魔術適正ゼロの落ちこぼれ、異端の力に目覚めて学園無双

在原ナオ

プロローグ


 とある貴族の屋敷。


 本来は優雅な雰囲気が漂う場所で、よくお茶会なども開かれている。庭にある花壇は丁寧に手入れがされており、使用人たちの質の良さが伺える。


 だが、この屋敷は現在緊急事態に陥っていた。


 バケツをひっくり返したような雨が降る中、屋敷中で怒号が響き渡り、阿鼻叫喚とした雰囲気が広がっている。


 何人もの人間が屋敷中を駆けずり回り、ある者は怒鳴り散らしながら屋敷の壁を叩きつける。中には護衛用の剣を強く握りしめ顔の血管が浮かび上がっている者もいた。



「クソ、一体どうやって……あいつは魔術が使えないはずだぞ!!」


「そうだ、今までこんなこと一度も……」


「おいお前ら、あいつを見つけなきゃ俺たちが旦那様に殺されるぞ! とにかく、奴を見つけ出せ!!」


「「は、はい!」」



 屋敷で雇われている護衛たちはこの日ほど慌てたことはないだろう。それほどの異常事態が今この瞬間に起こっていた。


 そして同時刻。屋敷の離れにある鉄塔の前に立つ男が一人。誰あろう使用人たちに恐れられるこの屋敷の当主、ローグ・クォーツその人だ。



「……バカな。あの結界はそう簡単に破れるはずがない。それも、魔術が使えない出来損ない風情にっ……」



 ルーグ・クォーツは世界に六人しか存在しない魔術の頂点に位置する称号、六賢者と呼ばれる男だ。そんな男が仕掛けた結界を、突破した人物がいる。しかもそれが、自分が出来損ないだと思っていた人物に破られたのだ。彼の精神状態はまともなものではなかっただろう。



「いや、それはない。あいつの魔術適正は間違いなくゼロだ。どの魔術属性にも適性を持たず、使えそうな魔術も教えていない。そんなやつに、私の結界を破れるはずがない……となると、やはり外部からの侵入者か? クソ、いずれにしろ面倒だっ!」



 歯ぎしりをする彼の手は、闇のような黒い靄に覆われていた。彼が最も得意とする、闇属性を纏った魔力だ。

 本来魔術は魔術名を詠唱しなければ発動できないが、彼の怒りに呼応して闇の魔術が魔力を通して溢れてきたのだ。その魔力の塊を投げつければ、街を半壊させることも可能だろう。



「くっ、まずはあいつの確保だ。教会への引き渡しはもう明日の予定だというのに……【デスボイス】」



 彼は拳に纏っていた魔力をマイクのような形に変形し、大きく息を吸って屋敷中にその声を轟かせる。



【屋敷にいるものは総員、あいつの確保に人員を回せ! 見つけられたものには褒美と休暇を出す!】



 彼がそう言い放つと、屋敷中で地響きが聞こえるほどの人数が動いた。この屋敷に努める数十人の使用人たちが一斉に動き出したのだ。


 だが、彼らが動くのは忠誠心ではなく、ルーグから漂う圧倒的な恐怖心と財力によるものだ。


 彼が先ほど発動した闇属性魔術『デスボイス』は、自分と主従契約を結んでいる者に対し、命を引き換えにした強制力を発揮させる魔術だ。命令を無視したり失敗した者は問答無用で一年分の寿命をルーグに奪われる。単純計算で十回命令されたことに失敗すれば、十年分の寿命がルーグに奪われるということだ。


 過去に逃げ出そうとしたものがいたが、主の許可なく領地を出ると体が闇で蝕まれる契約が強制的に結ばれている。この屋敷に勤めてしまったものは、彼の奴隷同然の扱いを受けるのだ。それでも、毎月与えられる給与や報酬は豪華なので、仕送りのために勤めに来る者も多い。



「クソっ、あんな奴を外の世界に出してみろ。我が一族に末代まで響く恥だ。何とかして捕らえ、予定通り教会に引き渡さなければ」



 ルーグはクォーツ家の当主として、何としても脱走した人物を捕らえなければいけなかった。教会とも秘密裏に彼を引き渡すことを約束してしまったし、それが自分たち一族の利益と礎になるはずだった。何より、役立たずを処分できる絶好の機会。これを逃すのはルーグにとって耐え難かった。


 ルーグは気持ちが悪くなるほどの雨の中、拳をわなわなと震わせ歯を食いしばり叫ぶ。



「絶対に逃がさんぞ……アベル!!!」



 ルーグの叫びは、雨の中に木霊した。











「……怖い、ね」



 怒号が飛び交う屋敷の屋根で、その光景を眺める一人の少年がいた。その声は空気に溶けてしまうほど小さく、彼の体調が万全でないことが伺える。だが、それでも少年は急いでこの屋敷を離れなければいけなかった。


 明日を迎えてしまえば、この少年は教会という場所に連行されてしまう。そしてそこで少年を待っているのは確実な死。

 どちらにしろ、ここで無理をして屋敷を離れなければこの少年に未来はない。



「急いで離れな……ケホッ、ううっ」



 少年は今にも倒れそうなほどフラフラだ。だがそれも無理はない。健康状態が悪い上に、天候を操作して雨雲を留まらせているのだ。消費する魔力の量は半端なものではない。



「……さよなら。俺は、世界を見に行く」



 不敵な笑みを浮かべ屋根の上で立ち上がる少年、アベルは最後に父であるルーグがいる方角を最後に見つめる。


 実の父親だが、彼に最後に会ったのはおよそ五年ほど前だ。あの時と全く変わらない怒りに染まる顔。あの顔を見ていると心がざわつくが、不思議と怒りは沸いてこない。やはり、自分の父親だからだろうか。


「……ふぅーーー」


 アベルは雨雲の操作を解除し、覚えたばかりの魔術の名前を詠唱する。彼にとって、新たな一歩となる魔術。その名は……

  


【エスケープ】



 この日、闇魔術の名門クォーツ家の落ちこぼれは姿を消した。

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