05.縁が切れたのか、おめでとう

 貿易都市ウォレスは中立を旨とする。我がエインズワース公爵家、オリファント王国の中間に位置する立地を生かし、どちらにも公平に接してきた。名称はオリファント王国の都市だが、実質自治領なのだ。税や領地の安全対策に至るまで、すべてウォレス内で決めてきた。


 門は大きな鉄の扉が使用され、青銅の飾りが厳つい印象を与える。両翼を広げた鷲の紋章は、女領主であるアマンダが選んだ象徴だった。一代で成り上がった有能な彼女は、貴族階級ではない。


「グレイス、久しぶりだね」


 門扉をくぐったエインズワース騎士団の前に、ひらりと舞い降りたのは黒髪の大柄な女性だった。背中に大剣を担いでいる。飾りではなく、この剣で街を守る城主の武器である。


「本当ね、王城へ向かった時に通ったのが最後だから1年くらいかしら」


 愛馬から降りて挨拶を交わし、両手をしっかりと握り合う。女性の挨拶として握手は珍しいが、アマンダに合わせて私もしっかり力を込めた。


「馬車ではないのか?」


「それがね、複雑なのよ。宿を取ったらお邪魔するわ」


 説明に行くわね、そう告げるとアマンダは豪快に笑った。口を開けて押さえない所作は、貴族社会でははしたないとされる。盗賊を討伐する傭兵だった彼女は、そんな評判など気にしなかった。その性格が、私とぴったり合う。一緒にいて気を遣わせない彼女の、自由奔放な姿に憧れた。15歳も年上なのに、未だに第一線で戦う実力者だ。


「うちに泊まればいいさ。部屋だけは余ってる」


 貴族の上質なもてなしは期待するな。付け加えられた部分に肩を竦めた。友人の誘いを断る理由はない。口は悪いけれど、彼女なりのもてなしは楽しいから。


「厄介ごとだけれど、平気?」


「訳ありなのは見れば分かるさ。王宮の阿呆に何が出来る。ここは貿易の要、自由都市ウォレスだぞ」


 王宮から何を言われても惚けて切り抜けると言い切る友人に、笑顔で「お願いするわ」と申し出た。同行した騎士もいる上、近々父か兄が率いる騎士団も合流する。王都を逃げ出した侍女や執事を待つなら、情報が入りやすいアマンダの屋敷は最高だった。


「任せろ、エインズワースの本家が攻めて来なければ守り抜いてやるさ」


「頼もしいわね」


 笑い合いながら、円形の都市の中央へ向かう。領主の屋敷はかつてこの地を治めた貴族の城を改造している。砦になっており、街全体が3つの区域に分けられていた。外側の塀を突破されても、中にある塀がニ段構えで敵を防ぐ。領主の屋敷は民が逃げ込んだ際の備蓄や武器を装備し、数ヶ月の籠城が可能だった。


 途中で門をくぐりながら、アマンダの屋敷に入る。昨年王都の屋敷に向かうときに宿泊したのが最後だった。懐かしく思いながら見回し、案内されるまま客間へ通される。そこでようやく落ち着いて話を始めた。


「何があった?」


「あの第一王子に婚約を破棄されたの。浮気してたのはいいんだけど、国外追放と爵位剥奪まで叫んでくれたから助かったわ」


「おやおや。ようやく縁が切れたのか。おめでとう、グレイス」


「ありがとう、アマンダ。浮気だけで終わらなくて良かったわ」


 ふふっ、顔を見合わせて笑う。届けられたお茶を飲みながら、雑談に興じる。もし国王ヘイデンが聞いたなら、卒倒するような内容を含ませながら。

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