第十二話 『黒川紗耶香』

(おかしい。おかしすぎる)


 俺は、心の中で奇声を上げる。

 だが、そうなるのも無べなるかな。


 最初に、黒川沙耶香に追いかけられてから、実に8回『工事中』の文字を目にしていた。

 明らかに仕掛けられていた。


 俺は、天空島のマップを頭の中に描く。

 すると、この工事中という名の行き止まりが示す用意された『袋小路』がどこかを理解した。



 袋小路の名前は、俺にも馴染みのあるアラビスカ通り。

 黒川沙耶香がその地点に誘導していた。

 理由は分からない。

 そこへ行くのが危険なのはもちろん、理解できた。


 引き返そうと、バイクをUターンさせようとする。

 だが、そこにはヘルメット姿のバイクにまたがった10人以上の人が現れて、俺の行く先を通行止めとしてきた。


「これは反則じゃねーの?」

 思わず、言葉が漏れる。


『いえ、人の”力”とは、統制力も含まれるというのが、我が学園、ひいては、天上 才気の理念です。

 直接の拘束など明らかな害を与えることは禁じられていますが、現状は人が道に並んでいるだけと判断されます。

 そのため、黒川沙耶香の支配下にある人々が協力して、道に並ぶことは、反則とはなりえません』


 律儀に俺の呟きにジーニが回答する。


「けっ、そうかよ」


 俺は、思わず悪態をつく。


(これは、いよいよ、を取っている場合じゃねぇか)



 Uターンをするのを諦めて、前へ、前へと進む。


 *


 進んだ先には、予想通り黒川沙耶香がいた。


「あら、もう少し歯ごたえがあると思っていたら、全然なのね。こんなに見え見えの罠にはまるなんて」


「はまるも何も、これだけ大勢の人間を使われたらはまらざるを得ないだろ?全く、ずるいねぇ、生徒会長様は」


「ふふふ、あなたの軽口も、キレがなくなっているんじゃなくて?」

 黒川沙耶香は勝利を嚙みしめるようにゆっくりと笑う。



「おやおや、生徒会長様はもう、勝った気なのかい?そんなに、余裕をかましていていいのかねぇ?」

 そう言う俺の言葉には元気がない。

 それを自覚していた。


「じゃあ、そろそろこの銃であなたを仕留めてしまいましょうか」


 彼女は、ゆっくりと、銃口を俺の方に向ける。


 俺は、観念して彼女の方を向く。

 どうやら、俺の策は間に合わないようだ。



 だが、彼女の表情を見た俺は、違和感を感じる。

 詐欺師としての経験が、諦めの中でも彼女の感情を丸裸にする。


(なぜ、彼女は焦っている?)


 彼女は、確かに焦っていた。

 の彼女が焦っている。

 圧倒的な奇妙な出来事。

 それでも、その意味は、わからなかった。

 その意味を考える。


 僅かに残った勝利の糸をつなぐために。

 サイとの約束を果たすため。

 サイに必要とされ、この島でずっと妹といるために。


 俺は、光速で思考を回転させる。

 額に人差し指・中指・薬指の三本の指をあて、自分へのペテンを働かせる。


 パンッ


 だが、俺の思考を無視して、小気味のよい音がした。

 そして、俺に対して疑似的な弾が当たるのを確認する。


 光でできた弾らしく、痛みはない。それでも、圧倒的な敗北を知らせるものだった。


(負けか。すまねぇ、サイ)


 俺は、ため息をついて、その場に座り込んだ。



「で?俺を奴隷にしてどうすんの?煮るの?焼くの?それとも、舌で君の部屋を綺麗にすればいい?」

 せめてもの意地で、黒川紗耶香を煽る。


「ふんっ。安心なさい。さっきはああ言ったけど、学園のためにあなたのことは使ってあげるわ。チアキ、早く彼を案内しなさい」


 そう言って、チアキと呼ばれた金髪の女が俺に近づいてきた。


 この人も顔が整っている女の子だった。

 案外、生徒会長は男性の奴隷に落ちた少女を救うために、奴隷持ちの男性を奴隷化しているのかもしれない。


「君も、奴隷なの?」


「いえ、わたしは、奴隷ではありません。ですが、生徒会長に救われた人は大勢いますよ」


「そうなのか。流石に、生徒会長様だな。で、男性の扱いは酷いもんなのか?」


「いえ、そんなことはないと思いますよ。男性には厳しいことも言うようですが、常識の範囲内です。休日や小遣いなどもくれたりするくらいです。奴隷としては破格の待遇ですよ。それで、改心してくださる殿方も多いです」


「そっか。でも、女性に酷いことをした人にもその待遇なら、女性から反感を買うんじゃないか?」


「そんな、男性は許しませんよ。素直に本島へお帰り頂いております」


 少女から熱烈な怒りを込めた言葉が発せられた。

 それにしても、奴隷にできる奴を奴隷にしないなんて凄いことだ。

 わざわざ、奴隷勝負で得た人材を捨てるなんて普通ならバカのすることだ。

 それでも、これだけの人手を動かせるのだから、反感を買いそうな奴隷を捨てるのも頷けるものだ。


「お手を。これから、一緒に頑張りましょう」


 白雪の手が俺に差し出される。

 勝負の終わり。スポーツマンのようなノーサイドの握手。


「ああ、よろしく頼む」


 その振る舞いに対して、俺も、彼女の手を握り、を見る。


 そして、

 

 バンッ


 再度、俺は、煙幕を破裂させた。


「ここからが、勝負だぞ。


 俺は、そう宣言した。

 そして、その場を脱兎の如く逃れる。


 俺の敗北宣言に弛緩した空気。

 その中では、いかに黒川沙耶香の手下といえど、俺の動きを追えない。


 その虚を突いて、俺は、ただ、逃げた。


 圧倒的な勝利に繋がる仕掛けを仕掛けて。

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