第二話 『天才』

 俺は、今、妹と二人で暮らしている…わけではない。


 本当は二人で暮らしたかったのだが、それは学園の規則として許されていないのだ。


 男女交際はこの学園では、推奨されていない。それは肉親であっても同じだ。

 男女交際は、『学び』に支障が出るという考えがこの学校を設立した天才 天上才気の教えだ。


 その代わりといっては何だが、ある一定の条件を満たせば、国民の血税で、島内のものを無料で堪能できる。


 人工島の学園都市(島)として作られているこの学園はショッピングから、映画、飲食店、雑貨屋、様々なものが島内に存在している。

 それらが無料で利用できるということは、学生としては破格の好待遇といっていいだろう。これを踏まえれば、ここが選ばれたエリートしか来ることができない島と言われているのも納得できる。

 

 だが、俺にとって何よりもありがたいことは、外界からこの島が断絶しているということだ。


 この断絶は学内判定システムのAI「ジーニ」のプログラムの流出防止などのために必要な措置であり、厳格な"ルール"として規定されている。破った場合は法律で正式な罰則が規定されていて、最悪の場合は死刑にもなりうる。

 情報社会・AI社会となった現在、それほどまでに価値があるのが天才が作ったAI『ジーニ』なのだ。


 その高すぎる価値のために、世界中の政治家・権力者にコネを持つ親父もこの学園には手が出せないはずだ。

あの髭面を見なくて済むとは嬉しい限りだ。


 そんなこともあって、がAI『ジーニ』を作ってくれたことにはとても感謝している。 


 だが…

 俺は手に持っていたスマホに映っている文章を読む。

 “入学手続きとか、約束通りの頼み事とかの話があるから、今日の13時に紅葉学園に集合ね”

 

 その感謝があったとしてもあいつの頼みを聞くのは面倒くさい。

 元々あいつの性格は面倒の一言に尽きるものだということもあり、"頼みごと"を聞くのは実は乗り気ではない。


 だがあのくそ親父の掌から、逃げ出してこの学園に来れたのは--認めるのはちょいと業腹だが--あいつのおかげだ。

 

 「しゃーない。会いに行きますか」

 俺は、あの天才の計画に胸が躍るのを隠すように小さく呟いた。



 便宜上、島内の学校は東と西に二つあり、それぞれに理事や生徒会長、教育システムが異なったりする。今は、この二つが年に一回『対抗祭』で争っているのだが、ここら辺は今は実験段階であるためであり、ゆくゆくは統合させるらしい。


 その学校の東校舎でもある紅葉学園。

 俺も通うことになる学校の最上階に彼がいることになっている。


島内経験が浅く、島内の学生に無料で配られという端末(この端末には島内の地図アプリも入っている)もまだもらっていない俺が行くのは骨が折れると思ったが、実際はそうでもなかった。


 学園島である天空島では高い建物が少ないのだが、ここにだけ島を象徴するように馬鹿でかい建物が建設されているのだ。大体、高さは、東京タワーとスカイツリーの中間くらいといったところだろうか。

 率直に言ってしまえば、ここに来ることは幼稚園児でも容易にできるだろう。

(ただ、海の近くにこんな高い建物建てて、風や腐食は大丈夫なのかねぇ)


 ここの設計にあいつが関わっていたのも知っているし、大体その通りに事が進んだのも知っているし、がそんなへまをするタイプじゃないのも分かり切っていることだった。だが、そういったことに対して門外漢の俺はそんな益体もないことをつい考えてしまう。


 それに加えて、目の前の建物のアンバランスさにも思考が及ぶ。

(機能性を重視したんだろうが、タワーマンションと運動場と武道場を一色汰にするとは…。あいつの効率厨も筋金いりだな)

 俺は、内心で悪態をついた。


 こうして、待ち合わせ場所に待ち合わせ時間の15分前についている俺だったが一つだけ問題があった。

 馬鹿馬鹿しくも深刻な問題だ。


 (この建物への入り方が分からねぇ)

 

 入口を示す門もなければ、案内図もない。

 建物は、断崖絶壁の白亜の壁で隔たれているだけ。


 門外漢だけに俺には門もないってか?寒すぎるぞ、あいつ。

 その時スマホの着信がした。


 プルルル、プルルルル


「ハロー。久々だね、わが友よ!君はバカだから、学校への入り方が分からないと思って電話してやったぜ」


 電話口から陽気なテンションで語りかけてくる若々しい声がした。

 あまりにもタイミングがいいコールに俺は電話の主がどこからか見張っているのかと思って、辺りを見回す。

 だが、目の前の白亜の壁を除き何も見つけられなかった。


「そんなにきょろきょろしても何も出てこないよ。そもそも、この島プライベートなところとかないしね。私が作ったナノカメラというカメラで、どこからでも監視できちゃうんだよねぇ。どんなに可愛い子でも覗き放題。羨ましいだろ?」

「…もしかしてJKの着替えとかも覗いているんじゃねぇだろうなぁ」


 俺は声を平坦にしてジト目ならぬ、ジト声で聞く。


「もしかしてとはひどい言い草だねぇ、JKマスターの私は、酷く傷ついたよぉ」


 芝居がかった独特の伸ばした口調がうっとうしい。


「お前がどこのJKを覗いていようと覗いていまいとどうでもいいが、妹を覗いたら殺す。マジで殺す。百遍殺した後、黒点に埋めてその後、VXガス飲ましてその後、スペースデブリにして…」


「はいはい、分かったよ。君の妹好きの話は懲り懲りだ。もう二度と君の妹のことは覗かないよ、安心したまえ、それよりも、今は入口のことだよ!」


 安心できない言い方をしたが、突っ込んでいてもきりがない。俺も自分の務めは果たさねばならない。一先ずそのことは脇に置いておいて、仕方なしに話を聞く。


「で、どうやって入るんだよ」

「さあね、私にもわかんなーい」


 天才は、政治家連中の前では決して聞かせないふざけた声音で俺にじゃれてくる。

 『世間には見せない天才の裏の顔』、と言えば聞こえはいいが、ウザイだけである。

 大体、作ったこいつが分からなきゃ誰が分かるって言うんだよ。

 俺はそれを無言という武器で抗議してみる。


「……」

「無言の圧はやめてくれるかなぁ。私だって、人間だもの。少しは傷つくということものだよぉ」

「…」


 あまりにもウザイので聞こえないふりをしてみる。というか、似非人間は、相田みつをさんと全人類に謝れ。


「おいおい、聞こえているんだろ?電波が悪いなんて言い訳は通用しないぞっ。何せ私がこの島における全てのシステムを設計したんだ。この島にいてそんなことはあり得ない。ああ、天才はまた一つ凡才の平凡な言い訳をつぶしてしまったわけだ。すまないねぇ」


 ちっとも、傷ついてねぇじゃないか。

 こいつはちょっとは傷ついた方がいいんじゃないかと本気で思う。


「で、てめぇに聞いても分からないなら誰に聞いたら分かるんだ」


 埒が明かないので子どもっぽい我慢比べに負けて素直に聞いた。


「うん、そういう君の切り替えの早さは私も好きだよ」

「いいから、教えろ」

「じゃあ、じーくん説明してくれる?」


 彼が誰かを呼ぶ声がした、と思ったその時耳元に声がする。

『私は、AIのジーニです。今からチュートリアルを始めさせていただきます。よろしいですか?』


 電子音のような機械音のような声だ。恐らくはこの声が入り口を教えてくれるのだろう。少々面倒に思いながらもその声の続きを待つ。

 だが、待てど暮らせど何も音がしない。

しばらくしても続きは聞こえてこない。

 不良品…なわけないよな?

 そう思って、ダメもとで、モーション判定システムがあることを期待して軽く頷いてみると、

『では、始めます。…』

 と言って、鬼のように長いチュートリアルが始まった。

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