのだ。


 戦うことは楽しい。

 戦うことは気持ちいい。

 戦うことは最高に面白い。


「これで終わりかオーク!」

「そっ首へし折ってやるだエルフ!」


 容赦も遠慮も手加減もなくぶつかり合う。しかしそこにはある種のルールがあった。特に誰かが審判しているわけでもない。物理的魔法的に禁止しているわけでもない。


「スマシャさんと、互角……!?」

「か、加勢したほうがいいのか?」

「いや、なんだかよくわからねぇけど、ダメな気がする」


 一対一。周囲で応援しているオーク達は尊敬しているスマシャの戦いに加勢できないでいた。加勢すれば勝てる。あの生意気なエルフを押さえ、その後無理やりに恥辱を与えることができる。そうして屈服させることが一番なのだと分かっていても、それができないでいた。


 スマシャもそれを言い出さない。そうすれば戦いは終わるのに。


 おそらくだが、そうしたところでピーチタイフーンも卑怯と罵りはしないだろう。戦いの結果こそすべて。そう言って受け入れるだろう。


 だが、できない。この戦いに割って入ることは、何かを穢すような気がする。神など信じないオーク達だが、聖域に踏み入れない畏れがあった。


 それがファイティングスピリッツ! 誰もが用いる戦士の心! それが戦いを邪魔してはならぬと告げていた。


「い、いけー! ピーチタイフーン!」


 そしてそれはオーク達の心に影響を与えていた。


「え……? お前何を。スマシャさんが負けていいだか!?」

「わかってる。わかってるけど……オイラもあのエルフを応援したい!」

「負ければオレ達破滅だけど、それでも!」


 自分たちの境遇は理解している。スマシャが負ければオークであのエルフを押さえられるものはない。力で地位を得ているオーク部隊が、力で劣るエルフに力で負けたとなれば面目丸つぶれだ。そしてその失態は命にかかわる。


 それでも、心に芽生えた戦士の心に嘘はつけなかった。あのエルフはすごい。カッコよく、威風堂々に戦うさま。それを見てしまったのだ。尊敬と、そして同時に悔恨がある。


「ちくしょー! オイラも、オイラも戦いたい!」

「スマシャの兄貴のように強くなって、あのエルフと戦いたいぜ!」

「なんで俺は、こっち側なんだ……!」


 戦えない自分。あの場にいない自分。あの戦いについていけないと分かっている。戦ってもスマシャのようにあのエルフと渡り合えないと理解している。だから観客側こちらがわなのだ。弱い。そのことを、悔いた。


 強さ。それに惹かれる心。それに種族など関係ない。遺伝子に組み込まれた原初の願望。知性を持ち、理性を纏い、文明を尊んだとしても、その願望は消えないのだ!


「来るのなら体を鍛えていつでも来い! ピーチタイフーンは誰の挑戦でも受ける!」


 拳を突き上げ、オーク達に叫ぶ。壁で顔を削られて血を流し、体中を鎖に打たれ、時に引きずられ。血まみれ埃まみれで手錠と首輪をはめられた奴隷姿。誰もが最下層の身分と憐れむその姿。


 しかしそれを嘲笑う者はここにはいなかった。皆が頂上を見上げるように、畏敬の念を抱いていた。届かぬ憧れ。いずれ乗り越えるべき相手として。


 否、ただ一人の例外がいる。今まさにその星に手を伸ばす戦士が。


「そいつはオラに勝ってからだ!」


 視線をスマシャに向けるピーチタイフーン。劣悪な環境で育ち、生きるために戦う術を身につけた天才的な才能を持つオーク。鎖を用いた打撃と投げ技の多彩な攻めを持つ戦士。オーク達を力で束ねる恐るべし相手だ。


 しかし――否、だからこそ!


「無論! 貴様に勝って、そしてすべてに勝つ!」


 だからこそ、勝つ。相手を侮りはしない。相手を軽視しない。その上で勝つと宣言するピーチタイフーン。


 それはスマシャも同じだ。首輪に手錠付きのエルフなどと侮りはしない。レスラーと言う理解できない技を持つ強い戦士。だが、勝つ。勝ってやる!


 互いの体を動かすのは、戦う理由ではなく闘争心。自分取り巻く環境などすでに心にない。ただ目の前の相手を倒し、勝つ。それだけだ。


「これで決めるだ!」


 叫んで鎖を振るうスマシャ。ピーチタイフーンを引き寄せ、カウンター気味に鎖付きの拳を叩きつける。引き付ける力と拳の力。オークの腕力を最大限に生かした一撃だ。引き寄せられれば、待っているのは鉄槌。誰もが引かれまいと抵抗するだろう。


「見切った!」


 だがピーチタイフーンは抵抗することなく、飛び込んだ。引き寄せるオークの力をダッシュ力に変え、跳躍した。スマシャの肩に乗るように頭部を太ももで挟み込む。


フェイ! タル! ハーツ!」


 叫ぶと同時にピーチタイフーンの体が反り返る。勢いをつけてスマシャの股下をくぐるように力を籠め、スマシャの足をつかんで回転! お尻を起点としたてこの原理。不意を突かれたスマシャはそのまま回転に巻き込まれる!


 ウラカン・ラナ・インベルティダ! プロレスではそう呼ばれるルチャ・リブレの技。回転するスマシャの体が背中から地面に叩きつけられ、両足を抱えられた格好のまま、ピーチタイフーンに馬乗りの形で押さえこまれる!


(尻が、やわらかい尻がオラの顔を抑え込んでるだ!)


 お尻がオークの鼻と口を押える形でフォールするピーチタイフーン。技と同時にフォールする高難易度なフィニッシュホールドだ!


 その完成形、その威力、そしてその美尻! その姿をみたレスラーファンは彼女が放つこの技を、こう呼ぶ!


 桃 尻 大 颱 風 ピーチタイフーン


 レスラーである彼女の代名詞ともいえる技。美しい尻と太もも。それが時代を乱す烈風となる!


「ぐ、おおおおおおお!」


 拘束されたスマシャは起き上がろうと力を籠めるが、四肢に力が入らない。


 ワーン!


 それは幻聴か。はたまた奇跡か。この場にいるオークとピーチタイフーンの魂に響くカウント。そのカウントが三つ重なれば、押さえ込まれたほうが負ける。それが理屈ではなく魂で理解できた。


「エルフの体重ごとき、吹き飛ばしてやるだ!」


 全身の力を振り絞り暴れるスマシャ。しかし、両足両肩を押さえられ、疲弊したスマシャにはそれを覆すだけの技量も力もない。


 ツー!


 無常に重ねられるカウント。必死であがくスマシャは、自らを見下ろすピーチタイフーンと目が合った。鋭く、そしてこちらを見下ろすエルフ。その瞳に一片の油断もなく、一片の驕りもない。今この瞬間も、必殺技を決めた彼女は逆転されまいと必死に『戦って』いるのだ。


 スリー!


 カンカンカーン!


 聞こえるはずのない3カウント。聞こえるはずのない試合終了のゴング音。しかしそれは確かにこの場にいる者たちは感じ取っていた。スマシャの敗北。ピーチタイフーンの勝利。それを理解していた。


「おおおおおおおおおおお!」


 立ち上がり、雄たけびを上げるピーチタイフーン。そして倒れたスマシャに手を差し伸べる。


「見事だ。この戦いを誇りに思う」

「……へっ、負けちまったがな。アンタ、強かったぜ」

「当然だ。レスラーは最強だからな!」


 そしてスマシャの手とピーチタイフーンの手が握られる。健闘を称えあう握手。粗野なオークにはない風習。敗者は罵られる者、虐げられる者という魔国にはありえない礼節。


「ピィィィィィチ、タイフゥゥゥゥゥゥン!」

「おおおおおおおお! 兄貴ぃぃぃぃぃぃ!」


 だが、それを見たオーク達はその握手を讃えあう。地下牢に響く賞賛の叫びが響き渡るのであった。


★試合結果!

 試合場所:魔国地下牢

 試合時間:15分23秒


 ●スマシャ (決め技:ピーチタイフーン) ピーチタイフーン〇

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