第九話 『超一流の詐欺』

 俺はその日からゲームを仕掛けていった。

 簡単なゲームだ。指スマあるいは、いっせせーとも呼ばれているゲームを使った変則的な勝負だ。

 この学校のゲームはジーニが用意してくれる場合と、自分たちで用意する場合が存在する。

 俺は、前者を使っていた。

 まずは、頭が良すぎない高校編入の一年生の生徒を捕まえ――この学校はエリートしかいないがスポーツや芸術の生徒も多いのでその生徒たち――勝負を挑んだ。

 例えば、ある放課後の一幕をお見せしよう。


 俺の目の前には、短髪、色黒の一年生がいた。

 彼は、日本人レコードを持つ100m走の選手だそうだ。

 軽く話して、警戒心を解いた後、俺は、目の前の相手に向かって呼びかけた。


「同じ一年生同士ですし、交流もかねてゲームをしませんか?掛け金は、500MPで遊びみたいな感じで」

 MPというのは、この島の通貨単位で、大体円と同じように使えるものだと思っておいてくれれば一先ず大丈夫だ。

 つまり、俺は500円ほどの賭けを持ちかけたということになる。


「確かに、500MPなら、ただの遊びか。ゲームにも慣れたいしいいぜ。けど、ルールはどうする?ジーニに任せるか?」


 胡散臭そうにけれども爽やかさは崩さずに目の前の青年は俺の方に目を向ける。


「うーん、それもいいんですけど、ジーニに任せるのって何だか天上才気に操られているみたいで好きじゃないんですよねぇ」

「確かになぁ。食事とかも陸上にいいってのは知っているけど、強制管理されているみたいで好きじゃねーんだよなぁ。しっかしルールを考えるのもめんどいんだよな。お前は何かないか?」


 短髪を軽く掻きながら俺の思惑通りに自らルールを俺に決めさせてくれるように誘導する。


「うーん、そうですねぇ少し待ってください。スマホで調べてみます」


 もちろん、ルールは決めているがすぐに反応をするようなヘマはしない。即興で考えたような感じを出すのがキーだ。

 しばらくして、頃合いを見て俺は、声を出す。


「指スマって知っていますか?」

「ああ、そのくらいは知っているよ。『いっせせーの』って掛け声と共に指を上げるやつだろ?確か、当てれば指を一つ降ろすことができて、二つの指を降ろすことができたら勝ちって奴だろう?」

「そうです、そうです。それを少しだけ変則的にやるのってどうですか?」


 にこやかにペテンの笑みを告げる。


「変則的っていうのは?」

「1~4までの手札を用意するんです。それで、『指が何本上がるかを選ぶ方のプレイヤー』が、その手札を選ぶんです」

「それだと普通の指スマと同じじゃねーか?」

「ええ、ただし、この選んだ手札は後攻のプレイヤーも含めてその後使えなくなります」

「なるほどね、ってちょっと待て、もしも手札を消費しきっちまったらどうするんだ?」

「うーん、確かにどうしましょうねぇ。引分でもいいですけど、それだと先攻が有利になっちゃいますし…」


 俺は、目の前の彼を誘導させる言葉を紡ぐ。


「確かになぁ。じゃあ、こういうのはどうだ!手札を消費しきっても決着がついていなければ、先攻がその時点で負け」

「お、いいですね!」


 間髪入れずに声を出す。


「じゃあ、勝ち負けのアイディアを出してもらったことに敬意を表して先攻をどうぞ…って先攻が有利かは分からないんですけどね」

「ハハハ。確かに。まあでも遊びみたいなもんだし、先攻を負けに設定したのも俺だし、いいぜ、先攻で」

 それに加えて

1.仮に一回勝ったとしても4回戦までに終わらなければ先行のプレイヤーの負けであること。

2.選んだ手札はそのターンが終わるまでは選んだプレイヤー以外には知られないこと。

3.今回は変則ルールで、仮に当てたとしても指を降ろさないこととする。(一つ降ろした段階で4が選ばれるのを防ぐため)2回当てた時点で勝ちとする。

 というルールを追加した。


 もちろん、全てイカサマだ。

 このゲームは後手必勝。

 万が一にも先手が勝つことは有り得ない。

 だが、仮にばれたとしても500MPであることと、即興で考えたルールということで大目に見てもらえるし、仮に先手を引いてしまえばそのルールの穴を指摘すれば勝負そのものから逃げることもできる。


 あくまでこれらは、お金、もとい、MPを目的としたものではない。

 厳格な生徒会長をおびき寄せるのが目的だ。

 イカサマで荒勝ちしている一年生がいたら、学園の秩序のためにも俺をぶちのめしにくるだろう。

 それこそが俺の計画だ。


 ペテンとは、意気揚々と自由に動き回る獲物を餌や地形で誘導して自分の絶対領域に引きずり込んで“勝つ勝負”をするものである。

 重要なのは、彼ら・彼女らがあくまで自らの意思で行った行為と思わせなくてはならない。そうでなければ、俺らみたいな才能のないペテン師は“才能あるペテンを学んだ若者”に負けてしまう。


 だが、そのゲームに挑む前に、勝敗が決まっているなどとは普通の奴は考えない。

 そして、それは何も普通の奴に限ったことではない。むしろ、才能がある奴ほど、考えたりしない。

 対象のゲームへの集中力が高いからこそ、それ以前に問題があるとは考えない。


 才能ある向上心の強い奴らは負けた時に原因を探るだろう。だが、そのゲームそのものを探る以上の行為はしないのだ。


 というよりもできないのだ。


 例えば、サッカーの試合に置き換えてみよう。パスが良かった。ポジショニングが良かった。等々は考えるだろう。だが、サッカーの試合で前日食べたものがトンカツだったから勝てた。前日食べたものがマグロだったから負けた。などとは考えないはずだ。

 そんなことを言っていたらキリがないのである。

 天才とはいっても、計算資源が有限である以上、その資源を投資すべきポイントは選ばなくてはならない。


 だからこそ、超一流のペテン師というのは騙されたことすら気付かせずに人を幸せにする生き物なのだ。

 幸せになる壺を買わせたら、それのおかげで幸せになれたと勘違いさせる生き物なのだ。

 結果的に皆幸せでハッピーだ。


 分かったかい?詐欺師はみんなを幸せにする職業だってことが。

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